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第7話「芋引いたら終わりだから」

「チッ、これだけ人数集めて全員あっさり()されるとはな……」


 全員が倒されたことで、今まで高みの見物に(てっ)していた坂巻が、制服の上着を脱いでサングラスも外した。

 サングラスを外した坂巻は三白眼(さんぱくがん)で、むしろサングラスを外したことで威圧感が増大したようにも思える。

 

「あんた、なんで美咲を(さら)ったんや!!」


「お宅の学校に鈴木直人って居るだろ。アイツにな、北高(うち)の者が世話なったところで中居がなぁ、俺の後輩の芦田の告白を邪魔した。その件で中居を詰めたんだけどな、コイツ金払いが悪くてなぁ……確実に払ってもらうために(さら)ったんだわ」


 直人と北高が揉めたという発端は一旦置いておいて、坂巻のあまりにも身勝手な言い分に、俺の頭に沸騰(ふっとう)しそうなほど煮えたぎった血が上る。

 

「芦田は美咲に振られてもなお、しつこかったと聞いてる……喧嘩の発端は北高か鈴木か知らへんけどな、中居も美咲も関係ないやんけ!!」


 そう叫んだ平川は腰を落とし、右の拳を引き、左の拳を正中線に構えた。

 親友である美咲を助けるため、坂巻とタイマンを張るつもりらしい。


「美咲を(さら)ったあんたを許せへん!! うちがあんたをしばいたるわ!!」


空手屋(からてや)……北高の坂巻をナメんじゃねーぞ」


 坂巻は指の関節をパキポキと鳴らして、両手を正中線に(かま)えた。

 構えた坂巻に対し、平川は険しい面持ちでジリジリと間合いを詰めていく。

 このままいけば二人は衝突するだろうが、俺はそれを認められない。


「平川、ちょっと待て」


 平川に近づいた俺は、平川の肩に手を置いて制止(せいし)する。


「なんや中居?」


「オメーは引っ込んでろ、あのゲス野郎は俺がカタにハメる」


「はあ!? アイツそこそこ強そうやし、怪我人のあんたはすっこんでろや!!」


 平川は言い分こそ戦闘狂そのものであったが、その表情やセリフ、声のトーンからして俺を心配している様子だった。

 平川と揉めそうになった時にも思ったが、コイツは仲間だと認めた人間に対する義侠心(ぎきょうしん)(あふ)れた性格をしている。正直、平川のそういう人間性は嫌いではないし、実際に北高の坂巻は(ちまた)でも名が通ってはいる。

 簡単な相手ではないだろうが、それでも俺には引けない理由がある。


「平川、俺にやらせてくれ。アイツ倒さねえとよ、男として(すた)るんだわ」


 坂巻にはボコボコにされ、金品と服を奪われ、そのうえ小此木という関係ない奴まで巻き込んでいる。

 ここまでされて全て平川に任せっぱなしなのは、俺のプライドとして許せない。

 

