第9話 デート
祝勝会の翌日の昼過ぎ。
冒険者ギルドに依頼したアリスの家族についての依頼は、いまだ特に進展はない。
ジルはアリスと一緒に町を歩いていた。
後ろ倒しになっていたアリスの町の案内という名目だが、実態はいわゆるデートである。魔刀も家に置いて来ていた。
心なしか、ジルの服装も気合が入っているように見える。
アリスは、ジルの母親のファニーから貰った服である腰に茶色のベルトを巻いた白い春用ワンピースを着ていた。
なお、ジルはお小遣いをほとんど貰っていなかったが、今日はファニーに冒険者の報酬で返してくれればいいからと無理矢理お金を持たされていた。
「せっかくのデートなのにお金持たないなんてあり得ないでしょ!! アリスちゃんにいろいろ買ってあげなさい!」
「う、うん、デートじゃなくて町の案内だけど……ありがとう」
というわけで、デートのためのお金は問題なかった。のだが……。
◆
町で一番大きな服屋。
「僕、この店でよく服買うんだ。アリスは欲しいのとかない?」
「ううん。ファニーさんから貰ったのだけで十分だよ、ありがとう」
「そっか……」
(そもそも母さんのお金だし元気よく買ってあげるとは言いづらい……アリスも心なしか気を遣ってるように見える……明日にでも冒険者の仕事してお金稼がなきゃ)
「ジルといろいろ見てるだけで楽しいよ、いろんな服一緒に見よっ」
うう、情けない……
◆
下着売り場。
「え、えと、ここはスルーして次に行こう?」
「え? せっかくだしちょっと見たい」
「え、あ、うん……」
「ジルは女の子の下着どういうのがいいの?」
「え!? そ、その子の好みなら何でもいいんじゃないかな……」
「あ、こういうのは好き?」
アリスは白と水色の縞々パンツを自分の股の前にぶら下げている……
「そ、外で待ってるからっ!!」
ジルは思わず顔を背けて逃げ出した。
「……むう……ジルが好きなの知りたいのに……」
「……彼氏さんが奥手だと大変ですね♡」
アリスのむーとした顔での呟きと、店員さんの小さな声掛けは逃げ出したジルには聞こえなかった。
◆
アクセサリー店。
「あ、この指輪お洒落! アリスに似合いそうだよ!」
「そう? でもジルにも似合うのがいいな。お揃いにしたい」
「え!? ……そ、それはまだ早い、かも……」
「? 早い? なにが??」
「…………えと……」
(この子たち可愛い〜♡)
ニッコニコの店員と顔真っ赤なジル、不思議そうな顔のアリス。
実にむず痒い空気で、近くの客も思わずニヤけてしまっていた。
◆
なかなかカッコいいところを見せられない……。
ジルは情けなさでずーんと沈んでいた。
町中の道を二人で歩く。
「うぅ……」
「どうしたの?」
「な、なんでもない! それより、あそこが有名なケーキ屋のアストリだよ、美味しそうでしょ!」
「え、わあっすごい! ケーキがキラキラに光ってる!!」
アリスはケーキを見ただけで笑顔になり、その様子を見ただけでジルは沈んだ気持ちが吹き飛んで嬉しくなった。
ここの名物は、カラフルに輝く魔法の塩を使ったケーキ。
この店では主にケーキの上にまぶされて使われ、ケーキの甘さと塩がお互いを引き立てあう。
当然のように美味しく、見た目と味を両立したケーキ屋として町の観光名所となっている。
「でも今日は日持ちするケーキしか売ってないみたいだね……なんでだろう?」
品揃えを見て気づくと、店番をしていた店員さんが話しかけてくる。
「あっ、今日店長がお留守、というか出張でこんな感じなんです、すいません」
「そうなんですか。珍しいですね」
「はい。先日、町のために戦ってくださった冒険者の皆さんのために、今回だけのケーキを作ってギルドに持って行きました。今日再開される賭け試合の優勝賞品になるみたいですよ。ついでに観戦してくると言ってました。」
「ああ、賭け試合……」
賭け試合はギルドの建物の横にある小さな闘技場で週一回行われていて、毎回小規模なお祭りのように盛り上がっている。
