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監視

施設に来てから、ちょうど一か月が経った。

智春は、右頬を大きく腫らしていた。


朝も夜もわからないまま、1日3回、無言の職員が食事のトレイを差し入れる。それ以外は、沈黙と監視の中で過ごす日々だった。


智春は、最初の数日は黙っていた。だが、退屈が限界を超えると、彼は叫び始めた。


「退屈!なんか持ってきてくれよ、漫画とか!」


暇すぎて死ぬ!と壁を叩き、ベッドを蹴り、監視カメラに向かって手を振る。


監視室では、職員たちが苛立ちを募らせていた。

それに耐えかねた監視役の青柳は、食事を持っていくついでに智春の右頬を殴った。


大人しくなるかと思えば、今度は「痛い!痛い!」とまた暴れる。


青柳が監視室に戻っても、まだモニターの向こうで騒いでいる。


「このガキは…!毎日こんな騒ぎですよ。何か企んでるんじゃないですかね?」


モニター越しに智春の騒ぎを見ながら、青柳が森永に言った。


森永は無言で映像を見つめていた。智春がカメラに向かって何かを叫び、手を振っている。

確かにまだ中学生だ。何もない部屋で監視されて、限界になるのも理解できる。それに、我々を出し抜くところで、少年漫画の域を出ないだろう。


「もう一発、殴っとけば良かった」


青柳は苛立ちを抑えられなかった。


ふと森永の脳裏に、あのキャンピングカーの中で見つけたスケッチブックがよぎった。中身は景色ばかりで、お世辞にも上手いとはいえない代物だった。


「……あのスケッチブック、彼のものだろうな」


森永はつぶやいた。


「え?何か言いましたか?」


「…いや、何でもない」


「そうですか。あとこの女の子はどうするんですか?ずっとこのまま?」


隣のモニターには、ベッドに座っている紬が、静かにカメラを睨んでいた。


「気の強い女の子だなぁ。そろそろ風呂にでも入りたいだろうに。パンツの差し入れでもしてやろうかな」


退屈なのは青柳も同じ。そうなると下世話な会話もしたくなるものだ。

特に、若い女の子が目の前に現れたら。


「おい」


森永はギロリと青柳を睨んだ。


青柳は小声で、すみませんと謝って静かになる。


まったく、これだから教育の行き届いていない人間は嫌いだ。本来ならこのレベルが、自分と話せる立場ではない。

ゾンビ対応やなんやらで人手が足らず、猫の手も借りたい状況での配属だ。


しかし、女というのは利用価値がある。

その存在だけで男の競争心を芽生えさせることもできる。人が窮地に陥ったとき、奪い合うのは食べ物と女だ。

とはいえ、今は波風を立てなくない。


いざとなれば……


彼女の命も体も、どう使おうと自由だ。それが人質の末路というものだろう。




その日の午後、智春の部屋にスケッチブックが届けられた。


「……え、マジで?くれるの?」


智春は目を輝かせ、クレヨンの蓋を開けた。赤、青、緑、黄色。色彩が、彼の世界に戻ってきた。


「やっと暇つぶしができた。分かったよ。これで大人しくする!」


智春はもう騒がなかった。ただ、紙の上に、思いついた物を描き続けた。カレー、オムライス、チャーハン…

青柳も最初は疑っていたが、その規則性の無さとただ食べ物をいくつも描いている姿に、特に問題はないと判断した。

静かになった智春に満足し、あとは紬を眺めていた。夜のお世話をする想像で、退屈だった日々が楽しくなってきた。


智春には食事を持って行くが、紬の方は別の監視員が担当している。

どうにかして、女の子と接触できないものか。


ニヤニヤが止まらない。

「監視員も悪くないな」





蓮が戻ってきてから、研究室は妙に静かだった。


淡々と実験を繰り返し、報告書を提出し、成果を積み上げていく。ゾンビの忌避反応を示す化合物は、前例のない精度で合成されていた。半径5メートルどころか、7メートルまで効果が及ぶ試薬まで完成しつつある。


磯川はその様子を見ながら、眉間に皺を寄せた。


「……おかしい」


蓮はこの仕事を嫌っていたはずだ。強制的に連れ戻されると知った時は、この施設を爆破でもさせるんじゃないかと、覚悟すらしていた。

普段は落ち着いて澄ました顔をしているが、内面にあるあの無鉄砲さは、理性よりも衝動が勝る時がある。一緒に働いていた頃は、突っかかってくることもあった。


だが、戻ってきた蓮は、まるで別人だった。


冷静で、無言で、効率的。まるで感情を封じ込めた機械のように、成果だけを積み上げていく。


「人質がいるからか……?」


磯川はそう考えた。一緒に連れてこられたあの2人。特別な存在なのかもしれない。だが、それだけで従うとは思えない。むしろ、逆に暴走する可能性の方が高い。


「……何かを企んでいるのか?」


そう思いながらも、磯川は何も見つけられなかった。蓮の行動は完璧に管理されている。監視カメラ、試薬の使用履歴。どれも異常はない。


黙々と仕事をする姿に、ゾンビとは違う異質的なものを感じていた。


「……まぁ、俺には関係ない」


磯川は椅子に深く腰掛け、ため息をついた。


「俺はただ、安定した仕事と、温かい食事にありつきたいだけだ」


そう言い聞かせることで、不安を押し込めた。

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