005
キャサリンはシャーロットが優斗と話している間、ずーと黙っていた。ギルバートとの会話にも口を挟まなかった。しかし馬車にシャーロットと共に乗り込むと直ぐに口を開いた。
「シャーロット様。私も優斗様の婚約者になりたいと思っています。よろしいでしょうか?」
シャーロットは全く驚いていない。そういうような話がキャサリンから出ることは想定済みだった。優斗の容姿はそれくらい整っているし。武勇はおとぎ話の英雄のような存在だ。
「キャサリンがそういうと思っていた。優斗には今後婚約者が増えるだろう。今回の件で私は優斗には男爵になってもらおうと思っている。皇帝陛下にお願いするつもりだ。そして私は降嫁して女伯爵になるとなるだろう。皇帝陛下から以前にそのような話が合った。後見人にはシューベルハイトのより親であるスプリングス公爵家がついてくれる手はずになっている。まだ私は15歳だ。これから学院に入学しなくてはならない。卒業後に優斗と結婚ということになるだろう」
「私も学院に通いますから卒業後に私も結婚します」
「あわてるな。私もそのつもりでいる。お母様の実家であるシューベルハイトとスプリングスの後ろ盾は必要だからな。なのでスプリングスからも婚約者があてがわれると思うぞ」
どこの貴族も男の子を確保するために多くの側室を持っている。男女比が1:3なので男の子が2人必要とすれば女の子が6人生まれる計算になる。なのでどこの貴族にも結婚適齢期の女性は数多くいるのだ。
シャーロットが目を付けた男性にスプリングス公爵が興味を抱かないはずがない。何らかの形でからんでくると思われていた。
「そうですね。スプリングス公爵も絡んでくると私も思います。これまで浮いた話のなかったシャーロット様が見つけた意中の人です。気にならないわけがありません」
シャーロットは皇帝のクルセイドにかなりかわいがられている。そのため近寄る男は皇帝自ら阻んでいた。シャーロットの出自は低いが見た目が美しいために近づいてくる男たちが後を絶たないのだ。
キャサリンも美しいのでその手の男はいくらでもわいてくる状態だった。いつも二人で行動しているので宮廷内の二つの薔薇と異名までもらっていた。
「そうだろう。だから二人で協力しよう。優斗はしばらくの間はシューベルハイト家で面倒を見てくれ。その間にことを進めていく。優斗も貴族になるのだ。学園には通わなくてはいけなくなる。ちょうど私たちと同級生になるように手配しよう」
「いい、お考えです。私も賛成いたします。優斗様の面倒は私にお任せください。どこの馬の骨ともわからない女性は排除いたします」
キャサリンはシャーロットの考えに賛成だった。優斗は好みだし強い。命を助けられたことから、なおさら優斗が素敵に見えていた。キャサリンは優斗とさえ結婚出来ればそれでよかった。
この世界では一夫多妻制だ。男性の貴族なら妻になる女性は二桁でもおかしくないのだ。キャサリンがシャーロットに嫉妬するようなことはなかった。
「ではこちらでもろもろの手はずは行っておく。ホゾマについたら皇帝陛下に手紙を出そう。王都についてからが楽しみだ」
「私も楽しみです。今回、ホゾマの監査に来たのは正解でしたね」
「そうだな。こんな田舎に来るなんて何の意味があるのかと思っていたがそんなに悪いこともなかったな。優斗に出会えたのが褒美に思えるくらいだ」
「そうですね。あのような方がこのような田舎にいるなんて思いもしませんでした。ホゾマが王家の直轄地でよかったです。シャーロット様についてきてよかったです」
「ふふふ。あんなにこの地に来るのを嫌がっていたとは思えないような心変わりだな」
キャサリンは顔を赤くしてうつむく。この地に来るのをキャサリンは嫌がっていた。ホゾマはキャサリンの父が治めるシューベルハイトの地から南に位置する。帝国の南西の田舎町だ。この辺りはハウスブル地方と呼ばれている。優斗がラウラに初めて着いたときに立っていただだっ広い草原もハウスブル地方に位置する。
ハウスブル地方の監査はシャーロットにとって大切な意味を成す。18歳になり降嫁したときにシャーロットが治める土地がハウスブル地方になることが内内で決まっていたのだ。
皇帝はそのことを分かったうえでシャーロットを視察に出していた。シャーロットがこの地に入るのは田舎だから他の貴族たちから反対されにくいこともある。すべて皇帝の計算づくのことだった。
皇帝の誤算はこの地でシャーロットと優斗が出会いをしたことくらいだった。こうやって、優斗の知らないところで優斗に関することが決められていくことになる。
シャーロットを乗せた馬車はホゾマという都市へと入っていく。ホゾマは人口が5万人と帝国の田舎では多くの人口を抱えている。近くをルビコン川が流れていて耕作地帯が近いので多くの人口を支えることができていた。
ホゾマはハウスブル地方では一番大きな都市だ。シャーロットは3年後に自分の領地になる都市を視察しに来たのだ。
