第58話 マサクルエル
帝都まであと1日足らずという所。
夕闇の中、ジル達5人は宿に泊まるため、とある村に立ち寄っていた。
ちょうどジル達はウルフ種の魔物の群れの襲撃を受けたばかりで、衣類の補修等が必要な所でもあった。
小さな宿に向かって歩くジル達。
村はともかく、村までの道中は建物の瓦礫とみられるものが放置されたままだった。
キャンディが黒フードの内側から呟く。
「……なんかさぁ、この国ぶっ壊れたままの建物多くない? お菓子屋さんも全然無いし話にならないわね」
「あー、三年前の大暴走のせいだねぇ。ま〜帝都はさすがに綺麗で沢山お店あると思うよ〜!」
「以前はもっと酷い状況だったらしいですよ。死体も放置されたままで」
「…………」
ジルは三年前を思い出し、密かにぎゅっと拳を握り締める。
「……ジル。大丈夫?」
「うん。ありがとうアリス」
「ね、ジル、このあと村のお店とか一緒にまわ…………」
「?」
「ううん、一緒に回ろ!」
「うん!」
アリスは“それ”の魔力に感づいたのを隠し、笑顔で取り繕った。
◆
その後宿に入り、晩のお出かけの前に皆が少し荷物を纏めたり小休止をしている中。
宿の外。
アリスは一人、村の郊外の林中まで歩いて来ていた。
その白ワンピースの背を、木々から漏れた夕日が照らす。
そして、アリスは一人で大きなため息をついた。
「………………。出てきて、マサ」
アリスがそう言った瞬間。
アリスの後ろに大きな人間大の何かが現れ、夕日から隠されたアリスの背が暗くなる。
「はっ。マサクルエル、ここに」
それは騎士のような黒い鎧に全てが覆い隠されていた。
身長は2m近くあり、肩部分や兜から角が突き出た鎧、筋肉質な男性のような力強い体格といった見た目により、ぱっと見ではとても強靭で大柄な鎧戦士のような印象を受ける。声も野太い男性のようだった。
だが、その白く発光する体が、頭を覆い尽くす兜や鎧の隙間から僅かに見えていて、彼がセラフセヴァーやラファルイナと同類の存在であることが伺えた。
アリスは振り返り、ジト目の表情でマサクルエルを見る。
「……久しぶり。その鎧なんか怖いよ?」
「体を隠すのに都合の良いもので」
「……それでなんの用? マサがなんでここにいるの?」
「セラフセヴァー様より遠目でアリス様を護衛し、指示があれば従うよう言われております」
「おせっかい……」
「アリス様は今どのようなご状況で?」
「えと……」
アリスは旅の目的や、今は帝都闘技祭に出場するため帝都を目指していることを簡単に説明する。
セラフセヴァー達の手により、キャンディとケーキにフラーシア王国の魔の手が伸びることはもう無いのだが、それを差し引いても優勝したい目的がアリスにはあった。
「……アリス様が帝都闘技祭に?」
「そ! 私とジルのタッグなら優勝間違いなしだもん! それでおばあちゃん達も探せて、ジルに私のことをもっと好きになって貰えるんだから!」
「……アリス様ならば闘技祭ごときで不覚を取ることは無いでしょう。しかし恐れながら申し上げます。闘技祭では偽名で、どんな相手でもまともに力を使わず、素手での肉弾戦をお願いします」
「えっ? でも相手が強かったら私も本気で……」
「なりません。観客が多すぎてアリス様の存在と位置を感づかれます。その場合──」
マサクルエルは力強く、念を押すように言った。
「レベル9の魔族が来ます。それも複数」
「……!」
危険度レベル9の魔族とは、すなわち魔界の魔王クラスの魔族である。
『食の魔族』等が知られている。
「セラフセヴァー様が仰っていました。奴らがアリス様の位置を把握したら、今度こそアリス様を仕留めるべく確実にその手を打ってくるだろうと。そうなると以前のアリス様ならばともかく、今のアリス様のお力では……」
「…………っ、分かった……」
アリスは反論できず、苦々しい表情をする。
「しかし特段問題は無いかと。聖帝国ならばともかく、この国の闘技祭に出てくる人間や魔族では手加減したアリス様にも傷一つ付けられないでしょう」
「……うん。そう言われるとそんな気がしてきた!」
アリスはマサクルエルの言葉に安心を取り戻し、笑顔になる。
ちなみにベスターメルン帝国は、自国の勇者である『斧の勇者』『鷹の勇者』の二人にタッグを組ませて闘技祭に出場させるつもりであった。
これは普通ならば優勝間違いなしの反則じみた組み合わせであり、すなわち今回の帝都闘技祭は自国の勇者の力を国内外にアピールする為のデモンストレーションであり、出来レースであった。
このような帝国の勇者二人が出場してくる可能性もマサクルエルは考慮に入れていたが、ベスターメルン帝国の勇者二人がかりを持ってしてもアリスと戦うには全く力不足であり、問題なくジルとアリスのタッグが優勝すると考えていた。
……そう。
聖帝国ガルガルシアの序列9位の勇者、サクラ・キサラギ。
彼女の出場は、ベスターメルン帝国にとってもマサクルエルにとっても、誰にとっても全く予想外であり、全ての思惑が狂う原因となった。