この町では午前中に応募した8人までの出場選手がトーナメント形式で争い、優勝者本人と優勝者を当てた人に賞金が出る。もっと規模の大きい町だと16人や32人で数日間に渡って開催されたりもする。
たまに優勝賞品もつくことがあり、今回がまさにそれである。
魔物と魔族の襲撃があった日の開催は中止になっていたが今日再開されるようだ。
ジルは賭け試合にあまり興味がなかったため把握していなかった。
「ねえジル、せっかくだし行ってみようよ」
「アリスが興味あるなら行こっか」
ケーキ屋と闘技場は割と近く、二人はすぐに目的地に辿り着く。
闘技場の中から観客が盛り上がっている音が聞こえる。
賭け金無しの観戦料は900ゴールド(※1ゴールド=1円の価値)。
観戦するだけならかなり安く、町の人々の娯楽として毎回盛り上がっている理由の一つだ。
「あ、ジルさんですね。先日の功績があるのでお供の方も含めて今回は無料にしときますね」
「え、いいんですか? ありがとうございます」
恐らく上の人に僕が来たらサービスしろとか言われたんだろうな、とジルは想像した。
二人は客席に入場する。地方の町の闘技場のため簡単な石造りで、あまりいい席ではない。
2日間の中止を挟んでの再開ということもあり、客席はほぼ満席。
闘技場中央の四角い石のリングでちょうど出場選手の紹介が行われていた。
今日は珍しく若い女の子が2人も出場するようだ。
「わ、ジル! 魔族の女の子が2人もいるよ!」
「え? どう見ても人間の…………じゃない!」
よく見ると2人とも右手首に黒い腕輪をしている。
あれは人類側の味方と認められた魔族の証。
その居場所と正体を、腕輪型の魔道具をつけさせて常に国と冒険者ギルドが把握している。
ジルもそういう魔族を見たことは数える程しかなかった。
「さあ、7番目の選手紹介でーす! 自己紹介と、もしこの国の王様になれたら何をするか! お願いしまーす!」
女性スタッフが、マイクと呼ばれる魔道具を魔族の少女に手渡した。
その少女は、頭頂部にピンクと水色と白の、まるで飴の包み袋のような三色のカラフルで大きなリボンをつけている。
リボンをつけている髪は全体が人工的な真っ黄色で、首の中程までのセミショート。
その髪はパーマがかかっているのかくせっ毛が酷いのか微妙な髪で、あまり髪の手入れに気を遣っていないようにも見える。
その瞳は、例えるならばオセロゲーム開始時の石の配置のような、あるいは市松模様のクッキーのような。
近くで見ると分かる茶色とカスタードクリーム色の市松模様の瞳が、少女が人外であることを明確に示していた。
服装は薄いカスタードクリーム色の半袖Tシャツと、茶色いベルトを巻いた青いショートデニム、そして動きやすそうな茶色い靴。
色白の腕や太ももの露出が多かったが、そのまな板の胸や独特でファンシーな見た目、ラフな服装、ジルと同世代か一つ二つ下ぐらいの幼さが多く残る顔立ちにより色気はまったく無かった。
身長もおそらく140cm台後半で、アリスより5cmほど低そうに見えた。
「あの子のズボン、デニム生地ってやつだぜ。珍しい」
ふと近くの客の声が聞こえた。
西側諸国は『衣類の魔族』の西側諸国全体での安全と裕福な暮らしを保証する代わりに、多種多様な衣類を生成させ研究を進め、ついには人力での生産に成功していた。
少女が着ているような、異世界からもたらされた衣類についても同様である。
魔族の少女はマイクで元気よく自己紹介を始めた。
「あたしは菓子の魔族! どこかの子供がキャンディって名付けてくれたわ! あたしが王様になったら、この国の主食をドーナツとかチョコレートにするわ! 食パンなんて食べた人には罰金100万ゴールドね!!! ていうかケーキ!! 今日なんで髪のお手入れしてくれなかったの! 人いっぱいいるじゃん、だから言ったのに!!」
「どうせ試合で乱れますしいいでしょう別に……」
マイクの大声での文句に、ケーキと呼ばれたリング上のもう一人の魔族──メイド服を着た白い髪の女性はため息をついた。