第54話 vs 魔族3体、そして……
「きゅっ!?」
突進するジルに対して再び両手を前に向けようとするキュウリボーイだったが、ジルの速度はキュウリボーイの想像を超えた。
あっという間に眼前に迫るジルと魔刀。
間一髪後ろに跳んで回避したものの、きゅうりのような右腕に鋭い切り傷がつく。なおも鋭い眼光を向け次の攻撃を仕掛けるべく迫るジル。
「きゅうっ! コイツ速っ!?」
「ギッ!」
キュウリボーイに斬りかかるジルを見たムカデの魔族は口を開き、またムカデの牙のようなものを数本射出。ジルの背中を狙う。
それに素早く反応してジルの背中を守るべく動いたトマトティアラは両手の包丁で顔面と首を守りつつ牙を受ける。包丁に弾かれる牙、だが全ては防ぎきれず右腕と腹に一本ずつ牙が突き刺さる。
とはいえそれだけだった。トマトティアラは包丁で腹や腕に刺さった牙をはたき落とす。
「痛っ、でも毒は効かないもんね! 魔族だから!」
「ギッ! 目障りな腕輪付きめっ!」
ムカデの魔族に目線を向けつつもピクッと何かに反応するトマトティアラ。
右に振り向いて左手の包丁をダーツを投げるように少し離れた右下に投擲、包丁が地面に突き刺さる。
するとその地面がボコボコと波打ち、トマトティアラから見て右斜め前にいて何もしていないように見えた泥の魔族の黒い口元が歪んだ。
「ぐっ!?」
「きゃはっ! あなた魔族相手だとただのザコでしょ!」
泥の魔族はその危険度レベル以上に危険な魔族だが、それは人間相手の話だった。自慢の地面擬態能力も魔族のトマトティアラにはほとんど通用しない。
そんな最中、ジルはキュウリボーイに猛攻撃を仕掛けていた。
(ティアに負担はかけさせない、すぐに仕留める!)
一時的に1対2のような状況になっているトマトティアラの為にも急ぎキュウリボーイを倒さなければならない。
刀を片手一本で槍のように突き出すジル。キュウリボーイの右の頬を掠める刃。かと思えばすぐ目の前に迫る戦士の表情をしたジルの顔面。
「ふっ!」
ジルは刀を下から素早く斬り上げた。後ろに斬り飛ばされるキュウリボーイの左腕。
「きゅううっ!! 調子にのるなああっっ!!!」
メキメキという音。
キュウリボーイは右腕を胴体のような長さと太さに巨大化させた。それはまさに巨大なきゅうりそのものだった。
振り下ろされる巨大な右腕。その右腕の先に居たはずのジルが消える。
「? あ、あれ?」
グラッと傾くキュウリボーイ。
ジルはキュウリボーイの真横を素早くすり抜け、その勢いで刀を横に振り抜いてキュウリボーイの胴体を完全に切断していた。
上半身と下半身に分かれたキュウリボーイの体は地面にドオンと倒れ伏す。
そもそも初の実戦でレベル5の熊の魔族を退けたジルに対し、レベル3のキュウリボーイはあまりに実力不足だった。
「きゅ、きゅうっ、こんなはずじゃっ……」
言い終わる前に頭に突き刺さる刀。
キュウリボーイの体は緑色の魔力の塵となり消滅していく。その魔力の塵が魔刀とジルの周囲を渦巻く。
ジルがキュウリボーイに突進してからここまで10秒もかからず、ムカデの魔族達がトマトティアラに接近戦を仕掛ける時間すら無かった。
ジルは次にムカデの魔族へ鋭い眼光を向ける。
「なっ! ボーイ!!」
「ギッ、ソイツ強いぞっ!」
「ティア! 泥の方をお願い!」
「任せて!」
ムカデの魔族の方に向けて駆け出すジル。左手で包丁を取り出し再び両手装備になるトマトティアラ。
「ギギ、ナメるなっ!!」
再び毒牙を数本口から射出するムカデの魔族。
