耳鳴り
最後AIにリライトしてもらったんですけどその文章が気に入らなくて自分の手でリライトしました。結構疲れたので次回からはリライトなしの原液小説をお楽しみください。
とある男は止むことのない夏の倦怠をじっとりと感じていた。常に代謝する図体、恒常的に多汗で、このままいくと己の体すら溶けてフローリングと一体になってしまうのではないかと彼は厄介な妄想に憑り付かれた。これを振り払わんと一つ徘徊することにした。スマホの画面から逸脱した三次元の空間に眩暈を感じながら、近所の公園、橋、また隣町まで身を繰り出していった。こうしてかなりの距離を歩いたころ、すでに体力の限界を知覚し、そのまま帰ることに。振り返れば男の後ろには歩道橋があった。男は何を考えるでもなく歩道橋を上って上階から車の横断を眺めることにした。歩道橋すれすれをくぐるトラックの荷台、一人しか乗れなそうな矮小な車体、初心者マークの入ったトヨタがかなりある…やがて一時の休息も終わり、階下に降りようと階段へ踏み込んだとき、足をもう一つの足で引っ掛けてしまい、バランスを崩して前傾した。たちまち男の視界では常夜灯の閃きが移っていく。階段の角が頭やら腰にやらにぶつかりながら落ちていった。まるでそれは堕ちる、と思わせるような転落ぶりだった。幸いなことに車の行き来の激しい交差点であったため、この異常はすぐさま通報された。
男は暗闇をただ亡者のように徘徊していた。行く当てもなく、闇雲にーそして何かに祈るように、光を求める蛾のように動いていた。深い時間暗黒を捜し回ったんだろう。いつしか意識も朦朧としてきたとき、視界の陰りが生んだ幻想か、一寸の光が彼の目に曖昧に滲んで出た。あれこそが探し求めていたものだ。彼は次第に増していく体の抵抗に克己しながら光へと近づいていった。次第に光は膨張して、彼の視界のすべてを閃光で包んだ。
やがて痛覚が戻ってきた。男は慎重に瞼を開く。まず真っ白な天井が映り、逃げるように横に目を滑らせればそこには緑色のカーテン。そして自分には…酸素マスクが付いていた。これに仰天し、彼は再び暗黒へと翻ってしまった。
時間もたって現状に慣れてきた頃、男は案外自分の様態が心配のを要すものでないことを知ってきた。体はまともに動かせるし、リハビリテーションもすぐに終わらせることが出来た。難なく痰飲することが出来、自分の頑丈さに感動と感謝を送った。…しかし運命とは彼をこうも安寧の道へと辿ることを、よしとしなかった。結構な年月が経って、彼は自身に起こった異常を自覚し始めた。言葉が出てこないのである。思えば奈落へと転がり落ちていったとき、頭を衝突させていた。知能への障害。これは彼を悲哀と戦慄の坩堝に突き落とした。ーあの歩道橋のように。加えて彼は思いこみの激しい性分だ、何事にしても自覚し、それを否定的にとらえてしまえば邪念はさらに無意識の中で増長し、根が彼の頭蓋の核へと侵食するだろう。予兆はあった、彼の娯楽の中にはいつも人間を排除したものしかなく、休日などは脳死で動画を貪るだけの汗臭い人間になっていた。その頃から人間関係に根深いものは存在せず、これらはすべて自身が軋轢を生んでしまったがために起こってしまった結果だったというのも、人間性の凄惨さを物語っている。はじめから社会の脆弱性だったのは確かだった、そしてそれを認めないために彼は学歴やら経歴やらで取り繕うとしていた。何もない彼にはポートフォリオで完遂してしまう程度の道程しかなく、どうにも埋められない張りぼてな人格も、外殻を司って何とか中身をこしらえていた。しかしいつしか彼という異常に気づいてしまった人から彼のもとから離れていく。彼の周りには気づきの鋭いものばかりなため、彼の人間性は彼の選んだ環境によって糾弾されていったのだ。こうして彼の考えにはネガティブ連鎖反応が無限を思わせる程延々と彼の思考の中に吹かせていた。いつしか思考の濃度の薄くなってきた頃、彼の体は暗黒へと堕ちていった。
場所のない場所を探る夢は通院してた頃以来だ。これは彼の無我が作り出した恐怖の結晶なのだろう。警笛を鳴らして彼を委縮させてくる。そして懲りずにまた光を探し求めていた。足場のない、だが歩ける空間で。すると自分の足元、前方に影法師が立っていることに違和感を持った。振り返り仰げば膨張した光が彼を追いかける様、暗闇を発散させていた。呆然と彼は立ち尽くしてたちまち光に飲み込まれてしまった。
