第6話 vs 魔族ウルスネグル 2
一人と一体。
互いが互いに真っ直ぐ突進する。
──何のために鍛えてきた。
あの時のような逃げるだけの自分を捨てるために、罪なき人々を守るために。
もう二度と、失わないために。
初の実戦、味方は全滅。眼前にははるか強敵。
戦えるのは自分のみ。
まさに生きるか死ぬかの状況。
そんな極限状態に置かれたジルの集中力もまた、極限に達した。
その集中力と武器が、実力差を埋める。
ウルスネグルは右手、斜め下から掬い上げるように薙ぎを仕掛ける。
パワーでは敵わない。受ける選択肢は無い。
ジルは地面スレスレまで右に体を傾けて躱しつつ、右手一本で刀を斜め上に振り上げて攻撃、すぐに体を傾けた方に跳んで離脱にかかる。
「ッ!?」
「! これすごくいい刀だ……!」
その攻撃は、ダニエルや兵士達の攻撃をものともしなかったウルスネグルの外皮に浅いながらも確かな切り傷を与えた。
ウルスネグルは驚きで反撃が遅れ、ジルの一撃離脱を許した。
ウルスネグルの左太腿にできた切り傷から黒い魔力の粒子が漏れ出し、空気中に散っていく。
はずだった、普通ならば。
「厶……?」
「これは……」
ジルの持つ刀の刃にその黒い粒子が集まっていき、刃に吸収されるようにして消えていく。
同時にジルは力がみなぎっていくのを感じた。
微かに黒い魔力の粒子が刀から迸る。
どうやらこの刀はかなりの業物、いや、魔刀のようだ。
たまたま手に入れた武器が魔刀だったのは好都合。
これで人々を、アリスを守れる。
ジルが自身に勝てる自信を得たことを察したウルスネグルは激昂した。
「調子にノルなアアアッッッ!!!」
ウルスネグルはすぐにミキミキと音を立たせて傷口を塞ぐと、地面に右手の大きな爪を突き立て、地面をめくりあげて岩石の散弾をジルに投げつける。
(見える……!)
ジルは下がるのではなく、突っ込んだ。
魔刀の力により動体視力も上がっているジルはバラバラの岩石の隙間を縫って回避、ウルスネグルに迫る。
自身に全速力で迫りながら、不規則な岩石の散弾を当然のように回避されるのはさすがに予想外。
ウルスネグルの対応は場当たり的でかつ遅れが生じた。
最初にジルを吹き飛ばした攻撃と似たような、左手の斜め上からの引っ掻き攻撃。だがジルが刀を振り下ろす方が速く、その振りかぶった左の上腕に一太刀を浴びせて斬り飛ばした。
「グガァッ……!!」
続けざまに右斜め下からの斬り上げ。だがこれは後ろに跳んで回避される。
切り落とした魔族の左腕がまもなくバラバラの黒い粒子になると、すぐに刀に集まってくる。
刀を黒い魔力が包み、さらにはジルの周囲を黒い魔力が渦巻いた。
跳んだ魔族が着地した後、一瞬の睨み合い。
だがウルスネグルにはもう余裕の表情は無い。
「クソおォオオ!!!」
ウルスネグルは後ろの建物の壁に向かって跳んだ。
そして両足を壁につけると、跳躍の為の反動をつける。
そして凄まじい破砕音と共に、大砲が撃ち出されるかのようにジルに突撃した。
ジルは冷静かつ情熱的な表情を変えなかった。
数歩踏み出し体を大きく左に傾けて、魔族の攻撃を躱しながら刀を横薙ぎする。
一人と一体が交差し、決着はついた。
「ア……ぐ……」
ウルスネグルの腹の右側4分の3。腹から背中まで切り裂さかれた傷。
それでも立っているのは魔族だからと言う他ない。
だが、これほどの傷はすぐには直せないようだ。腹の傷が回復する様子は見られず、黒い粒子が流出していく。
切り落とされた左腕も魔力の流出は緩まったようだが再生はしていない。
「クソがッ……」
「待て!」
ウルスネグルは敗北を悟り、力を振り絞って教会の屋根に跳躍、そのまま町の外の方向に跳んで逃走にかかる。
ジルは追いかけようとしたが、視界の端で誰かが腹を抑えながらなんとか立ち上がった様子を捉えた。
「っ! ダニエルさん!」
「お手柄だぞジル……っ! まさか魔族を撃退するとはな! 後の処理は俺らがやるから、お前はアリスちゃんと一緒にいてやれっ、ぐっ……」
「喋らないでください、すぐ誰か治療できる人を呼んできます!」
ジルは思わずダニエルに駆け寄った後、治療できる者を探すためその場を離れた。
ジルはその性格もあり、魔族を追うよりも親しい人を助けることを選択した。
──ジルとウルスネグルの戦いを密かに建物の陰から見守っていたアリスは、そっとその場を離れた。
少女は初めから、逃げてなどいなかった。