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第57話 サクラ・キサラギ

「ジル!! ねえもっとくっつこ!!」

「はあ!!? またベタベタとくっついて!! やっぱあなた顔以外いいとこ無いからアピールに必死だよねぇ!!!」

「彼女だから普通だもん!!!」

「喧嘩はやめて欲しい……」


 メルスハイムの町を出発し、ベスターメルン帝国の中央部にある帝都ヴェストハルトに向かうジル達5人。

 もちろん帝都闘技祭への出場のためだ。闘技祭で優勝できればキャンディとケーキをベスターメルン帝国の所属にするお願いをすることができ、2人の安全をほぼ確保できる見込みだった。


 そしてパーティーメンバーにトマトの魔族・トマトティアラが一時的に加わり、アリスとまた痴話喧嘩を繰り広げていた。アリスはいつも以上にジルにべったりである。


 キャンディとケーキはフラーシア王国に狙われているという事情もあり、メルスハイムの町で買った黒いフード付きのローブを着て顔を見えにくいようにしている。

 実際のフラーシア王国の今の状況はそれどころではないのだが、それを知る由はない。 


 そんなキャンディにアリスが大声で話を振る。


「ねえキャンディちゃんっ!! キャンディちゃんも私とジルのタッグに優勝して欲しいって思ってくれてるよね!?」

「……うーん……もしティアと誰かのほうが優勝しても、あたし達をベスターメルンの腕輪付きにするお願いはついでにしてくれるみたいだし……それにアリスがジルと別れたらアリスの一番はあたしになるわよね、だからあたしはティアが優勝してもいいかなー、なんて……」

「……そ、そんな……」

「さっすがキャンディ〜! 大丈夫、優勝したらちゃんとクソメイドも含めて帝国の腕輪付きにしてくれるようお願いしてあげるから〜!」

「あら、さすがあたしが友達と認めた子ね!」

「……チッ……」


 まさかのキャンディの発言にアリスはがーんという表情をする。 

 宿での痴話喧嘩の後、なんだかんだで食事やお泊りをしたトマトティアラはキャンディと魔族女子トークをし、打ち解けていた。


 ケーキは黒フードの内側で舌打ちした後、ジルに話しかける。


「おいジル。例え味方でもそこの生ゴミに優勝されるのは気に入らん。貴様とアリス様のタッグで優勝しろ」

「うん、それは勿論。……でもアリス、試合とはいえ危ないよ。僕の彼女はアリスだし、僕のタッグ仲間は帝都で探すから出場は今からでも考え直そう?」

「大丈夫!! ちゃんとトマちゃんも他の人も皆こてんぱんにして、私がジルにふさわしい彼女って証明するから!!」

「はっ!! 出来もしないくせに!!!」

「アリスがこてんぱんとか言うの可愛いわね……」

「何言ってるんですかキャンディ様……」


 このように5人はジルとアリス、トマトティアラと誰かのタッグのどちらが帝都祭で優勝するのかに焦点を当てて会話していて、そもそもどちらも優勝できないという可能性をあまり考えていなかった。