目を覚めれば釈然としない不安で埋め尽くされていた。彼は気を一新しようと洗面台へといった。そして清涼な水を顔にかけて目を覚ます、そして正面にある鏡と向かい合った。…何か不思議だ。今目の前にいるこの男が誰なのか全くわからない。誰なのだこいつは。男は鏡の奥に映る実像を自身だと思いつけなくなっていた。自我が漂白されていく虚脱。昨日の戦慄も相まって男の混乱は生涯ないほどに震えていた。誰だ誰だ、お前は誰なんだ!やがてこの恐怖は世界に対する敵意へと変容していった。彼は一呼吸おいて鏡に映る男の顔を凝視し始めた。それは脳みそに塗れた埃を払うが如く、漂白された辺々から陥穽を見つけ出すように、隅々まで男の顔を眺めまわした。そしてようやく彼のオツムは正常に戻り、我だと振り返ることが出来るようになった。と同時に急に発現したこの記憶障害の進行具合の比例的速度に絶望した。これから俺は自分すら思い出せないようになってくるのか?だとするならばメモを取っていなければならない。俺には何もないのだから。彼はすぐさまメモを取り出して筆を走らせる。漢字が書けないことに苛立ちながら、彼はひらがなばかりで構成されたメモを洗面台のところに置いといた。「かがみに移ってる人はおれ、おれは立花 昭」拵えたことに満足して彼はその後何もしないで入眠してしまった。この日を境に彼の記憶障害は度を増してひどくなっていく。それは落下というには生ぬるく、堕ちる、とも言い難いー例えるなら、故障。一つの物が抜け落ちればその他すべてに波及して症状は連鎖的に増加していき、それに伴って重篤度は加速する。彼の積み上げてきたものは、突拍子もない神の悪戯によって易々と崩壊させられてしまった。もはや月日が数えられなくなったころ、彼は鏡を見ようとしなくなっていた。彼は慄いていた、それは客観的に見れば非常にプリミティブで滑稽さを誘う言動だっただろう。しかし彼はー今の彼では言葉で書き上げられない繊細な理由がそこにあって、邪見してしまっているのだろう。色眼鏡で監視される監獄に閉じ込めて、身動きが取れないようになってしまった男の自由とは、どこに発散するのだろう。もちろんやり場などどこにもなく、彼の慢性的なストレスは日々増していった。シナプスに渋滞を作るリンパが情報成分を圧迫して埋め立てていく。すでに水面張力で張り詰めた彼のストレスは、やり場を見つけようと紙にペンを走らせた。だが言葉が思い浮かばない、初めの一歩だから難しいとかの次元の話ではない。文字をどう書くかわからない。彼はすでに母語を忘却の彼方へと吹き飛ばしていた。大脳までもが退化して俺の経験が失われていく!
するとどこからともなく睡眠へと誘うような温和なBGMが、電機の膜を通してかの音を鳴らしているのが聞こえて来た。男は受話し、相手の反応を伺うことにした。
「こちら、安全安心林間管理サービスの山下と申します。只今、リサイクルをやっておりまして、何かご自宅で不要なものとかあったりしないでしょうか?」
「こちら、山下と申します。只今、リサイクルで不要なものとかあったりでしょうか?、何か不要なものでしょうか…」
それは僕です。という言葉はつぐんで出さなかった。日本人としての文化などは死んでもぬぐえないようである。
「どうされましたか?」
「どうしたか?どうしてないです」
「ああ」「…ああ」
「Are you a foreginer? I can speak English a little…」
「 …?」
会話をすれば彼の凄惨な言語能力が露呈されてきた。純粋に対話しようと交錯するお互いの思いやりの間で、IQという障壁が出現した。直観的に彼は自身の異常性も承知してたため、電話口で話している間にも冷や汗が止まらぬようになっていた。縮小する彼の宇宙は留まるところを知らないで、男の自尊心と助けてくださいと祈る防衛本能を足蹴りにしながら直進していく。男は喃語に似た鳴き声を発してそのまま電話を切ってしまった。後悔はないー覚えていないからだ。彼は人間として、堕ちてしまった。だが彼の抒情の部分はまだ燃え盛っており、これを吐露しようと彼は絵を描き始めた。自身の心象を移すように、造詣はより深くより深く。画面には二人の人間、それらは相対的な引力によって絶縁を強いられている。愛でつながれた彼らは、お互いの大気圏から脱出しようと原子すら分解して世界の支配から眼をくらませようとしていた。二者は肉体を原子レベルで分裂、分散し、宇宙を脱出しかけたとき、眼には光も闇も交信しない無限大な己の分身が見えた。原子間の分水嶺は次第に削られて行き、二者の原子は融合に近づこうと接近していく。しかし引力に見つかってしまった。彼らの浸食は膠着し、再び大気圏へと払い落とされてしまう。拡散された彼らの自我は、世界中と合成して引力を持つようになった。この引力に惹かれて互いの星がひかれあいーしかし離される、まるで月と地球のように。