閑話「中居祥太くん(美咲視点)」
桜前線が内田市にも上陸して、満開の桜の木から花びらが舞うくらいの季節。
この春から晴れて高校生になった私、小此木美咲。
同じ出身校の子がいない高校を選んで、心機一転のつもりで入学式に望む。友達ができるか凄く不安で、私は新しく通うことになる学び舎の前で、身も心も萎縮していた。
心臓が破裂しそうなほどバクバクと鼓動を打っていて、不安で額に汗が浮かぶほど追い詰められた気持ち。
すごく不安な気持ちで、玄関に張り出されたクラス表で自分の名前を確認する。
「えーっと、鈴木直人……いた。んで中居祥太は……やったじゃん!!」
男子の大声が耳に入って、なんとなくそっちを見る。
「ん? 同じクラス?」
「そうだよ!! あー良かった、俺一人だったら退学するとこだったわ」
「大げさだなオメーはよ。ま、俺も安心したわ」
私の割と近くで騒いでいた二人組と思われる男子は、どことなく異様な雰囲気を纏った、他の子とは明らかに異質な子たちだった。
襟足が長めの黒髪オールバックで、学ランの裾を短くして、下も大工さんが履いているニッカズボンに似たデザインのものに改造されていて、漫画に出てくる不良そのものといった風貌だった。
隣の子も金髪で制服を着崩していて、明らかに二人とも普通の子とは違った。
──怖いな。
漫画のキャラクターみたいで興味はあるけど、現実の不良は怖い人達だろう。
目を付けられたくない。でも私、髪を染めたから目立っちゃうかな。
不安になって目を逸らし、再びクラス表に目を向けた。
「なあ、あんた一組なん?」
その瞬間だった。
ひょこっと現れた女の子が、大阪訛りの言葉で私に声をかけてきた。
──綺麗な子。
さらさらした髪質の赤茶髪で、後頭部にシニヨンを作っている。目もぱっちりしていて鼻と口のバランスも整っていて、背も高くて私よりもスタイルが良い。
何かスポーツをやっているのか、肢体も引き締まっていて健康的だった。
「え? う、うん。そうだよ」
いきなり話しかけられたから困惑しちゃったけど、私は頑張って返事を返す。
「ほな同じクラスや、名前は?」
「名前……私、小此木美咲」
「小此木美咲……可愛い名前やな。うち平川架純、大阪から越してきたばかりで、ただでさえ少ない中学の友達は誰もおらんし、心細いんや。仲良くしような!!」
平川架純、架純、可愛い名前だね。
満面の笑みを浮かべる彼女が紡ぐ言葉を聞いていると、元気溌剌としていて社交的な印象を受けるけど、抱えている不安は私と同じ。
この子を見ていると、強く思ってしまった。
──変わりたい。
この子と仲良くなれたら、今までの自分を変えられそうな気がした。
「うん……そうだね、よろしくね!!」
そして純粋に声をかけてくれた事が嬉しくて、自然と笑顔がこぼれだした。
…………。
……。
高校生になって一週間が経った。
入学式の時に声をかけてもらった架純と仲良くなって、そのおかげで会話をするクラスメイトも増えて言って、気付けば私の周りはいつも賑やかになっていた。
心地よい一時だったけど、この頃にクラス中で話題になった男の子がいた。
「そういやおもろい話あるで。新入生で早速、停学になった奴がいるって」
「え、停学?」
架純が突然口にした、早速停学を食らった人。
普通に過ごしている私からすると、停学って無縁だからびっくりしてしまった。
「隣のクラスに中居祥太って不良いるやん、早速煙草がバレて停学らしい」
「うわー、怖っ」
「停学の最速記録じゃない? 格好だけじゃなくてガチ不良だったんだね」
周りにいた女子たちが一斉に反応する。
中居祥太、私にも聞き覚えがあった。
──えーっと、鈴木直人……いた。んで中居祥太は……やったじゃん!!
