第1話「モテる女子は大変そう」
『謹慎食らったわー』
二年に進級して二週間が経過した頃、俺はチャットアプリで直人とやり取りしていた。
まだ授業中だったが、俺は気にせず机の下でスマホを操作し、直人に対する返事を打ち込む。
『マジか、何やったん?』
『北高の奴に絡まれたんで、ブン殴ったらバレた』
『アホやん、一週間?』
『無期だってさ、萎えるわー』
友達の直人が学校に姿を見せないので、どうしたものかと思いきや停学を食らっていた。
不良の巣窟である内田北高校の連中と揉めたらしく、一部始終を誰かに見られて学校側に連絡がいったのだろう。
『北の連中はどうしたん?』
『知らね。まあ負けてはいないし、お前はケジメつけに行くとかはしなくていい』
『そうなん?』
『やめとけやめとけ。今、先公も目ぇ光らせてっから』
直人もこう言っているし、俺自身が粉かけられたわけでもないし、北高の連中と揉める理由はない。
一年の頃に喫煙がバレて停学を食らっている俺だが、また大量の反省文を書かされるのは確かにダルいので、ここは直人の言う通りに大人しくしているほうが賢いだろう。
『わかった、なんもしないわ』
『はーだりぃ。謹慎中なにしようかな』
『退学になりたくなきゃ大人しくしとけ』
『だりぃー、反省文も多いし。金もねぇからパチンコ打ちに行こうかな』
『謹慎中って外出たらダメだろ、バレたら停学どころじゃ済まなくね?』
『バレるの怖くて不良やってられるかよ』
『正論なんだか暴論なんだか、もうわけわかんねえなソレ』
中学時代に仲良くなってから相変わらずの様子で、メッセージに返信をしていると自然に口角が上がる。
「授業中から悪びれもなくスマホ弄って、随分と楽しそうね」
「……なんだ、藤村か。授業終わったの?」
突然、藤村詩歩から声をかけられたので、腕を組みながら俺の机の前に立つ藤村の顔を見上げる。
「なんだとは何よ。あなた本当に何も授業を聞いていなかったのね、呆れるわ」
透き通るような美しい声には、怒りの籠った若干のドスが効いていていた。
長く、さらさらとしていて艶やか黒髪のストレートロング。肌荒れが一切なく、張りと潤いのある白い肌。スラリと細身ながら、制服の上からでもハッキリと凹凸がわかるモデルのような体型。
凛としていた整った目鼻立ちで、紫色の瞳で俺を睨みつけてくる。
──見た目はタイプなんだよな、藤村。
だが真面目で融通が利かず、大抵の奴がビビっている俺や直人にも物怖じせずに意見できる度胸の持ち主なので、クラスでついたあだ名は"鬼の委員長"だ。
迷惑なことに、俺は藤村から特に目をつけられている。
こうして藤村に絡まれるのも日常茶飯事だ。
「ちょっと無視しないでくれる? 話があるのよ、中居君に」
「なんだよ。俺は腹減ってんだよ、メシ食いたいんだが?」
「要件は二つよ、あなたが素直に従えば手短に終わるわ」
毅然とした態度と、張りのある声でそう言ってくる藤村。
従えばとか言っている時点で、話というより要求なのでは。
「まず第一、あなた進路希望調査出してないわよね?」
「…………忘れてたわ」
言われてみれば担任の高宮という冴えないオッサンが、そのようなものを配って提出しろと一週間前に言っていた気がする。
「高宮先生困っていたわ、明日までには提出しておいてちょうだい」
「まあ書いとくわ」
ここで反抗しても藤村を余計に怒らせて面倒なだけなので、適当に返事をする。
「お願いね。それからもう一つ、クラスのグループ入ってくれないかしら?」
そう言いながら藤村はスマホを取り出し、先ほど直人とやり取りするために使用していたチャットアプリの画面を提示する。
そこには二年三組グループと書かれ、何やらメッセージも見えた。
もっとも俺はその内容に興味がないので、チラ見してから目を逸らしたが。
「……なんでよ?」