 ──これは男と男の意地の張り合いだ。


「その怪我、やっぱりアイツにやられたん?」


「……ああ」


「……わかったわ。中居、男見せたれ。負けたら許さへんからな!!」


 平川が納得してくれたため、俺は平川の前に立って坂巻と対峙(たいじ)する。


「坂巻さんよォ。タイマンだ、俺が相手してやっからよ」


 鉄パイプを捨てると、床を転がる鉄パイプが幾度と金属音を響かせる。

 タイマン張るなら素手喧嘩(ステゴロ)しかない。


「俺は別にどっちでも、なんなら二人がかりでもいいんだがな」


「てめえごとき俺一人で十分よ。小此木は返してもらうし、借りはたっぷり返させてもらうぜ……!!」


 全力で駆け出し、一瞬で坂巻との間合いを詰める。


「……え?」


 坂巻に飛び掛かった俺だが、奴が一瞬屈んだと思いきや、姿が消えて俺のパンチは(くう)を切っていた。

 そして次の瞬間、鋭い何かを鳩尾に感じ、衝撃が上半身に浸透(しんとう)していく。


「か、はっ!?」


「どうした?」


「げほっ!! ごほっ!! ……クソが、オラァ!!」


 ニヤニヤ笑う坂巻だったが、気合いで持ち直した俺は再び坂巻に殴りかかる。


「シュッ!!」


 しかし今度は顔面に痛みを覚え、さらに続いて(ほほ)射抜(いぬ)くような強烈な一撃を()びてしまった。

 脳が揺らされ、意識が飛びそうになってしまった。

 だが俺は気合いで()ん張り、最初の一撃で鼻から出た()を右手で(ぬぐ)う。

 ここまで一方的にボコボコにされて、坂巻のファイトスタイルが理解できた。


「中居くん!!」


「なにやっとるんや中居!! そいつ素人ちゃう、もっと動きをよく見てけや!!」


 小此木の叫び、そして平川から(かつ)が入る。

 言われなくてもわかっている。坂巻は素人ではない、恐らく格闘技経験者だ。

 そして拳とフットワークを主体として、最短距離かつ最速で打ち込んでくる坂巻の戦い方は、間違いなくアレしかない。


「てめえ、ボクシングか……」


「これでも高校チャンプ()ってんだわ、数集めて威張ってるだけじゃねーのよ」


 さっき丁寧に距離を(はか)ってから、的確に強烈なストレートを打ち込まれた。

 喧嘩が強いという噂は聞いていたが、これは正直勝てるか微妙な相手だ。


「関係ねーよ。手癖(てくせ)が悪かろうとよ、引けねえんだよ!!」


 気合いで踏み込んで、坂巻との間合いを詰める。

 そして我武者羅(がむしゃら)になって坂巻に殴りかかった。


「ごふっ!?」


 しかし俺の攻撃は一発も当たらず、逆に坂巻が繰り出すパンチは全てが俺に直撃している。

 ()たれる度、ダメージが蓄積(ちくせき)していき、おまけに土曜日に受けたリンチの傷も治りきっていないため、俺の体は早速悲鳴を上げ始めていた。

 全身に激痛が走り、(ねつ)()び、だんだん力が入らなくなっていく。


「中居くん!! もういい!! もうやめて!!」


 だが小此木の泣き叫ぶ声で、逆に気合いが入る。

 これだけでなんとか闘志(とうし)を失わず、気合いだけで立っていられる。


「シュッ!!」


 一瞬、坂巻の殴打が止んだところで、俺は空手の中段前蹴りを放つ。

 ボクシングにはない蹴り技だが、坂巻は抜群のフットワークをもって俺の蹴りをいとも簡単に(かわ)してしまう。

 坂巻が一瞬で間合いを詰め、ジャブを何度も打ってくる。


「オラどうした中居、もっと動き回れよ」


 坂巻が煽りながら打ってくるジャブが速すぎて、俺は殆ど何もできないまま(かろ)うじて腕をクロスすることで、どうにか顔面や鳩尾(みぞおち)への直撃だけは防ぐ。

 そして隙を突き、俺は攻めに転じた。


「あ?」


 坂巻に飛び掛かり、組み付こうとしたのだ。

 一度組み付いてしまえば、ボクシングにはそれを(ほど)技法(ぎほう)はない。


「がはっ!?」


 だが組み付く直前、俺は腹部に強烈な膝蹴りを浴びてしまった。

 胃液が逆流してくるような感覚に襲われ、咳き込んで吐きそうになる。


「試合じゃねーんだよ。ボクサーがパンチしかしねえと思ったら、大間違いだ」


「クソが、おらああああ!!」


 それでもなんとか踏みとどまった、咆哮(ほうこう)しながら坂巻に拳を振りかざした。


(あめ)ぇよ」


 だが俺の拳は、坂巻に届くことなかった。

 坂巻は笑いながら俺のパンチを軽々と(かわ)し、完璧なタイミングで構えた右でストレートを打ち込んできた。

 そのスピードはあまりに速すぎて、俺には閃光(せんこう)が走ったようにしか見えない。


「────ぁぁ」


 気付いた時にはもう直撃していて、鼻や口から血飛沫(ちしぶき)をあげた俺は、とうとう体に力が入らなくなってしまい、いつの間にか床に大の字になって倒れていた。


「中居くーーーーーーーーーーーーーーん!!」


 小此木が叫ぶ。


「中居、しっかりせい!! 交代や、あいつはうちが倒す!!」


 駆け寄ってきた平川が俺を揺さぶり、交代を申し出て来た。


 ──交代?