入学式の日、金髪の男子生徒が言っていた名前が中居祥太だった。
ということは、あの漫画のキャラクターみたいな、前時代的な格好をした不良の男子生徒が中居くんなのだろう。
この頃から中居くんは度々、架純が話題にすることがあった。
「隣のクラスの中居、今度は三年と揉めたらしいで!!」
「えー、また停学?」
「いや、殴る前やから停学にはなってないっぽい」
ある時は上級生と揉めたり。
「二組の担任の高宮先生いるやん、中居に注意しようとして逆に凄まれて先生泣いたらしいで」
「まじ? こわーっ」
ある時は高宮先生を泣かしたり。
「西高に飯島って奴がいて、うち面識はないけど、うちの転校先の中学では有名な不良だったんや。中居がなんか、飯島にキレてて飯島のこと探してるらしいで」
「怖すぎ、喧嘩するのかな?」
「そのうち問題起こしすぎて退学になるんじゃないの?」
ある時は他校の生徒と揉め事を起したりと、中居くんの話題は毎月のように噂話として流れてくる。
見た目だけじゃなくて、本当に漫画の不良みたいに沢山の問題行動を起こしてばかりで、私の中で中居くんは怖い人というイメージが固まっていた。
クラスも違うので関わることはないけど、廊下ですれ違った時など、私は怖くて中居くんの姿を直視することができなかった。
そんなある日、架純の家に遊びに行った帰り道のことだった。
「飯島、見つけたぞコラ」
架純の家は西高からほど近い場所で、海に近い架純の家の近くには内田公園という自然豊かな公園があった。
その公園の中の中にある道路を通って、バス停まで近道しようとした時、雑木林の中から聞こえてきた名前に聞き覚えがあった。
気になって木の陰に隠れ、様子を見てみる。
見覚えのある、上下黒のスウェットを着た黒髪オールバックの男子がいた。
──中居くん。
学校一の問題児として有名になりつつあった中居くんが、ガラの悪そうな三人組と対峙している様子だった。
「テメーが中坊の頃、鈴木と一緒に随分イキってた中居か」
「その直人の腕、折ったんだってな?」
「二度と逆らえねーよう、わからせてやったまでよ」
「人数集めて寄って集って……タイマンも張れねえシャバ憎が、直人に勝った気になってんじゃねーよ」
架純が言っていた、中居くんが飯島という人に怒っている理由。
いつも一緒にいる鈴木直人くんという金髪の子が、飯島という人たちに骨折させられたから、中居くんが怒って探し回っていた。
あの人たちのやり取りを見ていて、初めて真相を知った。
「てめえの腕も折ってやるよ!!」
「死ね中居!!」
中居くんと対峙していた不良たちが一斉に飛び掛かり、中居くんはたった一人で三人と喧嘩をし始めた。
──怖い。
私は最初のうちは恐怖から目を逸らし、震えながらしゃがんでいた。
だけど何分経っても怒号が止まず、なかなか終わらない喧嘩の展開が気になりだしたので、私は恐る恐る木陰から様子を伺う。
飯島という人以外の二人は、地面に横たわっていた。
「しつけえんだよ、中居!!」
「がはっ!?」
そして中居くんは、飯島という人から一方的に殴られ続けていた。
強烈なパンチを受けた中居くんは、血飛沫を上げながら吹き飛んでしまう。
「はあ、はあ、はあ……どうよ中居、オメーは俺より弱いんだよ」
飯島という人も額や口元から出血していてボロボロなので、中居くんは三人相手に相当頑張ったのだろう。
でも多勢に無勢だったみたいで、中居くんは力なく地面に倒れてしまった。
「……ざけんなよ、コラ。また……ゴフッ、終わっちゃいねーんだよ」
それでも中居くんはフラフラとした足取りで、飯島を睨みながら立ち上がった。
「なんだてめえ……ゾンビかよ!?」
「直人の腕折りやがって……アイツが受けた痛みを返すまで、終われねえんだよ」
ボロボロの中居くんは、血反吐を吐きながら果敢に立ち向かっていく。
「うああああああ!! いい加減にしろ、オラ!! コラ!! 死んどけよ!!」
だけど受けたダメージがあまりに大きいのか、中居くんは飯島から一方的に殴打を浴び続け、中居くんが倒れても飯島は中居くんの脇腹を蹴り続けた。
あまりの残虐ファイトに私は見ていられず、目を覆ってしまう。
「飯島!! ストップ、ストップだ!!」
「もう中居の奴伸びてるよ!! 死んじまうって!!」
さっきまで倒れていた二人が起き上がると、暴行を続ける飯島に飛び掛かって彼の暴走を制止した。
それによって中居くんへの暴行は止んだけど、中居くんは完全に気を失っている様子で、ピクリとも動かない。
「はあ、はあ、はあ……行くぞ」
「いてて……中居の奴、とんでもなかったな」
「こっちが一人で三人相手にしてる気分だったぜ。飯島、このまま報復合戦になると流れる血の量、エグくなるぜ……東高にはもう手出さんほうが良くね?」
「ああ、そうだな……」
飯島たち西高の不良が、中居くんを放置してこの場から立ち去っていく。
それと同時、雨粒が私の頬に当たった。そして次第にぽつぽつと雨が降り、数分もしないうちに雨脚が強くなっていく。
私は恐る恐る木陰から出て、倒れている中居くんを見下ろした。
