出会い
太陽が昇ると、キャンピングカーの屋根に並ぶソーラーパネルが静かにエネルギーを吸収し始める。20歳の青年・蓮は、車内のベッドからゆっくりと起き上がった。外は静寂に包まれていた。ゾンビが徘徊する世界では、静けさこそが安全の証だった。
蓮の愛車は、電気で動くキャンピングカー。ガソリンの供給が途絶えたこの世界では、太陽だけが彼の旅を支えてくれる。車体には、ゾンビが嫌う特殊な臭いの塗料が塗られており、ゆっくりと走る限り、ゾンビが近づいてくることはない。まるで彼の存在を無視するかのように、ゾンビたちはその匂いを避けて彷徨っていた。
車内には、かつて廃墟となったスーパーから集めた食材がぎっしりと詰まっている。生き延びるためには、まず腹を満たすことが最優先だ。
「今日も、静かに進もう」
蓮は運転席に座り、ゆっくりとアクセルを踏んだ。キャンピングカーは音もなく滑るように動き出す。目的地はない。ただ、ゾンビのいない場所を求めて、太陽の下を走り続けるだけだった。
蓮がキャンピングカーを止めたのは、かつてキャンプ場だった場所。見渡しもよく、うっかりゾンビが隠れていた、なんていうこともないだだっ広い平地だ。ゾンビの気配もないため、久しぶりに外で夕食を取りたくなった。車体にはゾンビ避けの臭いがついているから、遠くに行かなければ危険性は低いはず。たぶん。
夕食の準備で缶詰のコーンスープを温めながら、静かな夜に耳を澄ませる。
鈴虫の音が聞こえる。そろそろ秋か。
「久しぶりに焼き芋が食べたい…。無理だけど」
ホクホクの、割ったら湯気が出る焼き芋を想像する。ゾンビがこの世に出る前に戻れたら、焼き芋の缶詰を開発したい。
キャンピングカーにはいろんな食材を保管しているが缶詰や乾麺がメインになる。
生きるうえで問題はないが、食べたい物を食べたい時に、という生活は幻想となってしまった。
そのとき、かすかな足音が聞こえた。
「誰かいるのか?」
蓮はすぐに車内に戻り、窓から様子をうかがった。すると、木陰から一人の少女が姿を現した。18歳くらいだろうか。肩までの黒髪、汚れたリュック、そして鋭い目つき。
「変なことしないで。武器は持ってないけど、叫ぶわよ」
「それは困る。夕食を邪魔しないでくれ」
少女の名前は紬。数日前に家族を失い、一人で移動していたという。蓮は彼女を車内に招き入れるか迷ったが、結局、キャンピングカーの外で食事を分けることにした。
二人は焚き火を囲みながら、言葉少なに食事をとった。
「この車、変な匂いがする…」
「自作。効果はあるみたいだ。今のところは」
紬は蓮をじっと見つめた。警戒心は強いが、どこか安心したような表情も見せる。
「父と母と家に籠もって隠れてたんだけど、どうしても食料がなくて。父だけ外に出たの。でも帰ってこなかった。
私と母も不安と空腹のまま一緒にいて、喧嘩が止まらなくなって。このままの関係で餓死したくないって、二人で近くのスーパーを目指した」
コーンスープをすすりながら、心を落ち着かせようとしていた。
「もし君が辛いなら、無理に話さなくてもいいよ」
「ありがとう。でも、経緯を言っていた方が警戒を取れるかなと思って」
それはもちろんその通りだけど。紬は何度か詰まりながら、続きを話した。
「スーパーの手前で、お父さん死んでた。ゾンビじゃなかった。人間として死んでたのがまだマシかな。たぶん、お父さんを殺したのも人間だけど。
それで、スーパーにはあんまり食料残って無かったんだ。お酒もね。みんな酔って、その間だけでも現実を忘れたいのかな」
アハハッと乾いた笑いをした。
「途中でゾンビに見つかっちゃって。二人で走ってたんだけど、紬は逃げなさいって言って、お母さんがゾンビと格闘し始めて。私の娘に手を出すなー!って言いながら」
ボロボロと涙を流す紬。
「それは大変だったね…」
「それで生き延びたけど、結局その時だけでどうすれば良いかわからなくて。
途中でこの車を見つけて、後を付けてた。ゆっくり運転してくれるから、ゾンビに隠れながら」
勝手に付いてきてごめんなさい、と頭を下げた。
「そうなんだ。急に現れたから驚いたけど…。
うん。そろそろ夕食を終えて、車に乗ろうか」
彼女に夕食を振る舞ったのは、時間稼ぎもある。
ゾンビになるには大きな傷なら短時間だが、小さな切り傷なら脳が汚染されるまで時間がかかる。
もう1時間程度は話したので、恐らく彼女は真の人間だろう。
「受け入れてくれるの?助かる」
「あぁ。運転免許はある?無免許?ちょっと練習すればすぐ慣れるよ。向こうが避けてくれるからね」
ニヒヒッと笑う俺に、紬も泣いた後の顔で、つられて笑った。