ジルは走りながら首を傾け頭に飛んでくる牙を躱し、刀で胴体へ飛んでくる牙を弾く。
「!? ギッ、貴様本当に人間かっ!?」
魔刀等による強化状態のジル、その人間離れした反射神経に驚かざるをえないムカデの魔族。
間もなくジルの間合いにムカデの魔族が入ろうという所、ムカデの魔族がその多脚の内の六本を伸ばし、鎌のように変形させた。
「死ねッッ!!」
ジルとムカデの魔族は互いに刀や脚を振りかぶる。
同じタイミング。
トマトティアラが横に跳ぶ。
跳ぶ寸前までは居た位置の地面がゴポッと水たまりのように跳ねた。そこに投げ込まれる包丁。すんでのところで泥の魔族は本物の地面の下に潜りこんで回避、包丁は土に突き刺さる。
「チィッ……」
地面の中の泥の魔族は思わず舌打ちする。
魔力で大まかな位置や動きを悟られてしまい、泥の魔族は攻めあぐねる。
とはいえトマトティアラも攻めあぐねているのは同じだった。本物の地面の下まで潜り込まれるとその包丁は届かない。
しかし早く泥の魔族を始末してジルの援護をしたいトマトティアラは笑顔を作って挑発する。
「……あなた結局それしかできないの〜? 弱いしキモいしいいトコ無いね! ていうかこんなお使いみたいな仕事してる時点で下っ端って感じだよね〜!」
「貴様っ……!!」
泥の魔族が魔界の中でも下っ端というのは事実であり、そのコンプレックスを刺激された泥の魔族は多くの魔力を使った大技を仕掛ける。
「!!」
地面の下で大きく膨らんだ魔力に警戒感を強めるトマトティアラ。その魔力が彼女の周囲を囲うように地面に広がる。
そしてその地面が一斉に隆起。あえて動かないトマトティアラをドーム状に包みこもうと周囲全体から泥が小さな津波のように襲いかかる。
「死ねッ!!」
「……ば〜か!」
大きな攻撃を仕掛けて来た泥の魔族に対し、トマトティアラは予想通りと言わんばかりに笑みを浮かべた。
彼女の全身からその体より大きい巨大トマトが膨れ上がるように発生。トマトティアラは数瞬の内に巨大トマトに包みこまれ隠され、その巨大トマトの外皮に泥の津波は防がれて周囲を跳ねる。
そして次の瞬間。
巨大トマトは風船のように破裂し、周囲に赤い果汁が大量に飛び散った。
「っ!?」
「……そこ!」
泥の魔族の不定形の体に大量の果汁がかかる中、トマトティアラは他より魔力を多く感じた方向に突進。両手の包丁を振りかぶる。
「なっ、待っ……」
津波に紛れていた泥の魔族の動きは異常に遅い。
いつもより多めに魔力を込めた魔力製トマト果汁が体に混ざった泥の魔族は全身が筋肉痛のように身動きが不自由になり、まともな抵抗はもはや不可能だった。
泥の魔族の黒く丸い水晶のような核部分が十字に切り裂かれる。
「ぐ、ぎゃ……!」
「あのクソメイドみたいな工夫も無かったねえ! バイバイ!」
トマトティアラは泥の魔族が言いかけていた命乞いのような言葉が耳に入った瞬間に次の一手は無いと確信していた。
泥の魔族はずっと魔界で下働きのような立場であり、戦闘に関しては経験不足。
小さな断末魔と共に魔力のチリと化す泥の魔族と周囲の泥。
「あっラッキー! 服に付いた泥も消えてくれた……じゃない! ジル!!」
まだ新品同然の赤ワンピースに付いた泥も魔力の塵になっていくことに喜びかけたトマトティアラだが、すぐにジルの援護をしようと気を入れ替える。
ジルとムカデの魔族が戦っている方向に向き直すトマトティアラ。
その時、すぐ近くに何か細いものが飛んできて地面を転がる。
ムカデの魔族の鎌のように変形した脚の一つだ。
