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故郷捨テル  作者: 智葉亜紗芽
幼稚園編
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カレンダーマーチが歌えなかっただけで

 皆さんは「カレンダーマーチ」という童謡をご存じだろうか?幼稚園、もしくは保育園で歌った人も多いだろう。


 1月 いっぱい 雪よ降れ

 2月の庭には 福寿草

 3月 寒さに さようなら

 4月 小学一年生


 私はこの童謡が苦手である。これから世矢の地を離れるまで、周囲からの嫌がらせのきっかけとなった童謡だからだ。


 1990年3月、茨城県常陸太田市の世矢地区にあるニュータウン。小さなローカル私鉄の無人駅から車で5分もかからない住宅地に、私・智葉亜紗芽(ちばあさめ)は引っ越してきた。その頃の私は、幼稚園入園を控えた幼い4歳児である。


 幼稚園の記憶は片手で数える程度が多数だが、私にとっては嫌な思い出ばかりの記憶しかない。それは引っ越してきたばかりの頃…そう、幼稚園の入園手続きからである。

 私が入園したのは世矢幼稚園という市立の幼稚園だった。この幼稚園に初めて来たのはまだ日立市で暮らしていた時だった。入園手続きの時にみんなで歌を歌うことになり、その時に歌ったのが「カレンダーマーチ」だったのである。


 初めて歌う歌に、私は戸惑うばかりでまったく歌えなかった。それが同じく手続きに来た子達にとって、「みんなと違うことをしているよそ者」だと判断されたのだろう。常陸太田市のニュータウンに引っ越し、世矢幼稚園に入園してから、同じ園児達の態度は私に対して冷酷なものであった。

 遊びに混ぜてもらえなかったり、遊具を使わしてもらえず、挙句の果てには2人の男子が私をトイレの中へ閉じ込めたのである。

 先生や親に言っても、「みんなと仲良くしなさい」の一言だけ…トイレに閉じ込めた奴らと仲良くしようなんて、無理な話である。

 当時の先生に関しても、お弁当の時間におにぎりが食べきれないからという理由で叱責したり、叩いてきたりする事がしょっちゅうだった。当時はそれが当たり前だったのかもしれないが、今思うと、子供にトラウマを植え付けているだけのようにしか思えない。


 また、園長先生が病気で長期入院することになった際、幼稚園のみんなで千羽鶴を折る事になったのだが、私は折り紙をやった事がなく、いきなり鶴を折れと言われて、上手く折れるわけがなかった。そこでも私は先生に叩かれ、周囲からからかわれながら、泣く泣く鶴を折ったのだった。


 当時の世矢幼稚園は2年保育で、年少、年長に各2クラスに分かれていた。当時の園長先生はとても優しかった先生ではあったが、先生たちに関しては、当時の私にとって「鬼」としか思えなかった。


 たかが一つの童謡を歌えなかっただけで…

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