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レゴと馬鹿

レゴブロックを遊んだことはあるだろうか?

最近うちの子供がこればっかりしていて言うことを碌に聞こうともしない。俺が父親として遺徳が示せてないことを示唆するようで、憤りすら感じて来た。子育てのためにもレゴブロックを取り上げるべきだろうか。ということを中学の頃の知己に打ち明けてみたんだ。


そいつは変わっていて、中学の頃から筋の通らないことは決して受け入れなかった。教師にも平気で反論し、まるで弁護士にでもなるつもりかと思っていたが、今では近所の町工場で働いている。そんな彼が、俺の話を聞くなり開口一番こう言った。


「お前さ、それ本当に“子供のため”って思ってる?」


図星だった。

俺は少し沈黙して、それからコーヒーを一口すすった。ぬるくなっていた。自分の正義を疑うのは、思っているよりも苦い。


「取り上げたらどうなるか、想像してみたことある?」

彼は続けた。「そりゃ、お前の言うことは一時的に聞くようになるかもしれない。でもな、そうして育った子は、心のどっかで“何かを奪われた”っていう感覚をずっと引きずる。もしかしたら、それは一生だ」


「じゃあ、俺はどうしたらいいんだよ」

俺は思わず声を荒げた。久しぶりに“友達と口論”みたいなことをした気がする。

けれど、彼は怒らなかった。ただ、静かに言った。


「お前、レゴで一緒に遊んだことあるの?」


――その時、何かが胸の奥に刺さった。

彼の声が、責めるでもなく、諭すでもなく、ただ事実を訊ねるようだったのが余計に効いた。そういえば、ない。そういえば、俺は――。


「あいつは一人が好きだからな。内向的なんだ。しかたないだろ」

するとそいつはため息をついてから叱責を始めた。

「お前はこんな話を知っているか?ネグレクトを受け、親からの愛情が乏しかった人間は知能が下がるらしい。それは哺乳類が進化の過程で必要悪になった要素で、誰もこれからは逃れられない。もちろん、全てが親の責任だとは言わない。だがな、子どもの“内向的”ってのは、本当にその子の性質か? それとも、そうやってお前が距離を置いてきた結果かもしれないとは、考えたことあるか?」


言葉の一つひとつが、まるで静かに打ち込まれる杭のようだった。俺は反論しようとして口を開いたが、言葉が見つからなかった。

彼は続けた。


「ある研究では、生まれたばかりの猿に十分なスキンシップを与えなかった場合、やがて彼らは物音一つに怯え、人との関わりを避けるようになるそうだ。それに似たようなことは、人間にも起こる。放っておけば育つ、なんてのは幻想なんだよ」


「……放ってなんてない。飯も食わせてるし、学校だってちゃんと通わせてる」

俺はかろうじてそう言ったが、自分でもその言い訳の薄さに気づいていた。

彼は、少しだけ目を細めてこちらを見た。


「じゃあ聞くけど、お前、最近あいつの目を見て話したことあるか? “言うことを聞かない”って言ってたけど、そもそも“聞く”に値するような話、してるか?」


沈黙が降りた。

居酒屋の喧騒だけが、やけに遠く感じた。


そして自然と、わが子に対する憤りの矛先が、今立ち会っている男に向かっていた

「あたりまえだ!おもちゃやアニメの話なんかにも手を施してやっている。しかし聞く耳を持とうとしない。俺がいくら頑張ったとしてもだ」

しかし激昂する俺とは対照的にそいつは冷淡と言い放った。

「お前は、両親とはそうあってほしいのか?イヤミじゃなく、今純粋に引いてる。もしかして、子供をレゴだって勘違いしてんじゃねえのか?」

そうだこいつは学生時代から皮肉屋であった。なんて憎たらしい物言いを言う!怒髪天を迎えた俺は遂に理性を崩壊させ、目の前にある発泡酒をがぶ飲みした。

「おい、そんな呑むと死ぬぜ」

顔が蒸発するような熱を帯びる。そんな熱の勢いに任せて俺は捲し立てた。



「……ああそうだよ!俺はな、子どもにちゃんとしてほしいだけなんだ!言うことを聞いて、学校行って、友達つくって、普通に生きてほしいだけだ。それの何が悪い!親ってのは、そう願うもんだろ!?」


