短編:パピーちゃん
助手席で紬はラジオのチャンネルを回し、面白そうな配信を探していた。
ほとんどノイズばかりで、まともに流れてこない。
「ドライブに合うBGMでもあれば最高なのになぁ。あ、何か聴こえるかも!」
ラジオの向こうでは、識者らしき男女が言い争っていた。
女性はゾンビ擁護派、男性は撲滅派らしい。
『…ですから、ゾンビとは共存すべきなのです。ゾンビはただの偶然の産物ではありません』
『ゾンビと共存なんて無理だ。あなた一人で暮らせばいいでしょう』
『ええ。私の愛犬、パピーちゃんをゾンビポメラニアンにいたしましたの。少し元気さは増しましたが、今でもとっても可愛いですわ』
紬は顔をしかめた。
「うわぁ……ゾンビって人間以外は噛まないから、わざと噛ませたってこと?ひどいよ」
後ろのベッドで漫画を読んでいた蓮も、気になったのか運転席へ移動してきた。
「こんなの放送したら、パピーちゃんのママ、そのうち捕まるだろ」
ラジオではさらに騒ぎが大きくなっていく。
『もしよければ、パピーちゃんを連れてきましたの。ご覧になって』
ガジャンガジャンと暴れる音。
『ぎゃー!!ゾンビ犬!!なんでゲージに入れて連れてくるんだ、頭おかしいのか!』
『ゲージさえ開けなければ問題ありませんわ。ほら、可愛いでしょう?』
『わ、私は帰る!ここでゾンビにされたらたまったもんじゃない!』
ガヤガヤと人の出入りが続き、ついにプロデューサーが割って入った。
『プロデューサーの藤城です。お聞き苦しい放送を申し訳ございません。パピーちゃんの登場は担当も知らず……ヒィッ、ちょっと隔離して!』
ガタン、と音がして、番組は強制終了した。
プツッ。
音楽が流れ始める。
「……なんか、すっごく気味悪いの聴いちゃったね」
「遅かれ早かれ、あの飼い主はゾンビになるだろうな。あと……」と蓮は続ける。
「もしゾンビ犬が増えたら、全部パピーちゃんの親戚ってことだ」
紬はゾンビ犬やゾンビ猫を想像してしまい、慌てて思考を止めた。
後部座席に戻り、蓮のベッドに寝転がる。
「智春から借りた漫画、可愛い女の子ばっかり出てくるねぇ」
「それが青年漫画の醍醐味だからな」
蓮もベッドに横になり、紬の手から漫画を奪い返す。
普段は別々に寝ているため、蓮のベッドでの“添い寝状態”は初めてだった。
紬は平静を装いながら、ちらりと横目で蓮を見る。
すぐ隣で、豊満なヒロインを眺めながら漫画を読み進める蓮に、じわじわとイライラが募る。
寝転んだまま、足で軽く蹴った。
「いたっ、何だよ。暴力は禁止だぞ」
「別に……大きくなくてすみませんね!」
「自分と比べたのか?そりゃ漫画だからな。実物がこんなにデカかったら、本人も大変だろ。紬はそのままでいいんだよ」
「そこは!『そんなに小さくないよ』でしょ!今の言い方じゃ小さいの認めてるじゃん!」
ギュッとしたらBはあるはず……と心の中で蓮に訴える。
「うるさいなぁ。もう寝るんだけど」
蓮は漫画をポイッと放り出し、紬を抱き寄せた。
「ほら、小さいから収まりがいいんだろ。寝ろ」
「こ、これ……腕枕……!?」
蓮は慌てる紬を、さらにぎゅっと抱きしめる。
抱き枕のように扱われ、紬の心臓はバクバクとうるさいほどだ。
蓮はその音に触れないまま、静かに目を閉じた。
紬も最初はドキドキしていたが、久しぶりに触れる人の温かさに、次第に安心感が広がっていく。
やがて、紬の寝息が聞こえ始めた。
蓮はその様子に、ほっと息をつく。
紬は共感性が高い。
きっと先ほどのパピーちゃんにも同情して、思い出しては落ち込むだろう。
少し荒療治だが、自分へのドキドキで上書きできればいい。
寝てる紬を置いて離れるべきか一瞬迷ったが、蓮はそのまま、紬を抱いたまま目を閉じた。
今ならきっと、
あたたかい夢が見られそうだ。




