第51話 水色の魔石
昼前にメルスハイムから出発した臨時調査団。
馬車のガタガタという音と振動が彼らの体に響く。
調査団は三台の馬車に分かれていて、主要調査団メンバーが乗る馬車を護衛冒険者達が乗る前後の馬車が挟んで守るような配置になっている。
どれも簡単な屋根しか付いていない周りが見渡せる馬車だ。周囲の警戒の為には当然といえる。
ジルとトマトティアラは最後尾の馬車に乗って同乗した冒険者達と共に周囲の警戒を任されていた。
同乗した冒険者達はベスターメルン帝国の冒険者パーティーで、ヴォルフというロングソードを携えた鎧剣士とクリスティーナという明るそうな性格の女治療術士、フォルカーという会話に参加していない寡黙そうな黒づくめの短剣使いの三人。
「そっか、帝都はもうすぐ五年に一度の大闘技祭の時期ですもんね」
「ああ! 露店も沢山出るし、なんたって百人以上が出場するデカい祭りだぜ」
「私やヴォルフも出場する予定なんだ! ジルくんとティアちゃんも観に来てくれたら嬉しいな!」
「へえ〜! ちょっと興味あるかも〜!」
「確かに行ってみたいですね」
ジル達は馬車の中から周囲を警戒しつつも他の護衛冒険者パーティーと楽しく話をする。
フラーシア王国の地方の町育ちのジルや、魔族だが見た目だけでなく実年齢も若くずっとフラーシア王国にいたトマトティアラが帝都の大闘技祭に行ったことは一度も無い。
「もしかしたらヴォルフさんとクリスティーナさんが戦うこともあるかもしれませんね」
「いや、今回は二対二のタッグ戦なんだ」
「え、ヴォルフさん達は三人の内の二人で出るってことですか?」
「いや他にも仲間が居るんだがな、そいつ腕輪付きの魔族なんだが他の冒険者とマジ喧嘩しちまってな。まあ大会までには採石場での強制労働も終わるからそいつも入れて二人と二人だな」
「へえ〜! 腕輪付きも普通に出られるんだ〜!」
「ああ、そこは普通の賭け試合と一緒だな。フラーシアの冒険者や腕輪付きでも出場できるぜ、出場登録は割と直前まで受け付けてるからお前らもどうだ? 優勝の見返りもデケえぞ」
「見返り? たくさんのお金とかですか?」
「まあそれも可能だな。優勝の見返りは『優勝したタッグのあらゆる願いを国が可能な限り叶える』だ」
「!」
それを聞いたジルはハッとした表情を見せる。
「えっ! じゃあベスターメルンのトマト全部くださいとかもいけるの!?」
「ハッハッハッ! まあ国の皆が困らない程度ならくれるだろうな」
「ふふっ、一応理不尽すぎない願いっていう制限はあるんだよ!」
トマトティアラの問いにヴォルフとクリスティーナが笑って答える。
ジルもやや前のめりに質問する。
「あの! それって例えば、とある魔族を無条件でベスターメルンの腕輪付きにしてくださいっていうお願いも聞いてくれたりしますか?」
「きゃははっ、何そのお願い〜! さすがに無理だよね〜?」
「いや、多分いけるぜ」
「えっ!」
「ほんとですか!?」
ジルとトマトティアラは揃って前のめりになる。
その様子を見たヴォルフは説明を続ける。
「俺が生まれるより前の話だがな、昔の勇者が一目惚れした美しい魔族が居たらしくてな。その時は個人戦だった大闘技祭に出場して圧倒的な強さで優勝したらしいんだよ。んで願ったのがその魔族に腕輪を与えて帝国民と認めることと、その魔族との結婚ってわけだ」
「へぇ~♡ すごいロマンチック〜♡」
「素敵な話ですね」
ジルはそう呟きつつも思案する。
──僕と誰かで帝都の大闘技祭に出場して優勝する。
キャンディとケーキさんをベスターメルン所属の腕輪付きにしてもらい、2人の安全を確保する。
そして、もしかしたらベスターメルンにいるかもしれないアリスの家族を探してもらう。
これだ。
これしかない。
そうなると、今回はタッグ戦だから一緒に戦うパートナーが必要だ。
(うーん……腕輪の無いキャンディとケーキさんは無理だしアリスにお願いする訳にもいかないし、ティアに頼むしかないかな? ティアの所は三人パーティーらしいから僕とティア、ティアの仲間の二人って感じで人数の噛み合わせもいいし。トマト沢山くださいってお願いぐらいならまだ付け加えられるかな……)
ジルの目にはアリスは普通の少女にしか見えておらず、戦う力は無いと考えていた。
キャンディとケーキは人間そっくりの魔族とはいえ、警備や出場選手の中に普通に居るであろう腕輪付きに2人が腕輪を嵌めていない魔族であることをあっという間に見抜かれると考えられる。そうなれば即失格及び捕縛であろう。
仮に腕輪付きの魔族の警備や選手が居なくとも魔族だとバレないよう能力を使わず戦うことになり、その力は半減どころではない。
「なんだ、知り合いの野良魔族でもいるのか? 普通は害が無さそうでも報告しないとダメだぜ」
「あ、いや……」
「……見えて来たな」
「!」
さっきから一言も喋っていなかった黒づくめのフォルカーが馬車の外を見ながら呟く。
ジル達がフォルカーの目線の先を追うと、遠くに小さな隕石が落ちたかようなクレーターが見えてきた。
そのクレーターの中心、セラフセヴァーがジルを守った影響で抉れていない地面が僅かながら残っていた。
