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優斗と別れた後シャーロットとキャサリンはメイドを従えて今回の襲撃の現状把握をおこなった。今回の遠征では近衛を連れていたことが幸いした。兵士だったら死人が出ていただろうとシャーロットとキャサリンは予測する。
近衛は全身鎧で守られていることがあって傷つきにくいのだ。賊はその近衛を何人か行動不能にしている。かなりの手の者だと考えられた。毒入りの煙玉まで持っていたことからあらかじめシャーロットかキャサリンが狙われていたということに間違いわないと考えられた。
近衛だけではシャーロットとキャサリンは守られることはなかっただろうというのが二人の考えだった。特にシャーロットは帝国の皇女だ。その命を救った優斗の貢献は大きい。
「ギルバート。今回の襲撃はひやひやしたぞ」
「シャーロット様に危機感を感じさせたことを謝罪いたします。私の首をお切りください」
ギルバートはシャーロット近衛隊の隊長をしている。ギルバートは今回の襲撃で自分の命がないと思っていた。今回の襲撃に近衛は後手に回っていたからだ。運よくシャーロット皇女を守れたからよかったものの優斗が助力しなければシャーロットの命がどうなっていたかわからない。
「別にそちの命を奪おうとは思っていない。敵も用意周到だったことだしな。ただのごろつきではあるまい」
シャーロットの言葉に近衛隊長も同意し頷く。
「毒の煙玉まで用意してくるとは考えていませんでした。あの攻撃だけで前方の騎士がやられてしまいました。数も多くわれらだけではしのげなかったでしょう」
「やはりそう思うか。優斗が助力してくれてよかった。命を救われた」
「そうなりますね。彼はいったい何者なのでしょうか?」
「何者であるかまでは確認しなかった。今は私たちについてきてくれるだけでありがたい。余計なトラブルを避けたい」
「そうなのですか?」
隊長の言葉にシャーロットはにこりとする。隊長はシャーロットが何か考えがあるのだと悟った。
「ギルバート。そなたから見て彼はどうだ?」
「恐ろしく強いと思いました」
「やはりそう思ったのか」
「はい、私でもてこずっていた賊との戦いに介入すると直ぐに10人ほど殺していました。瞬く間にです。魔法の腕もかなりのものだと思います。一度に10人ほどが魔法で倒されるのを見ました。彼が詠唱をしているのを見ていません。一度に複数の魔法を放っことは誰にでもできるものではありません。見た目では彼は15,6歳の少年に見えます。エルフだと見違えるほどの魔法の達人です」
ギルバートは優斗の魔法の使い方に驚いていた。それだけではない。短時間で賊を制した剣術も認めていた。どう考えても熟練の戦士にしか思えなかった。それなのでフードを優斗が外した時にその幼い顔を見て驚いた。そして絶世の美少年であることにさらに驚いていた。
「彼を近衛に欲しいくらいです。彼とはホゾマから王都までご一緒するのですよね」
「そうだ。彼は誰にも渡せない。あの容姿であの武力だ。王都につけば容姿だけでも貴族に狙われるのはわかっていることだ。しかもあの戦闘力だ。そのことがばれると周りが彼をほおっておかない。争奪戦になる。その前に手に入れる」
ギルバートはシャーロット専属の近衛騎士団の隊長だ。シャーロットの嫁ぎ先に興味があった。自分の主人が誰と結婚するのか見届けるのは隊長としての務めだと思っていた。ギルバートはシャーロットが高位の貴族と縁談がまとまるとは思っていなかった。
ロシアーナ帝国では公爵六家から花嫁をめとる風習がある。ロシアーナ帝国に公爵家は六家しかない。その公爵家の娘らに男の子が生まれると帝位を競い合い、勝った方が皇帝に皇太子と認められる。その皇太子にも公爵六家から嫁が入ることになる。
シャーロットの母親は第7王妃でキャサリンの叔母でありシューベルハイト子爵家の者だ。キャサリンの父の妹になる。そのため皇女としてのシャーロットの地位は高くはない。なので中位の貴族の正室に収まると考えられていた。
普通、皇帝に公爵家や侯爵家以外の嫁はありえない。実は皇帝とシャーロットの母であるミランダは恋愛結婚だった。そのため皇帝のクルセイドはミランダとの間にできた娘であるシャーロットにかなりあまい。
そういうシャーロットの前に突如現れたのが優斗だ。この世界では男性の数が少ない。貴族でも同様だ。そのために魔力を多く持つ平民の男性と貴族の女性が結婚することがたまにある。魔力がなくても見た目のいい男性を愛人にする貴婦人も多くいる。
シャーロットの話の内容から彼女が優斗を夫にすると白羽の矢を立てたことが分かった。近衛隊長も悪い気はしなかった。自分が10人いても優斗に適うとは思っていない。それほど優斗の武力は優れていると思った。
「ギルバート。私は彼を囲う。そのつもりでいてくれ」
「はい。シャーロット様」
シャーロットはそういうと馬車に乗った。ギルバートはシャーロットが馬車に乗ったのを確認すると優斗に近づいた。
「優斗というのだな。私は近衛隊の隊長をしているギルバートだ。今回の助力に感謝する。ありがとう」
ギルバートは今回生き残ったのは優斗のおかげだと思っていたので心の底から感謝してお礼を言った。
「私の助力が役に立ったのならうれしいです」
優斗は謙虚に返事をする。ギルバートはそんな優斗の答えに感心する。そして優斗にシャーロットを託してもいいと思えた。
「君がいなかったら、私もシャーロット様も命はなかった。本当に助かった」
ギルバートの飾らない言葉に優斗は恐縮する。優斗はこんな辺境の地で皇女などという高貴な者にあうなんて思ってもいなかった。でも皇女にうまく恩を売れたことはよかったと思っていた。
「そう思っていただけると嬉しいです」
「シャーロット様の命を救ってくれたのだ。褒美は期待すると良い。ホゾマから王都まで同行すると聞いている。我々に遠慮はいらない。よろしく頼む」
「近衛の方々と一緒に過ごすのは緊張します」
「本当に遠慮はいらない。気にするな」
「分かりました。王都まで長い時間を一緒に過ごすことになると思うのでよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いする。優斗はどこの出身だ?」
優斗は一番聞かれたくないことを聞かれて困った顔をする。その顔を見たギルバートは嫌な質問をしたことに気づいた。
「嫌な質問だったか?」
「いいえ、大丈夫です。出身地は日本と言います。多分、隊長さんは知らない国だと思います」
ギルバートは聞いたことがない国の名前にキョトンとするが優斗が嘘を言っていないことに気が付いていた。
「嘘は言っていないようだね。俺の知らない国があるとは思ってもみなかったよ」
「かなり東にある遠い国なのでわからないと思います」
「この大陸の端の方か?」
優斗は地球の日本のことを考えながら話を続ける。
「大陸の東の端から海を渡ったところにある島国です」
「そんな国なら俺が知らないはずだ。優斗は強いね。その国ではみんな優斗のように強いのかい?」
「いいえ。自分だけずば抜けていると思います。魔法と武術は得意なんで」
「そうなのか。旅の間に俺や部下たちの稽古をお願いしたい。頼めるか?」
「分かりました。お相手をします」
「よろしく頼む。もうすぐ出発するから優斗も準備してくれ」
「はい」
優斗はギルバートと別れてかから自分の馬車に戻った。そしてシャーロットたちの後についてホゾマを目指す。