そうして絶妙なバランスを保ちながら、彼らに気づかれないほどゆっくりと距離を放されていた、数年たった時お互いの姿は茫々として見えなくなってしまい、そしてこの時すでに彼らは何と惹かれ合っていたかも忘却していたのだった。こんなことをコピー用紙十枚を用いて書いても彼の余剰な胆力は留まらず、またたくさんの要旨を取り出してはペンを走らせる。これは物語を書くというより、超自我への摘発ーまた、深い己の彫刻ーそれか祈り。これらすべての坩堝を燃料として、彼のゼンマイは回転していた。どこまでも回ると信じてゼンマイを回転させていき、限界も超越させようと刻苦していた。しかしゼンマイとは復元するものである。限界を超えた丁度、その時彼の今までの努力はゼンマイの回転に押し出されるように流れていく。警戒しなくてはならないのだ。いつ自分が崩壊してしまうのか、監視していなくてはならない。しかし白痴の彼あ諒解してない事であるため、もうゼンマイの回転を無視しながら才気を摩耗させ続けている。経験を請けない意志とは狂気である。用紙の上には狂気の産物が息を継がずして生産され続けている。人間の所業ではない。そしていつしか彼の部屋はコピー用紙まみれになっていた。歯車はねじ切れて、もう使い物にはならない。床という床に敷かれた紙の上を踏みつけながら彼は周りの絵を眺めまわしていった。そして気が付いた。『これらは俺だ』と、コピー用紙で彼は分身を作って、もう見切れてしまうほどに分散してしまった。引力のない彼は悦びから発狂し、町へと繰り出した。点滅する住宅街、覚醒した彼から見ればあれらはすべて錯覚でしかない。世界とは、脳が『それ』と認識しようとしているだけであり、今我々の水晶体で現像される物体とはすべてモナドの欺瞞なのだ。欺かれてたまるものか!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
彼は狂乱になりながら、死角の多いところへと逃避していった。それは野生に還る猛獣のように。しかし、錯綜してると思われた彼はかつての道程を辿っていた。住宅街はやがて閑静な田園となり、そして隣町へ続く道路橋、また街ーと続きようやくあの歩道橋にたどり着いた。彼は歩道橋にそっと手を当てた。するとたちまちそれは絵という画面の中へと吸い込まれて行き、消滅した。三次元的な空間は二次元の集合体でしかない。もう俺は無敵だ。すでに二次元へと引きずり込まれてしまった世界を唾棄して、彼は世界から飛び降りようと全く知らない場所まで彷徨いに行った。いつしか月光も薄くなってきた曙、亡霊はどこかも知らぬ公園のベンチに座っていた。写実的な空間に酔ってしまったのだ。すると隣に老婆が腰を下ろした。それは呆然と老婆を眺めてみた。すると、どこかに見覚えがあることに気づいた。あれは俺の絵にいた人物だ。なぜこんなことが起きるーまさか、俺すらもすでに二次元中に引きずり込まれていた?発散した分身が世界を覆って、引力を貸与されている。彼は世界が彼自身であることを天啓し、発狂して人の多いとこに向かったー自分の存在を希薄とさせるために、消滅させられないために。そしてなかなか人も多くなってきた。しかしまだ違和感は付きまとう胸底にむくんだものを取り払うために一帯を確認した。哀願した望みを嘲笑するかの如く…周りの人間もまた、彼の絵の中に居たモノだったのだ。ベイカーストリートの衆が融合しようと彼のもとへと接近してくる。一体化を拒む彼は周りを跳ねのけながら暴走する。しかしそれを受容しながら周りの亡者は彼の皮膚に吸着する。暴走する彼の肉体もやがて調和するよう安定していき、気づいたときにはついに個体としての垣根を超えていた。
一閃の光が目の前を包む。西日が刺さり、朧気な空間を白日の下にさらした。そして仰々しい数の紙が浮き彫りとなった。あたり一面に紙が散らかっていて、踏み場がない。紙の中を覗いてみると、幼稚園生のようなー『お絵描き』、と呼んでも仕方ないくらいの絵が乱筆されている。精神障碍者の部屋だとは諒解していたが、こうなるまで二次元を崇拝したとは人知を超えている。呆れながらも被害者宅の自宅を探索していく。ひどい様相だ。そして寝室だと聞かされていたドアを開く。すると、ある一枚だけが壁に掛けられていた。正気だったころの絵だろう。人間の骨格ははっきりとしていて中学生程度の画力はある。絵の内容としては、何人もの人間を使って一人を表していた。そんな絵の下でかすかに文字が書かれているのに気付いた。ひどく粗雑なものだったので凝視して読み解く、そこにはこう書いてあった。
耳鳴り
次回もこうご期待