その地面から南の方向へ、まるで巨大なドラゴンが強烈なブレスを吐いたかのようなブレス状の抉れ方をした地面が数百メートルは続いていた。
また、周囲はまさに焼け野原。焦げきった草木が力なく地面に横たわっている。
無事な樹木や草木はそこから遠く、今まさに調査団の馬車が横切ろうとしている樹木辺りからしか緑色は見られない。
それはまさに報告通り『大きな戦闘の痕跡』であった。
「ほ、報告通りですね……鑑定士さん、準備は?」
「大丈夫です、本体ではなく戦闘跡への鑑定なので時間はかかりますが…………あの! もしもの場合はすぐに鑑定を中止して逃げていいんですよね?」
「そ、それはもちろんです。ですが道中も何も無かったですし、今は大丈夫だと思います」
調査員達が乗る馬車がにわかに騒がしくなる。
今回は長くて数秒で終わる簡易鑑定ではなく通常の鑑定魔法を、しかも戦闘跡に残っている魔力の痕跡に対して使うために1時間弱はかかる見込みだった。
冒険者達も遠目で戦闘跡を見て、一様に目を見開いて驚いたり興味深そうな表情を見せる。
ヴォルフやクリスティーナも例外ではない。
「何あれ。戦争でもあったの?」
「ぱっと見でもレベル6以上が出たって分かるな……ドラゴンでも出たか? それなりの数の護衛を雇う訳だぜ。」
「……ですね」
「うわ〜派手〜! もっと近くで見たいかも〜!」
事情を知っているジルとトマトティアラはそれぞれ知らないフリをする。
もし話せば面倒なことになるのは容易に想像できたからだ。
(ミカエル、アタシも見たこと無いぐらいの本気で戦ったんだねぇ! 遠くに逃げながらなのにすごい音したもんね〜! 馬車から降りたら、ジルと一緒に周囲の見回りしながらアイツのメイド服の切れっ端でも探そっかな!)
トマトティアラがそんなことを考えている中、ジルは周囲を見渡す。
(誰もいない、か…………もしかしたら助けてくれた人に再会できるかもって思ったけど。まあ道中に魔物も出なかったし、このまま何も起こらずクエストを終えられればいいな)
通行の際に戦闘跡にすれ違った人々も、少し足を止めることはあってもこの戦闘跡を作り出した犯人と遭遇する可能性を考えると長居する理由は無く、周囲に人の気配は無い。
「あっ、ドラゴンといえば『九滅竜』だよね! これやったの九滅竜だったら私達で倒しちゃおっか!」
「おいおい、もしそうだったら俺達どころかベスターメルンの総力を挙げても無理じゃねえか」
クリスティーナの冗談にヴォルフが呆れて答える中、調査団の3台の馬車は移動を続け、ミカエルの巨大火球により出来上がったクレーターに近づいていく。
すると、先頭の馬車の御者が何かに気づく。
「……ん?」
ブレス状に抉れた地面。
その上のある一点で何かが光っているように見える。
御者は気にしつつも馬車を進め、馬車3台がクレーターの縁に横付けするような形で停まる。
「では皆様、降りて一旦集まってくださーい!」
調査団のリーダーの男性が声をあげると、調査員や冒険者達は続々と馬車を降りていく。
ジルも地面に降り立ち、ふと気づく。
少し離れた場所。不自然な濃い土色の場所。
ジルはその地面を指差しながらトマトティアラに話しかける。
「ティア、何かなあれ?」
「うん? ……ん〜? モグラでもいたのかなぁ……?」
地面が掘り返されたような、まさにモグラでもいたかのような箇所。
さらに、近くにそれよりも大きく地面が掘り返されたような箇所。
これらに関してはまったく心当たりが無いジルとトマトティアラは少し困惑した表情を見せる。
他の冒険者や調査員は、派手な戦闘跡に比べれば地味なそれらはあまり気にしていないようだった。
そんな中、円状に集まる調査員と冒険者達。
ジル達も不自然な地面に目を引かれつつもそこに加わる。
「これから鑑定士さんや我々による調査を行いますので、冒険者さん達には周囲の警戒をお願いします。気になることは、まあ沢山あるとは思いますが細かいことでは何かありますか?」
調査団リーダーの男性の皆に対する質問に対しジルは掘り返されたような地面のことを言おうとするが、先に先頭の馬車の御者をしていた男性が手を挙げた。
「すいません、あのドラゴンがブレスを吐いたみたいな地面なんですが」
「ああ、もちろん調査対象ですよ」
「いえ、その地面の上に何かが置かれてる? ようなんですが」
「え?」
その言葉で調査員や冒険者の皆が一斉にそこへと目線を変える。
すると、意識が向けたことにより皆がそれに気付いた。
大きくブレス状に抉れた地面。
その上で太陽の光を反射しつつも淡く水色に光る何か。
「おや、確かに何かあるようですね」
「ちょっと俺見てきますわー」
先頭の馬車に乗っていた若い金髪冒険者が輪から離れ、小走りでそれが何か確かめに行く。
近づくにつれ、それが水色の水晶玉のような魔石であることが分かった。
その近くにある、もう赤さも無くなり光も放たない赤い魔石だった物には気づくことができなかった。
「これ、なんかの魔石みたいでーす!」
若い冒険者が遠くから大声を上げつつ、水色の魔石を皆にかざして見せようと掴む。
そして魔石を地面から離した瞬間。
魔石は淡い水色の光を放たなくなった。
「あれ? なんか光が……」
「──オイ」
その声がしたのは、魔石を持った冒険者の足下からだった。




