第9話「不良少年の日常」
朝、俺はいつものように髭を剃り、整髪料でオールバックを作り、ビシッと髪型が決まったところで短ランを羽織り、ボンタンを履く。
短ランのの裏地は赤く染まっており、ボタンの裏には「愛羅武勇」の文字が刻まれた裏ボタンを縫い合わせていた。白く、細いエナメルのベルトでボンタンを締めて、潰した学生カバンを持って、いつもの通学路を歩む。
玄関で上履きに履き替えて、階段を上がって二年三組の教室のドアを開けた。
「おはよう、中居くん!!」
そして小此木がぴょこぴょこと駆け寄ってきて、元気よく挨拶をしてきた。
「よお、お前は相変わらず朝からテンション高いな」
「ノリと勢いで生きてますから!!」
小此木は満面の笑みでガッツポーズを取り、自慢げに喋った。
「ほんまや、美咲見てると嫌なことあってもなんか明るくなるで」
そんな美咲を見守るように、やれやれといった感じで平川が声をかけてきた。
「よお、平川」
「おはよ中居、いつも思うんやけどそのカバン薄すぎん?」
「これはこういうものなんだよ、オシャレアイテムだ」
「オシャレアイテムの前に昭和のって文字がつきそうやな」
平川のツッコミは、相変わらず関西芸人のように鋭かった。
「まったく、ただの校則違反よ……改造制服も潰したカバンもやめて欲しいわね」
ため息を吐きながら俺に小言を言ってくるのは、やはり藤村だった。
相変わらず藤村は俺に対して手厳しい。
「校則違反っつーなら、小此木の髪色はどうなんだよ?」
「ふふ、残念。うちの校則に髪色に関する規定はないのよ」
「あ? ピンク髪が良くて俺の短ランはダメなの? 理不尽じゃね?」
「規則は規則だから、文句は生活指導の先生に言ってはいかがかしら?」
「この女ァ……!!」
「何よ、口論なら受けて立つわ」
藤村は両手を組み、ニヤニヤしながら俺を半目で睨む。負けじと俺も腕を組んで藤村にガンを飛ばし、俺と藤村の間にバチバチという火花が見えそうなほど、お互い一歩も引かず睨み合う。
「あはは、また始まったね」
「ほんまや、中居と詩歩って絶対仲良しやろ」
小此木も平川も呆れた様子だったが、俺たちにとっては日常茶飯事。
藤村の口角が上がるのを見ていると、俺の口角も自然と上がった。
「ちぃーーーっす!! 祥太ぁ~、遂に停学明けたぜーーーーーー…………え?」
その時、教室の後ろのドアが開いたと思ったら、金髪で上は学ランの下に水色のパーカーを着込み、下は太いスケータータイプのものを履いた、見るからに頭が悪そうな男が高いテンションで入ってきた。
しかし奴は俺たちの様子を見た瞬間、笑顔のまま固まった。
「誰だ、お前?」
「直人だよ!! お前の親友の鈴木直人!!」
「ああ悪ぃ、レアキャラすぎて忘れてたわ!!」
「好きでレアキャラになったんじゃないよ!! ていうか、え? なんか祥太の周りに女子たくさんいるし、なにこれどういう状況!?」
直人が慌てふためいた様子で、現在の俺の状況にツッコミをいれてくる。
そういえば直人には謹慎中に起きたことは喋っていないので、俺と彼女たちがつるんでいる理由も知らないだろう。
せわしなく左右に首を振る直人の姿は、とりあえず面白かった。
「鈴木か、久々に見たけどアホそうやな」
「なんか私たちのことみて驚いてるみたいね」
「そういえば謹慎開けるって高宮先生も言っていたわね、忘れていたわ」
そして女子たちが直人に対して辛辣で、それも見ていて面白かった。
「はあ。おい直人、オメーのせいで色々大変だったんだぞ?」
「へ、俺!? なんで!?」
「なんでもクソもねーよ、この野郎!!」
俺は大声を出しながら直人に飛びつけ、その肩に強引に腕を回してやった。
「え、なに急に!? だから何が起きてるん!?」
「うるせえ!! ちったぁ反省しろ!!」
「いだ!? ちょ、腹小突かないで!? 俺今日下痢気味なの!!」
それからしばらく、俺はニヤニヤしながら直人の脇腹をグーで小突いた。
…………。
……。
あの日以降、しばらくの間はちょっと大変だった。
まず俺は元々受けていた外傷に加え、新たに多くの怪我を負った上、頭も激しく殴打されたことから検査入院が必要になった。
おかげで親父が不機嫌そうに現れた。
──今回の件に関して、中居君は完全なる被害者よ。
だが偶然そこで居合わせたのは、お見舞いに来ていた藤村だった。
藤村が親父に弁明をしてくれたおかげで、親父は渋々といった感じで矛を収めたようで、前回同様に金だけ置いて帰った。
その事に藤村は怒っていたが、いつもの事だからと適当に誤魔化した。
──中居君と連絡は取れていますが、彼は家で転んで怪我をしたそうです。
さらに藤村は学校側にも色々誤魔化してくれたため、そのおかげで喧嘩を学校側から疑われることはなかった。
そして問題となるのは芦田。
このままでは芦田が報復に来そうなので、一応また芦田とやり合う覚悟はしていたのだが、その心配は杞憂に終わった。
それは小此木のおかげだった。
──私のパパ、警察署の署長なんだよね。
そのことを平川が証拠付きで芦田に言ったらしく、警察沙汰となれば拉致監禁に傷害、そして下手をすれば殺人未遂になるため、芦田も逮捕はされたくはなかったのだろう。
あれからすっかり大人しくなった上、芦田に関する噂も学校中に広まった。
──ねえ、芦田君って小此木さんに告白したらしいよ。
──マジ?