 冗談じゃない。

 まだ終わっていない。

 俺はまだ、負けたわけではない。


「……ざけんなコラ。ゴフっ……まだ、終わってねえんだよ」


 フラフラして血を吐きながらも、坂巻を睨みながらなんとか立ち上がる。


「もうええ!! 中居の根性には感動した、せやけど根性だけで勝てる相手じゃ──」


「うるせえよコラ……俺はよ、どうしようもねえ不良(ワル)だからよ、喧嘩で芋引いたら終わりなんだよ……!!」


 平川を押しのけ、一歩、また一歩、坂巻に近づいていく。


「大した根性だな、中居さんよぉ。しぶとさだけは褒めてやる」


「てめえのよぉ……ゴフッ。軽いパンチなんてよ……何発でも耐えられるんだわ」


「言ってくれるぜ。だがお前の後に控えてる空手ガールはお前より強い。これ以上お前に体力を使うわけにはいかないんでな……遊びは終わりだ!!」


 言い切った直後、坂巻は信じられないほど速い踏み込みで間合いを詰めて来た。

 なんと坂巻は今まで本気ではなかったようで、ここにきてスピードを上げてきたのである。

 (すで)にズタボロの俺は坂巻のスピードに反応しきれず、坂巻の殴打の連撃(れんげき)を一方的に浴びる展開になってしまった。

 威力も上がっている。

 今までとは比べ物にならないほど鋭く、重い。


 ──やべえ、強すぎる。


 中坊の頃を含め、今まで喧嘩してきた相手の中でも、間違いなく坂巻はダントツで最強クラスだ。

 正直、直人と二人がかりでようやく勝てるか勝てないか、そのレベルだ。


 ──けどよ、俺だってただ殴ら続けているだけじゃない。


 ボクサーにだって弱点はある。

 耐えろ。その弱点を()ける一瞬が来るまで、とにかく耐えるしかない。


「ぐすっ、中居くん……もういい、やめて!!」


「中居!! もういい!! 下がれ、うちに()われ!!」


 泣くなよ、叫ぶなよ。

 まだ終わってない、ここからだから。


「そろそろ終わらせてやんよ!!」


 坂巻がジャブやボディーブローの連打をやめ、トドメを刺すつもりで動いたその瞬間に、俺は隙を見出した。

 坂巻が右ストレートを放つ瞬間、俺は歯を食いしばったんだ。


「オラァ!! 喧嘩は……気合いじゃあああああああああああ!!」


 そして目を(つむ)り、全身に力を入れて、坂巻の右ストレートに向かって頭をあえて差し出したのだ。

 鉄球がぶつかったのかというほど、凄まじく(おも)い音が響き渡る。

 額が痛い。

 頭が痛い。

 割れそうなほどの衝撃を受けて、激しく耳鳴りを起し、俺もフラついた。

 血が流れだした。

 ボタボタと、せわしなく床に血液が(こぼ)れていく。


「あ、ああ、あああ……」


 絶望に染まる坂巻の顔。


「うぎゃあああああああああああああああああああああ!!」


 そして絶叫する坂巻の右の拳頭(けんとう)からは、なんと骨が露出して大量の血が流れ出ていたのだ。

 人体の構造上、手の骨より額の骨のほうが頑丈に出来ている。

 そこに頭突きで自分の体重を乗せると、打った拳のほうが損壊(そんかい)するわけだ。

 これが自然石を砕けるほどに鍛え抜かれた空手家の(こぶし)なら、砕くことはできないのかもしれないが、坂巻は普段グローブを()めて戦うボクシングを使う。

 鍛えてはいてもグローブに守られた、しかも高校生レベルの拳なら破壊できる。

 