 だが今回の帝都闘技祭には、帝国内外の強者達が出場のため帝都に集まってきていた。



 ◆


 ジル達より先行し、既に帝都間近である三体のフラーシア王国所属の魔族達。


 オールバックのドレッドヘアーの黄緑色の髪で全身の肌が土のように茶色い、二十代後半の男性のような姿をしたレタスの魔族・レタスラッシュ。

 セミロングの平べったい葉のような黄緑色の髪と黄緑色の瞳の、10歳くらいの美少女の姿をしたキャベツの魔族・キャベツエリカ。


 そして野菜の魔族・ベジィ。

 彼は巨大なニンジンの茎を四つに伸ばして馬のような四つ足にし、馬のようなニンジンの姿になって二人を乗せ、徒歩とは比較にならない高速移動が可能だった。


 馬のように疾走するベジィに乗ったキャベツエリカがふと横を向くと、建物が倒壊して放置されたままのような瓦礫が道脇や遠くに幾つも点々としているのが確認できた。


 キャベツエリカはボソッと呟く。


「……なんだかこの国、大きな町以外ボロボロ……」

「三年前の大暴走を迎え撃った形跡だなァ。あの時、ベスターメルンは大きな町や帝都に戦力を集めて、それ以外は防衛を放棄したからなァ」

「やれやれ、三年経ってもこれとは呆れるぜ。フラーシアの方が民草に優しい国のようですな」


 そうして会話しながら道を駆け抜けていると、3体の魔族達は程なくしてベスターメルン帝国の帝都、ヴェストハルトの立派な城壁を遠くから視認する。


「見えましたね。さて、我々は帝都に入ったらギルドでティアを待ちましょう。危険度レベル5のベジィ様が出場するとなれば優勝は間違いないですな」

「……いや、それはどうかなァ……今回はベスターメルンの勇者二人が両方出場するって噂もあるしよぉ」

「なっ、勇者が二人も!!?」



 ……この噂は所詮、噂であった。


 ベスターメルン帝国所属でない者も含めると、今回の帝都闘技祭では三人もの勇者が出場することとなったのだから。


 ◆


 ジル達がクエストで訪れた、巨大ドラゴンがブレスを吐いた後のような抉れ方をした地面。

 新たな調査団の鑑定士が鑑定を行う中、沢山の帝国の兵士達がその周囲を囲んで守っていた。


 その兵士達の中で一際目立つ、巨大な斧を持つ巨漢が一人。

 男は三十代半ばぐらいのスキンヘッドの見た目で、その顔には多くの傷が入っている。 


 彼は『斧の勇者』ベルタ。

 人間離れしたパワーを持つ、ベスターメルン帝国の勇者の内の一人である。

 ベルタが斧を振り下ろせば、国に地響きが鳴り響くと称されている。


 ベルタが近くの部下に不機嫌に話しかける。


「……結局、ドラゴンどころかゴブリンの一体も現れないぞ。どういうことだ?」

「も、申し訳ありません。冒険者達は3体の魔族の襲撃を受けたようなのですが……」

「つまらん。鑑定が終了次第すぐに帝都に行く。いい馬を用意しておけ」

「も、もちろんです!」

「……闘技祭は楽しめるといいがな……」


 数多の魔物を葬った巨大な斧の刃に、太陽の光が妖しく反射した。


 ◆


 ベスターメルン帝国、帝都ヴェストハルト。

 そこの高級街、オシャレなカフェ。


「……見て、あの鷹のような翼……! 『鷹の勇者』様だわ……!♡」

「噂通り鷹のようなイケメン……目の保養になるわね……♡」


 カフェの客の中年女性達がヒソヒソと話す。


 その視線の先の彼は脚を組み、ベスターメルン帝国から与えられた男性従者と共に席で茶を飲んでいた。


 彼は『鷹の勇者』ヴェルナー。


 ヴェルナーは二十代後半の鷹のような優れた容姿をしていて、その背中からは鷹のような翼が生えている。

 この翼は、かつては冒険者だったヴェルナーが、かつて野良の魔族だった『鷹の魔族』を叩きのめし、その場で殺さない代わりに力を分けることを要求して得たものだ。

 鷹の魔族の能力を得たヴェルナーは飛躍的に力を増し、やがて勇者となった。 

 生かされた鷹の魔族は今はベスターメルン帝国所属の魔族となっている。


 若い従者男性がヘコヘコと機嫌を伺うようにヴェルナーに問いかける。


「ヴェルナー様……この後はいかが致しますか?」

「……そうだな……もうすぐ闘技祭だしな、対人の殺しの練習でもするか。国に掛け合って囚人を何人か用意させろ」

「こ、殺し!? 闘技祭での殺しは禁止では!?」

「“意図的な”殺しはな。そしてそれは名目上でしかなく、しかも俺は勇者だ。これ以上の説明はいるか……?」

「……い、いえ……!」


 そう、過去に開催された闘技祭でも“不運な”事故により何人もの出場者が亡くなっている。


 ヴェルナーの明らかな愉しみに溢れた表情に、従者はゾッと恐怖の表情を浮かべた。


 ◆



 ベスターメルン帝国の南端。超大な国土を持つ聖帝国ガルガルシアとの国境。


 そこは頻繁に吹雪が吹き荒れ、険しい山脈がそびえ立ち、両国への出入りを困難なものにしている。



 その上空。


 今も吹雪が吹き荒れる中を涼しい顔で浮遊して進み、国境を通過した人間がいた。


 球体のバリアか何かが囲っているかのように、雪の一欠片もその人間には付いていない。

 彼女の服装は白い上に赤い下。それはまさに巫女服だった。


「何これ……本当に何の邪魔もされず通過できたんだけど。聖帝国の警戒網ならソッコーで引っかかって囲まれてたわよ……ねえ鎌鼬」

「キキッ!」


 後ろを白い紐で結んだ黒髪ハーフアップの少女は呆れながらため息をつき、その肩に乗るイタチのような真っ黒な何かが鳴き声をあげて応える。 

 彼女は18歳の麗しい美少女で、白く美しい肌が雪の白より美しい。


 だが……その怪物じみた実力は、その可愛い見た目に全くそぐわない。



 彼女の名は、サクラ・キサラギ。



  聖帝国ガルガルシアにいる約200人の勇者には序列が付けられていて、サクラはその中で序列9位の勇者である。


 なお、人類最強の7人という名声を欲しいままにしている『聖勇者』達はこの序列とは別枠になっていて、序列1位の勇者にこの聖勇者の座の継承権がある。



 魔界との戦争状態が続いている聖帝国ガルガルシアだが、下々の兵士や奴隷達と違って勇者には交代制で長期休暇が与えられており、サクラもその休暇を利用してこうしてベスターメルン帝国に遊びに来ていた。


 そしてもちろん、ベスターメルン帝国の帝都闘技祭にも出場して“気晴らし”をするつもりである。


「さーて! ストレス解消がてらサクッと優勝して、帝国のお土産沢山貰っちゃうわよ〜♡ もちろん鎌鼬にもあげるからね〜♡」

「キキ〜っ!」


 サクラはウキウキとした笑顔ではしゃいでいた。



 だが、空中のサクラの下、地上の山脈では。


 サクラの強大な力に感づいた魔物や動物達が、できるだけサクラから遠ざかろうと、怯えた恐怖の表情で一目散に逃げ出していたのだった。


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