「連絡事項とかある場合、グループで伝達してるの。あなただけ入ってないから、何かあったらあなたに個別で言わなきゃいけないし、効率が悪いのよ」
「別にそれでよくね?」
「良くないわ、そんなだから鈴木君以外のクラスメイトから避けられるのよ?」
「他の連中が勝手にビビってるだけだし、大体オメーに関係なくね?」
「関係あるわ。だって私、クラス委員だから」
机に頬杖をつきながら適当に返事を続けていたが、いい加減に藤村のことがウザいと思い始めていた。
クラスのグループなんて入っていても仕方が無いし、クラスの連中とつるむ気は一切ないので、そんなものに加入したくないのだ。
「どうしてあなたはいつもそうなの。威圧的で、周りを拒絶して、問題ばかり起こして、どうしたら真面目になってくれるのかしら?」
「だからお前に関係なくね? クラス委員だって言っても、所詮は他人じゃん」
「他人じゃないわよ!!」
怒っても冷静な藤村だが、それは今まで見たことがないほどの大声だった。
藤村がここまで声を張るのは初めてだったせいか、面食らって藤村の顔をガン見してしまった。
「他人じゃないから、言ってるのよ」
何故か震えているように見えたが、俺にはその理由がわからないし、わかる必要もないと思った。
──めんどくせえ。
付き合ってられない。
俺は席を立ち、教室の後ろの出入り口に向かって歩きはじめる。
「ちょっと、どこ行くのよ? 話はまだ途中よ?」
「うっせえな、トイレ行くんだよ」
「ちょ……もう」
トイレという生理現象を建前にしておけば、それ以上の追求は難しいだろう。
どうにか教室を出て、藤村から逃れることに成功した俺は、購買で焼きそばパンを購入して、いつものサボり場所へと向かう。
昼休みが終わって戻っても、話の続きとか言って藤村に絡まれるだろう。だからいつもの場所でパン食べて、昼寝して、起きたらパチンコでも打ちに行こう。
そう思いながら校舎東側の階段を上る。
この上には屋上への出入り口があるが、漫画と違って現実の学校は屋上は安全上の観点から年間を通して立ち入り禁止であるため、屋上へと通じる踊り場に立ち寄る生徒は殆どいない。
先公の巡回も滅多にないので、俺はよく踊り場から屋上出入り口をサボり場所として使っていた。
「芦田くん、話ってなに?」
階段を上っていくと、いつもの場所から甘い感じの女子の声が聞こえた。
──めんどくせえ、先客いるのかよ。
引き返して帰ろうかとも思ったが、どこの誰が俺の安息の地にいるのか一目見てやろうと思った。
俺と同じような不良だったら、最悪ボコボコにして奪い返せばいい。
二人居るらしいが、踊り場の前でしゃがんで気づかれないように顔を半分出す。
「小此木ちゃん、オレ君のことが好きなんだ」
「…………え?」
おいおい、マジかよ。
いつもの安息の地に行ったら先客がいて、クラスメイトの芦田亮太というチャラい雰囲気の男子生徒が、クラスでも人気者な小此木美咲に告白する瞬間を目撃してしまった。
小此木はクラス内外を問わず、男子の憧れの的だ。
俺の好みでは無いが、確かに可愛いし、天真爛漫な感じがウケるのだろう。
メシの邪魔をされるのは癪だが、面白いから結末を見届けてやろう。
「だからさ、オレと付き合って欲しいんだよね」
「あの、えっと……ごめんなさい」
俯き、引き攣った顔の小此木は、か細く震えた声で芦田の求愛を拒絶した。
長めの盛った茶髪に腰パンと、人のことは言えないが前時代的なファッションの持ち主である芦田は、その答えを聞いて顔が絶望に染まっていた。
別にどうでもいいんだが、気を落とすなという感想しか浮かばない。
「えー、マジショック……なんで?」
「その、好きな人がいるので……」
これ大ニュースでは。
あの小此木に好きな人がいるとか、他の男子が聞いたら泡吹いて失神するだろ。