それはすぐに黒い塵となって消え去っていく。
「ギッ、コイツ……!!」
ムカデの魔族が鎌のように変形させた六本の脚は全て斬り飛ばされていた。
危険度レベル4の魔族は中堅の冒険者パーティーの一組二組で戦う相手だが、魔刀装備のジルはその上を行っていて中堅冒険者の枠には収まらない。
尻尾を大きく薙ぐムカデの魔族。
ジルは完全にその薙ぎを見切っており、地面スレスレまで体を横に倒しながらの刀のカウンター。
薙ぎがジルの上を通ると同時にその大きな尻尾は斬り飛ばされる。
「ギッ、クソックソッッ!!」
「!」
ムカデの魔族は残っている全ての脚を伸ばし、鎌のように変形させる。十本以上の脚による攻撃は今のジルといえども無傷とはいかない。
攻撃できていればの話だが。
「ギッ!?」
大きな変形行動による隙。
その隙を見たジルは矢のような速度でムカデの魔族の真横を通り過ぎるように跳んだ。
人間離れした速度。跳びながらも横に振られる刀。
ムカデの魔族はジルの前で全ての脚の変形などという大きな隙を生む行動をすべきではなかった。
一太刀で斬り飛ばされるムカデの魔族の頭部。
「ふう……」
地面に着地し、魔力の塵と化すムカデの魔族を見たジルはようやく一息をつく。
トマトティアラは目を見開き、ジルのあまりの強さに驚愕の表情を浮かべる。
「……ジル、めちゃくちゃ強いんだね……!」
「ううん、この武器のおかげだよ。それよりヴォルフさん達を!」
「え、あ、うん!」
戦いが終わってすぐ、ムカデの魔族の毒により体が痺れ地面に倒れ伏す生存者達の救護に入るジル達。
その後、フォルカーの持ち合わせの薬により何とか動ける程度になった回復術士のクリスティーナが治癒魔法を発動し、ヴォルフとフォルカーも動けるようになり、五人の生存者はクエストを中止して帰路についたのだった。
◆
ジル達の帰路。道脇の樹木。
ジルは魔族達が持っていた水色の魔石を抱えていた。
「?」
トマトティアラがふと道脇の樹木を見る。
だが気のせいかとすぐに前に向き直り、そのままジル達と共に歩き続け、その樹木は五人の生存者から視認出来なくなった。
「……行ったね」
その樹木から若い女の子の声が発せられる。
そしてすぐにその樹木は小さく収縮していき、二本の木の枝のような角が生えている短い緑髪の少女の姿になった。
木の枝から地面にパサッと落ちる黄土色の寝間着のような簡単なワンピース。少女はそのワンピースを手早く着る。
着ながらも少女は頭の中で呟く。
(……あの男の子の白い魔力って、多分ルイ様が言ってたアリス? っていう奴のだよね……? 別にあの五人ぐらい皆殺しにできたけど、もし感知される位置にそのアリスが居たらって考えるとな……私じゃ勝てないって言われたけど実際どんだけ強いんだろ……)
緑色の若々しい葉っぱが封じ込められたかのような瞳をしているその少女は植物の魔族。
角が生えていることを除けば十代半ばの可愛い少女の見た目をしているが、炎の魔族にまったく引けを取らない強力な魔族である。
泥の魔族とはあまりに格が違う魔族ゆえに、トマトティアラも彼女の高度な擬態に対して些細な違和感を持つことしか出来なかった。
この少女がその気になるだけで、フラーシア王国軍と同格の軍隊に加えて二人の勇者もいるベスターメルン帝国は滅ぶ。
(とりあえず帰って報告だね、その後またルイ様に膝枕してもらお♡)
そう考えて笑みを浮かべた植物の魔族は人間の少女のような姿のままトコトコ道脇に逸れ、森の方向へ向かい始めたのだった。