「シャーロット様。ホゾマにつきました」
「ご苦労。ギルバート」
「はっ。このまま宿に向かいます」
「任せる」
ギルバートはシャーロットに伺いを立てて高級宿に先ぶれを送る。そして貴族の専用入り口からホゾマの都市の城門をくぐる。優斗もシャルロットの一行として貴族専用の入り口から城壁内に入った。
◇◇ ◇ ◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇
優斗にとっては異世界で初めての都市だ。城門前に多くの人たちが並んでいたのに驚いていた。
「カトリーナ。なんであの人たちは門の前で並んでいるの?」
カトリーナとは近衛の隊員だ。優斗の馬車の横に並んでいたので優斗と話すようになっていた。
「彼らは城壁に入るために並んでいるのよ。都市の入り口では手荷物の検査などをしているの。それに入場税を回収しているのよ。私たちは貴族たちが使う門から入るから並ばなくてもいいのよ」
都市は土むき出しの道できれいだとはいいがたい。人は多く出歩いている。車のない世界だから徒歩で出歩いている人が多いのが印象的だった。道にはいろいろな種族が出歩いている。優斗は獣人を見るのは初めてだった。
門か伸びる道は道幅が広い。馬車を4台並べても余裕がある。露店があるにもかかわらずだ。
「道がかなり広いですね」
「町の中では馬車がすれ違うことがあるの。そのために道幅に余裕があるのよ。それに都市では人の数が多いの。これくらいの道の幅がないと混雑することになるのよね」
優斗が見た感じではラノベであるようなスラム街は今のところ見当たらない。
「この街にスラム街とかあるんですか?」
「私はこの街に来たのが初めてだから知らないけどね。どこの大きな町でもそれなりに貧困層の住んでいる地域はあるわよ。都市に出ればくいっぱぐれがないと考えている人が多いのよ」
「そうなんですね」
カトリーナの話ではもっと奥の城壁際に行けば治安が悪い場所もあるらしい。優斗はそういう場所には行かないと決めた。
そして1時間ほど馬車を進めると今日泊まる宿にたどり着いた。石作りで綺麗な建物だった。高さも6階建てほどある。馬車を降りるとちょうどシャーロット皇女とキャサリンが宿の中に入っていくところだった。
優斗は馬車を宿の従業員に引き渡して宿屋に入っていく。近衛たちも馬たちを従業員に任せて宿に入っていく。
宿に入ると高級宿を思わせる内装だった。真っ赤な絨毯が引かれていて壁際にはツボなどが飾られている。壁には風景画が飾られている。他の客を見ても見栄え簿良い服を着ている。優斗の着ているものが質素に思えた。
優斗の部屋はシャーロットたちのメイドがとっていた。
「優斗様。部屋は302号室です。夕食は18時から21時までの間に食堂で取れます。朝食は朝6時から9時までの間にお願いします。姫様方は6階のスイートルームにお泊りになります。なにか用がございましたら近衛の者かフロントの宿の従業員にお声をかけてください」
そういいメイドは部屋番号の書かれたカギを優斗に渡してシャーロットの方に向かった。優斗は直ぐに自分の部屋に向かう。
部屋につくと直ぐに備え付けのお風呂に気が付いた。優斗は魔石に手を触れてお湯を出して浴槽にためる。初めての魔道具に感動する。そして創造魔法で石鹸とシャンピューにリンスを作り風呂に入った。
風呂の後に創造魔法でビールジョッキに冷たいビールをなみなみ注いで一口飲む。
「明日は冒険者ギルドに行くぞ」
カトリーナの話ではこの世界にも冒険者ギルドというものがあり魔物の討伐で生計を立てている冒険者と呼ばれる者たちがいるという。優斗は早速冒険者になることを決めていた。
優斗は時計を見て18時を回っていることに気づき食堂に向かう。食堂にはシャーロットとキャサリンはいなかった。何人か近衛が食事をとっていた。交代で食事をしているのだろうと優斗は思った。
優斗が席に着くと宿の従業員がやってくる。
「飲み物はどういたしますか?」
そういってメニューを出してきた。優斗は値段を気にせずに高いワインを頼んだ。従業員は驚いた顔をしたが直ぐに平常を装うことに成功した。優斗は自分が安物の服を着ていることにようやく気付いた。
食事のメニューは聞かれなかった。なにやら決まった食事が出てくるらしい。それからコース料理のようなものが出てきた。どれも地球のレストランと代らないおいしい味だったので満足できた。
優斗は異世界物の小説のように料理はまずいものだと思っていたがいい意味で裏切られた気持ちだった。食事を終えたら部屋に戻り暇な時間を創造魔法で作った30年物のブランデーを飲んで過ごす。チーズや生ハムなども創造魔法で作り出して食べる。
この体になってから酒に強くなっていることに優斗は気づいた。あまり酔いが回らないことを残念に思いながらこの日は眠りについた。