「中居くん……」
不良の争いなんて、縄張り争いとか、誰が誰より強いとか、そんな単純なものだと思っていた。
少なくとも西高の不良たちは、そんな雰囲気で喧嘩をしていた。
──でも、中居くんは違うように思えた。
勝てないって分かっていても、友達のためにボロボロになっても何度も立ち上がる不屈の精神を、彼の戦いぶりから感じることができた。
だけど友達のために本気になれる熱い心の持ち主が、どうして不良なんかやっているのだろう。
私にはないものを持っている彼に、興味が湧いたのかもしれない。
「もしもし? ……はい、救急です」
だからそんな義理はなかったかもしれないけれど、ボロボロの中居くんにせめて仕上げられる事として、私はスマホで救急車を呼んであげた。
中居くんが入院したことは、もう次の日には話題になっていた。
「中居、入院したらしいで」
「えー、なんで?」
「知らんわ、まあ前から話題に上がってた飯島と喧嘩でもしたんちゃう?」
「そういえば中居の相方の鈴木って奴も、右腕骨折してるらしいよ?」
「中居も鈴木もボロボロじゃん」
「弱いくせに喧嘩っ早いからやろ、自業自得や」
いつものように話題になる中居くん。
架純たちは中居くんを弱いと断じていたけど、一部始終を見ていた私は架純たちの会話をもやもやした気分で聞いていた。
「……中居くんは、そんなに弱くないと思うな」
「なんや美咲? なんか言った?」
「ううん!? なんでもないよ!!」
小さな声で呟いたことは、微かに架純に聞こえていたようだ。
ただ何を言っていたのかわからないようなので、私は身振り手振りの全力で誤魔化した。
──それからの私は、なんとなく中居くんを目で追うようになっていた。
特に話しかけるとか、そういうこはなかった。
機会もなければ、そもそも声をかけるのは怖いという気持ちもあった。
だけど中居くんを見ていて、一つ気付いたことがあった。
「直人、お前土曜って暇?」
「暇だけど何?」
「俺原チャ買ったんだよね」
「マジ!?」
「お前バイク持ってるだろ? わりーんだけどバイク屋まで乗せてってくれね?」
「なんだよタクシーかよ。まあ納車祝いでタダで乗っけてってやんよ」
「サンキュー、恩に着るぜ!!」
中居くんは友達と話をしている時だけ、意外といい顔で笑うこと。
普段は誰も寄せ付けないというか、いつも不機嫌そうな印象でしかない彼だけど、鈴木くんと話をしている時だけは純粋に楽しそうで、少年らしく無邪気な笑顔を見せていた。
もしかして、彼も昔の私と似た境遇なのかもしれない。
──彼を観察していく度、彼を見る目が変わっていく。
…………。
……。
二年生になって、中居くんと同じクラスになった。
中居くんは二年生になっても相変わらずで、鈴木くん以外とは特に仲が良い様子はなく、強いて言うならクラス委員に就任した藤村詩歩さんと、毎日のように言い合いをしている程度で、一年生の頃からあまり変わっていなかった。
彼の事を時々目で追う日々が続いていたが、最近は学校がちょっと辛い。
「小此木ちゃ~ん、ちょっといいかな?」
その原因になっているのが、クラスメイトの芦田くんだった。
体が大きくてホストのような容姿の彼は、何故か今まで絡みがなかった私にしつこく声をかけてきて、この日ついに私は芦田くんに呼ばれることになった。
「どうしたの、芦田くん?」
「ちょっと大事な話があるんだけど、昼休み一緒に来てくれないかな?」
「え? う、うん……いいけど」
芦田くんは笑顔だったけど、その笑顔から何故か恐怖を感じて、芦田くんの要求を断ることができなかった。
こうして迎えた昼休み、私は芦田くんから衝撃の告白を受けた。
「小此木ちゃん、オレ君のことが好きなんだ」
「…………え?」
「だからさ、オレと付き合って欲しいんだよね」
最近、芦田くんから感じる熱視線、そして何度も声をかけてくる理由。
全てがその一言に結び付いて、私は──。
「あの、えっと……ごめんなさい」
──芦田くんが嫌で告白を断った。
架純たちと恋バナをすることはあっても、私自身は恋愛に疎くて、恋をするという事自体がいまいち理解できていない。それに芦田くんのことはよくわからないし、なんとなく怖くて彼と付き合うだなんてありえない。
そう思ったから、私は芦田くんを振ることにした。
「えー、マジショック……なんで?」
「その、好きな人がいるので……」
理由を聞かれたから、好きな人はいないけど嘘をついた。
でも付き合ってる人はいないんだよね?」
「はい、まあ……」
「じゃあお試しでいいからオレと付き合ってみない? オレ絶対そいつより小此木ちゃんのこと幸せにする自信あるし」
告白を振ったはずなのに、芦田くんは全く諦めてくれない。
ずっと笑顔で迫ってくるし、この人すごく怖い。
「あの、でも私、芦田くんの事よく知らないし……」
「付き合ってから知っていけばよくね? 大丈夫だよ、オレも小此木ちゃんの色々なこと知っていきたいと思ってるから」
どうしてこの人、これだけ拒絶しても私のことを求めてくるの?