声がひときわ大きくなった瞬間、周囲の客がちらりとこちらを見た。だが俺は止まれなかった。酔いと怒りと、何か分からない悔しさがぐちゃぐちゃに混ざって、喉の奥からせり上がってくる。


「俺だって子どもと向き合おうとした!話しかけても無視される。褒めてもそっぽ向かれる。じゃあどうしろって言うんだよ……お前に何がわかるってんだ……!」


その男はしばし黙って、俺の言葉をすべて飲み込むように黙っていた。やがて、静かに口を開いた。


「……お前は、“普通”って言ったな。『普通』のレールを歩かせたいんだろ。でもな、あいつにとってそれはレールじゃない。枠の中に押し込めようとしてるだけだ。親の思い通りに育つ子どもなんて、レゴじゃないんだからさ」


俺は言い返そうとして、口を開いた。しかし、何も出てこなかった。

レゴじゃない――その言葉が、妙に胸に残った。


「……難しいな、子育てってやつは」


ようやく、それだけが絞り出せた。

男は、ふっと力の抜けたような笑みを浮かべて、言った。


「難しいに決まってるさ。でも、子どもはお前の敵じゃない。味方にしたいなら、まずお前がそうなれ。……たとえ時間がかかってもな」


その言葉に、俺の熱は徐々に引いていった。

冷めたジョッキを握りしめたまま、俺は長い溜息をついた。


酩酊しながらの家路。千鳥足になりながら歩を進めながら、俺は友人の言葉を反芻させていた。

子どもなんて、レゴじゃない

当たり前のことだが、なぜか心に残る。俺の本質を穿つ何かかこれに付着しているような気がした。思えば俺が学生時代、あいつと仲良くなったのも結局、一番わかりやすかったからだろう。全てを反駁させて、敷衍の内で叩きのめす爽快感が単純明快だったんだ。ーつまり、俺は人間をカテゴライズして、対応を流動させている。そりゃダメなわけだ。俺は持て余した嗜虐心で自嘲して、月を眺めた。やがて街灯は暗くなってきて、住宅街へと入っていった。


寝静まった住宅の谷間を、俺の足音だけが不規則に響く。酩酊と罪悪感が内臓にまとわりつくようで、胃の奥がじわじわと重たくなってくる。自嘲の余韻に包まれたまま、ふと、ある家の窓辺に目がとまった。

灯りがついていた。何の変哲もない、どこにでもあるような家だ。だがそこには、小さな影が見えた。おそらくは子ども。机に向かい、鉛筆を持っている。父親の帰りを待っているのか、それともただ、夢中になって何かを書いているのか――そんな想像が脳裏をかすめた瞬間、俺は急に立ち止まってしまった。


胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚。

息を吸うと、夜風が肺を洗った。

レゴじゃない。確かに、そうだ。

作りたい形にぴったりとはまるわけじゃない。ぐらつくし、崩れるし、何度も作り直さなきゃならない。でも、そこに何かが宿る。意思とか、感情とか、俺とは違う「彼の形」が。


そう思った瞬間、情けなくも涙がにじんできた。酔いと一緒に、何かが剥がれ落ちていく感じがした。


「……バカだな、俺」


誰にでもなく呟いたその言葉は、闇に溶けた。

やがて、俺の家が見えてきた。

灯りは消えている。けれど、そこにある。

俺が帰る場所が。

――そして、俺の帰りを知らない誰かが、眠っている場所が。


ポケットから鍵を取り出しながら、俺は思った。

明日、話してみよう。何を言われても、今度はちゃんと聞いてみよう。

きっと、それがスタートラインなのだと。



次回もこうご期待

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