予感
古ぼけた喫茶店で、スーツを着た三十代半ばくらいの男とその部下と思われる若い女がくちゃべっていた。
喫茶店の内装と言えば、かなりガタついており、ドアは上手くしまっておらず半開きになっているし、テーブルは傷だらけ、二階へ上がるための階段の手すりは一部が腐っていた。
ただ、それらの全てが悪いことかと言われるとそうでもない。昔ながらのレトロな雰囲気も持ち合わせており、二人は会社の昼休憩によくここに来ていた。
男がアイスコーヒーを注文する頃になると、二人の話はオカルトに移っていた。
女は身を乗り出し、興味深そうに話を聞いてる。
「恐怖ってのはな、段階があるんだよ」
「段階ですか、よくわかりませんね」
男は頼んだアイスコーヒーを一口飲み、少しの間を置いてから女の言葉に返答する。
どこか迷いのある表情をしていた。それが女の理解することを放棄している速度の返答に、呆れていたためかは定かではない。
「言い方が悪かったな。不吉な予感がしたりすると、それが実際に起きることがあるじゃん」
それを聞いた女は戸惑いの表情を一瞬見せてから、ひらめいたように言う。
男はアイスコーヒーを一口飲む。それが、女のひらめきが頓珍漢そうな事に備えるためかは定かではない。
「あー、危険予測的な話ですかね。川遊びしてる子どもを見ると『このままじゃ溺れちゃうだろうな』とか思ったりする感じの」
「恐ろしい事言うな。まあでも、そんな感じ。でもちょっと違う。それはある程度論理的に導くことが出来る予測だ。俺が言ってるのは、論理的な要素が全くないもの」
男の喋った内容は抽象的で、女の理解を妨げてしまっている。
表情からそれを読み取った男は、アイスコーヒーを一口飲んでから説明を続ける。
「例えば、なんとなく『今から雨降るかもな』って思ったらホントに降ってきたり。あとは、『次にテレビのチャンネルを変えると、今頭の中で流れてる音楽が流れてるんだろうな』と思ってたらホントに流れてたり」
男は一呼吸置いてから何かに気付いたようで、「あっ、別に不吉じゃないな」と苦笑いした。
「ふふ、そうですね。でもそういう経験あります。テレビの話とかびっくりしました。私と全く同じなんですもん。自分だけしかないのかなって思ってたら、先輩もですから」
「そう。みんなあるんだよ、こういうことは。みんな。みんなある」
女はどこか納得したように首を「うんうん」と縦に振っていたが、先程の男と同様に何か気づいたようで、首を振るのを止めて正面を向いた。
「でもそれってオカルト関係あります?」
「ない」
即答だった。
その返答に女は呆気に取られて、気を戻してから言う。
「もーなんですか。まあでも、私と同じような体験をしてる人が他にも居るって知れて良かったです」
にへらと笑っている女とは対照的に、男は少し不安そうな顔をしてアイスコーヒーを一口飲む。続けて言った。
「──オカルトな、関係あるにはあるんだ。今朝さ、心霊体験しちゃって」
「え?」
急に場の空気が一変した。
この話の流れから、女も何かを察したのだろう。表情が男のように不安そうになった。
男は額に汗を滲ませながらアイスコーヒーを一口飲み、続ける。
「俺さ、寝つきが悪くて、イヤホンで音楽を聞かないと眠れないんだよ。でさ、ワイヤレスイヤホンだから朝起きるとイヤホンがどっかに行ってるわけ。それを探すのがいつもの日課なんだけど、今日はやけに見つからないなって思ったんだ。それでベッドの下を探そうとしたんだよ」
と、そこまで言ってから男は喋るのをやめ、アイスコーヒーを飲もうとする。だがグラスは既に空だった。
口元まで運んだグラスを持つ手は非常に震えており、それをテーブルに置きなおすまでかなりの時間を要した。
「別にベッドの下を探すことは珍しくないんだ。──でも、でも今日は思っちゃったんだよ」
空気が先程より酷く歪んでいる。
「な、なんて思ったんですか……」
「……ベッドの下に何かいたら怖いなって」
「あっ、これダメなやつだ。止めて」
女は顔を青ざめさせ、男の言葉を遮ろうとするが、男は体験した事をなんとか消化しようとしゃべり続ける。
「予感ってさっき言ったじゃん。それってさ、たぶん、本当はもう“ある”から感じるんだよ」
続ける。
「だからその……幽霊とかが居るかもしれないから怖いんじゃなくて、それが居るからこそ──」
「やめて」
「居たんだ。幽霊」
「──先輩。後ろ」
「……いいか、思っちゃだめだよ。予感を感じるな。足出して寝る時に怖い妄想をしたり、怪談に自分を重ねたり、後ろに何か居るとか思っちゃ──」
「──あ」
「後ろ