私は芦田くんと付き合うつもり全く無いし、だから断っているのに、芦田くんは私の気持ちを察してくれないどころか、強引に私を求めてくるばかり。
──怖い、怖いよ。
「ねー、いいでしょ? 付き合おうよオレたち」
芦田くんのねっとりした目付きが、上がった口角が、全て恐怖に感じる。
怖い。
これから私、どうなっちゃうんだろう。
──誰か、助けて。
──誰か。
──助けて。
「お、おいちょっと!! なにお前!?」
突然の出来事だった。
私たちの間に割って入るように、人影が通り過ぎたと思ったら、芦田くんが声を荒げて誰かに抗議しているようだった。
「聞いてんの!? てか状況理解できてる!? オレ小此木ちゃんに告白している最中なんだけどさ、邪魔すんなって!!」
芦田くんが怒り心頭で吠える相手。
昭和の不良のような変形改造制服と、襟足の長い黒髪オールバック。
「ちょっと、おい!!」
「うるせーなコラ」
芦田くんを睨む彼の目に、私も心を撃ち抜かれたような感覚を覚えた。
──中居祥太くん。
私の窮地に割って入ってきたのは、あの不良の中居くんだった。
どうしてだろう。
私と彼は同じクラスでも、一度も会話を交わしたことがないはず。
どうして私を助けてくれたんだろう。
「メシ食ってんだよ俺は。邪魔すんな、殺すぞ」
ああ、お腹がすいていただけみたい。
そういえば中居くんは授業を途中で抜け出して、そのまま何処かへ消えてしまうことが多々あるし、鈴木くんがいない日の昼休みは、必ずと言っていいほど教室から出ていく姿が見られた。
きっと中居くんは、日頃からここでサボったりご飯を食べているのだろう。
──私を助けに来たわけじゃない。
わかっている。
それでも中居くんの登場には救われた。
「別にオメーなんかに興味はねーけどよ、振られて何度もしつこく言い寄って、男として恥ずかしくねーの? 潔く引けよ、みっともねーな?」
私が芦田くんに言いたくても言えなかったことを、中居くんは全てストレートに言ってくれた。
一年生の頃から、ずっと彼を見てきた。
西高と喧嘩する姿も、鈴木くんと談笑をする姿も、先生に怒られて反抗している姿も、藤村さんと言い合いをしている姿も、色んな中居くんを見てきた。
中居くんは確かに不良で、問題行動も多い。
世間的に公平に見ると、彼はマイナスの評価を受ける人間だと私も思う。
──でも。
「知らねーよ。北高だろうがヤクザだろうが、こっちは喧嘩上等だからよ」
この人はちゃんと自分というものを持っていると思った。
それでいて義侠心に厚くて、時に少年のように笑って、不思議な子だと思った。
「……ちっ、あー萎えるわ」
芦田くんが不服そうに階段を下りていく姿を見て、私は思ったんだ。
──もっと中居くんのことを知りたい。
彼はどうして不良をやっているのか、彼の好きなものは、どうして鈴木くん以外の誰とも関わろうとしないのか、どうして何処か寂しそうなのか。
芦田くんを追っ払ってくれたことで、彼への興味がさらに湧いてきた。
彼と関わろうと思ったら、これ以上の機会はもう無いと思った。
「……あの、隣いいかな?」
だから私は、勇気を振り絞って中居くんに声をかけた。
──これが中居くんとの全ての始まり、ここから中居くんの関係が始まった。