「でも付き合ってる人はいないんだよね?」
「はい、まあ……」
「じゃあお試しでいいからオレと付き合ってみない? オレ絶対そいつより小此木ちゃんのこと幸せにする自信あるし」
芦田がしつこく食い下がるが、明らかに小此木は迷惑そうな様子でどんどん顔色が悪くなっていくのがわかる。
芦田は背が高くて体格も良く、百五十センチ台半ばくらいと思われる小此木からすれば、とても威圧的に映るだろう。
だんだん迷惑そうというよりも、芦田に恐怖を覚えているような雰囲気になっていく。
「あの、でも私、芦田くんの事よく知らないし……」
「付き合ってから知っていけばよくね? 大丈夫だよ、オレも小此木ちゃんの色々なこと知っていきたいと思ってるから」
図々しいにも程があるし、この茶番はいつまで続くんだ。
腹減ってきたし、見ていて俺もだんだんイライラしてきた。
「ねー、いいでしょ? 付き合おうよオレたち」
もうダメだ、我慢の限界。
空腹でイライラして仕方がないし、かといって教室に戻れば藤村にまた追求されそうなので、ココで飯を食うしかない。
まだお取込み中のようだが、俺にとってはどうでもいい話。
──行くわ。
立ち上がり、階段を上り始めた。
当然、俺の足音に気付いた小此木と芦田が顔を向け、二人は驚き半分の唖然とした様子で俺を見つめてきた。
そんなものはお構いなしで二人の間に割って入り、階段の最後のところに腰を下ろした。
「お、おいちょっと!! なにお前!?」
芦田が声を荒げてきたが、お構いなしに俺は焼きそばパンの袋を開ける。
「聞いてんの!? てか状況理解できてる!? オレ小此木ちゃんに告白している最中なんだけどさ、邪魔すんなって!!」
芦田が吠えているが、関係ないので焼きそばパンを頬張る。
冷めているが、購買の焼きそばパンは安くてボリュームがあるので好物なのだ。
「ちょっと、おい!!」
しびれを切らした芦田が、怒鳴りながら俺の肩を平手で小突いてきた。
イラっとしたのでギロリと芦田を睨むと、奴の眉がビクッと動いた。
「うるせーなコラ」
動揺している様子の芦田に対し、俺は怒りを込めた声色で文句を言いながら立ち上がった。
芦田のほうが身長が高いため、やや見上げる形だが構わずガンを飛ばす。
「メシ食ってんだよ俺は。邪魔すんな、殺すぞ」
「な、なに言ってんの? おまえのメシよりオレの告白のほうが大事じゃね?」
「あ? 告白? もう終わってんだろ、さっさと帰れ」
「は? いやいやまだ終わってねーし、おまえが帰ってくれね?」
クラスの奴は大体俺にビビっている様子だが、芦田は若干ビビっている様子を見せつつも、意外と口答えしてくる。
体格では奴のほうが上だからか、それとも告白を邪魔された怒りからか、どうやら他のクラスメイトよりは骨がありそうだ。
ポケットに手を突っ込み、焼きそばパンを食べながら芦田の目を睨みつける。
芦田は引き攣った顔を一瞬したが、負けじと睨み返してくる。
「な、なんだよ。オレに手ぇ出す気?」
「別にオメーなんかに興味はねーけどよ、振られて何度もしつこく言い寄って、男として恥ずかしくねーの? 潔く引けよ、みっともねーな?」
俺にそう言われた芦田は唇を噛み締め、言葉も出ない様子だった。
ぐうの音も出ないほどの正論をぶつけたつもりなので、効果は抜群であろう。
「あー不愉快……中居覚えてろよ、オレ北高に先輩いるから」
「知らねーよ。北高だろうがヤクザだろうが、こっちは喧嘩上等だからよ」
「……ちっ、あー萎えるわ」
本当にいるのか怪しい怖い先輩の存在をチラつかる芦田だったが、臆せず啖呵をきる俺相手に不利だと思ったのか、ぶつくさ小言を呟きながら踵を返した。
ポケットに手を突っ込み、気だるそうに階段を降りる姿を見送った。
姿が見えなくなり、邪魔者が居なくなったので再び階段に腰を下ろした。