「オラァ!!」


 手が痛いのだろう、隙だらけになった坂巻に対し、俺は反撃に転じた。

 腹に思いっきりボディーブローをお返ししてやった。


「ごふっ!?」


「オラ!! コラ!! どうしたコラ!! まだ終わりじゃねーぞ!!」


 さらに髪の毛を掴み、何度も何度も坂巻の腹に膝蹴りをぶち込む。


「ぐっ!?」


 それでも坂巻は残った左手でアッパーを返してきて、大した威力ではないが(ひる)んだ隙に俺から抜け出した。

 そして構えた坂巻は呼吸を乱しながらも、左のストレートを出そうとする。


「北高の坂巻を、ナメんじゃねえええええ!!」


 次の瞬間、坂巻の左ストレートが俺の頬を(とら)えてしまう。

 よろめき、血飛沫を上げたが、ダメージから踏み込みが甘かったのか、今までのような鋭さを感じなかった。

 耐えられる。

 気合いで踏みとどまり、右の拳を硬く握る。


「てめえとは背負ってるものが違うんだよ、ボケがああああ!!」


 そして初めて、全体重を乗せた俺の拳が坂巻の顔面にクリーンヒットを許す。

 深々と突き刺さった拳によって、坂巻は数本の歯と血飛沫を飛ばしながら後方へよろめいて、そのまま力なく仰向けの大の字で倒れたのだった。


 ──勝った。


 俺もギリギリの状態だが、なんとかクソ強い坂巻に勝つことができた。

 落とし前をつけさせることに成功した。


「はぁ、はぁ、はぁ、やってやったぞコラァ……うう」


 やばい、体から力が抜ける。


「中居!! 大丈夫!?」


「すまねえ……」


 よろめき、倒れそうになった俺を支えたのは平川だった。

 そのまま平川は俺の腕を背中に回し、肩を組んで俺を支えてくれた。


 ──意外と華奢(きゃしゃ)だな。


 温かくて、鍛えているのに柔らかくて、思っていた以上に細い。

 あれだけ強いのに、あれほどの腕前になるためにたくさん鍛えただろうに、それでも平川はか細かった。

 平川もやっぱり女の子であることを、支えられて初めて実感した。


「あんたほんま無理するな、うちまで泣けてきたやろ」


 そう言う平川の赤みがかった瞳には、確かに涙が少し浮かんでいた。


「……へ、借りはキッチリ返したからよ」


「ようやった、後で病院連れてったるからな」


 平川に支えられて、なんとか小此木がいる場所まで歩く。


「びえええええん!! な゛か゛い゛く゛ぅ゛ぅ゛ん!! か゛す゛み゛ぃ゛ぃ゛!!」


 当の小此木は、目から大粒の涙を流して、言葉になっているのか微妙なレベルの大声で泣き(わめ)いていた。

 ここまでボロボロ泣かれるとは、かなり申し訳ない気分になってくる。


「そんな泣かんでええよ美咲。ほら、いま(ほど)いたるわ!!」


 平川が小此木の手首を(しば)る縄を解き始めるのを見て、俺はどうにか自分の力で立ち上がった。

 そして安堵のため息を()く。

 小此木には衣服の乱れはなく、目だった外傷も見られない。どうやら拉致されて()ぐに突入できたようで、連中が何か小此木に手を出す前に事が済んだわけだ。

 よかった、小此木の身に危害が及ぶ前に助けられて。

 それだけで体を張った甲斐(かい)があった。


 ──ガタ。


 だがその時、後ろから何か物音が響いた。

 嫌な予感がして振りむいた瞬間、最悪の状況が目に映った。


「小此木、平川、危ねえ!!」


 咄嗟に二人を(かば)うように立った瞬間、俺の頭部(とうぶ)に広範囲に突き抜けるような衝撃が加わった。

 倒れながら、その犯人の姿を見る。


 ──鉄パイプを振り下ろしていた芦田が、ニタニタと笑っていたのだ。

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