──それでフラれてしつこく言い寄って、中居君に喝入れられたらしい。
──うーわ、ヤンキー中居に反抗したの?
──しかも逆ギレで中居君と小此木さんを襲おうとしたらしいよ。
──最低だな、アイツ。
──ね、今回はヤンキー中居が小此木さんを守ろうとしたみたいだし。
──あの不良、意外といい奴なのか?
──それはわからないけど、見た目通り昭和の硬派に憧れてるんでない?
芦田の評判が下がると共に、何故か俺の株が微妙に上がるような噂が学校内で流れはじめ、芦田は急速に周囲から冷たい目で見られるようになった。
それに耐えられなくなったのか、三日も経つと芦田は学校に来なくなった。
北高でも色々動きがあった。坂巻は手の甲の開放性骨折で重傷を負い、当分ボクシングができる状況ではなく、そもそも復帰できるのか怪しいらしい。
しかも内田市屈指の不良校である北高で威張っていた坂巻が、たかが東高の連中に負けたということで、校内での求心力も落ちているらしい。それにより北高では不良達による頂点争いが勃発していて、内戦状態らしい。
──まあ、自業自得だな。
さらに東高の中居祥太は坂巻より強いらしく、鈴木直人は中居に匹敵する実力という噂から、少なくとも坂巻と同等以上。さらに空手と古武術を使う二人の女子がいると噂になり、巷のアウトロー達から恐れられているらしい。
だいぶ話が盛られている気もするが、これで簡単に手は出されないだろう。
ちなみにこれは余談だが、俺が奪われた金品は衣服を含め、全て戻ってきた。
戻ってきたというよりも、あの場で奴らから回収したと表現した方が正しいかもしれないが、とにかく怪我をしたこと以外はプラマイゼロである。
「──ってわけでよ、大変だったんだわ」
「俺が謹慎中の間、随分色々な事件があったんだね」
「元はと言えばオメーが北高なんかと揉め事起すから、話デカくなったんだぞ」
「わりーわりー。でも箔がついたみたいでよかったじゃん」
「よくねえよ!! 坂巻の野郎、強すぎて勝てたの奇跡みたいなもんだぞ!?」
「へぇ~、そんな強いなら俺が倒して名を上げたかったぜ」
俺の話を笑いながら聞いて、挙句坂巻は自分が倒したかったとほざく直人。
まったく、コイツは平和で羨ましい限りだ。
「けどお前水臭いぞ? なんで俺を助っ人に呼ばなかったんだよ」
「バーカ、謹慎中の奴を呼べるか。あと平川も藤村も、オメーよか強いだろうし」
「ひどくね!? 俺チョー強いし!!」
そう言って直人は立ち上がり、シャドーボクシングを開始する。
しかし見ていても坂巻ほどのキレもなければ、平川や藤村ほど猛者の空気を感じられない。とはいえ別に直人は弱いわけではなく、中坊の頃に喧嘩した際には決着がつかなかったほどではある。
直人には悪いが、あの異常者たちと比べての正当な評価だ。
「おーい、アホ二人。そろそろ授業始まるで~」
いつものサボり場に現れ、下から俺たちを呼ぶのは平川だった。
「え~、メンドクセー。祥太、午後ふけようぜ?」
「……いや、俺出るわ」
「えー? お前真面目にもなったん?」
「別にそういうんじゃねーけどよ……」
そう言って再び階段の下に視線を送る。
「中居くーん、サボろうったってそうはいかないよ?」
「全員私の差し金よ、二人とも諦めて降りてくることね」
まあ、このまま午後も授業に出て、また放課後アイツらと何処か遊びに行くのも悪くないだろう。
「しゃーねえな、今行くよ」
「あ、おい祥太!! 待てよ~置いてくなよ~!!」
三人の女子たちと合流し、そこに直人も駆け寄ってきて、五人で話をしながら教室に向かう。
こんな日常が続くなら、学校も悪くはない。
ぶっちゃけ数日前までは学校を辞め、家を出て、仕事をすることも考えていた。
「今日学校終わったらどこ行こうかな!!」
「私用事あるわよ?」
「うちは大丈夫やけど」
「じゃあ中居くんと架純と、ついでに鈴木くんも帰りカラオケ行こ!!」
「俺はついで!?」
「今まで絡みなかったのに誘われるだけ、感謝したほうがええで?」
──でも今は、もう少し高校生やっていてもいいかなと思っている。