「……あの、隣いいかな?」
すると小此木が膝に両手をつく形で屈み、俺に顔を近づけながら確認してきた。
別に小此木なんかどうでもいいのだが、芦田ほど邪魔だとは思えない。
「別に、構わねーけど」
「じゃあお邪魔するね、よいしょっと」
小此木は甘く、可愛い声で掛け声を出しながら俺の横に腰を下ろす。
ふわっと鼻に入ってきた匂いは蕩けそうなほどイイ匂いで、タイプではないのであまり意識はしていなかったが、小此木も女子なんだと実感させられる。
少しドキっとしたのだが、小此木から目を逸らして焼きそばパンを頬張ることで誤魔化した。
「中居くん、だったよね?」
その問いに、俺はパンを咀嚼しているので無言で首を縦に振った。
「ありがとう。芦田くんに告白されて困ってたけど、おかげで解放されたよ」
「別に……俺、腹減ってイライラしてただけだし」
小此木を助けたわけじゃないので、ぶっきらぼうにそう答えた。
だけど小此木は助けられたという気持ちが強いのか、ニコニコと微笑みながら俺の顔を覗き込んでくる。
照れくさいから、正直やめて欲しい。
「でも本当に助かった。だからお礼言うね、本当にありがとう」
「…………。」
俺は残った焼きそばパンを全部口に入れ、咀嚼しながら二度首を縦に振った。
「中居くんって、いつもここに来るの?」
「……まあ、うん。今日は直人も来てねーし」
「鈴木くん、だよね? いつも仲良さそうにしてる子、今日休みなんだ?」
「アイツ停学になったらしい」
「え、そうなんだ……何したの?」
小此木は驚き半分、恐怖半分といった感じだったが、興味があったのだろう。
勇気を振り絞った様子で質問をされたので、理由は答えてもいいかもしれない。
どうせ明日には学校中で話題になっているだろうから、小此木に今言っても結果は変わらない。
「北高の連中と揉めたのがバレたんだってよ」
「そうなんだ……やっぱり、喧嘩とかするんだね」
「別に好きでしてるわけじゃねーと思うけどよ」
喧嘩だって面倒くさいし、しないに越したことはないと思っている。
不良とは思えない考え方かもしれないが、実際喧嘩は大義名分がなければダルいだけである。
「……あの、もし私のせいで芦田くんと喧嘩になったら、ごめんね?」
「別に、どうせあいつ口だけだろ。来ねーよ、ああいう奴は」
「でも、もし私のせいで迷惑かけたら……」
「アイツが勝手に女々しいムーブかましてただけだべ? 小此木はなんも悪くねえと思うんだけど」
俺はただ本音を言っただけだが、それを聞いた小此木から笑みが零れる。
「優しいんだね、中居くんは」
「……は?」
意味がわからなかった。
愛想よく振舞っていたわけでもないのに、小此木からそう言われる理由がわからなかった。
「それに私の名前、憶えててくれたんだね。人に興味なさそうだったから、意外」
「失礼な奴だな。意外と人の顔と名前は覚えてんだよ、あと珍しい苗字だし」
「そういうこと?」
笑みを浮かべる小此木の顔を、直視することができない。
焼きそばパンと一緒に買った麦茶を、一気に飲み干す。
「あ、もうすぐ昼休み終わるね。私そろそろ行くけど、中居くんは?」
「メンドクセーから昼寝してからふけるわ」
「ちゃんと授業出ないと、出席日数足りなくなっちゃうよ?」
「別にどうでもいい」
これでも一応、計算してサボっているつもりだ。
「じゃ、またね!!」
そう言って小此木は晴れやかな笑顔を浮かべたまま、手を振って階段を駆け下りていった。
──またね、か。
アイツ、これからも俺に絡んでくるつもりなのだろうか。
別にどうでもいいんだけど、少なくとも敵意もなければ小言は言わなそうだ。
「……はあ」
どうでもいいな。
俺は出入り口前のスペースに寝転がり、腕を枕替わりにして天井を眺める。
そのまま眠りについて、目が覚めた時には夕方になっていた。




