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第5話 vs 魔族ウルスネグル 1

 老人のような顔だが、三つ目で全身が熊のような黒い毛に覆われている人外──熊の魔族ウルスネグル。


 教会の上の“それ”は、教会の大きな鐘を吊り下げている太い紐を熊のような爪の一振りで容易く切断、鐘を片手で掴み、持ち上げた。

 その一連の動作だけでその人外が恐るべき力を持っていることをジル達は理解する。


「厶、さすガに少し重いナ」


 兵士の一人がその正体を察し、驚きのあまり声をあげる。


「言葉を話すだとっ、まさか魔族っ……ぁがッ!?」


 瞬間、ドゴオッと凄まじい音。


 ウルスネグルが片手で、まるで人間が普通の大きめの石を投げつけるように教会の鐘を兵士に投擲したのだ。それだけでこの魔族が信じ難い力を持っていることが分かる。


 兵士はあまりに突然で予想外の投擲に回避しきれず吹き飛ばされた。後ろ向きに倒れた兵士は白目を剥き、鎧はひしゃげている。


 ウルスネグルはドスンと教会から地上に飛び降りる。


「イヤあああ!!」

「逃げろっっ!」


 教会の裏口や周囲から人々が逃げ出していく。

 だが裏口は狭く、逃げ遅れる人が何人も出るのは明らかだった。


「獲物がタクサン……クク……」


 瞬間、ウルスネグルの左から矢が放たれる。

 だがウルスネグルは横目で、落ちる葉を払い除けるように爪で矢を容易くはねのけた。


「ンー?」

「クソッ、弾かれるなんて初めてだぜッ」

「っ『簡易鑑定』!」


 ダニエル達の冒険者パーティの対応は早かった。

 弓使いのクエールはボヤきながらも速やかに第二射目の矢を取り出し、魔法使いのジャンは『簡易鑑定』を発動する。


『簡易鑑定』は視界に収めた一定の距離以内の対象の魔力の多寡を読み取り、その強さを術者の望む方法で表示する魔法である。

 魔物や魔族は凝縮した魔力が命を得たような存在であるため有用で、ほとんどの者は冒険者ギルドが定義する危険度レベルとして手の甲等に表示していた。

 魔力の多寡で判別するという性質上、魔法使いを除く人間や魔力隠蔽が得意な相手には役立たないがウルスネグルはそうではなかった。


 ジャンは左手の甲を見て目を見開く。


「っ!! レベル5、クラーケンクラス!!」


 今この場にいる冒険者や兵士ではどうにもならないような強さである。

 その鑑定結果に兵士やダニエル達が怯む。


 だが、ジルは初の実戦となるにも関わらず迷いなく刀を構えて叫んだ。


「アリス逃げて!! 時間は稼ぐッ!!」 

「っ! でも……っ……分かった、無茶しないで!」


 アリスは何かを言いかけたが止め、後ろ目でこちらを気にしながらも走り始める。

 ジルに触発されたかのようにダニエルが仲間や兵士に発破をかける。


「……っ! お前ら! 14歳のジルが戦るのに俺らがやらねえ訳にはいかねえよなあ!? やるぞッ!!」


 怯んでいた冒険者や兵士達は覚悟を決めた表情をする。

 ウルスネグルに向けて冒険者三人と町の駐在兵三人、さらにジルを含めると七人が武器を構えた。


「……鬱陶しいナア……」


 ウルスネグルは生意気にも自身に立ち向かう気概を見せる人間達にイラつき、まずはこの七人を標的に定めた。

 爪がグググッと大きく変形していき、手のひらより大きな爪になる。


 幸いにも魔族は冒険者と兵士達から片付けるつもりらしいことをジルは察する。

 人々を逃がしたいジル達と利害が一致した。


 ジルとダニエルはアイコンタクトをし、その数瞬後に魔族の正面方向からジルが左、ダニエルが右に分かれてウルスネグルを斬るべく走り出す。

 瞬間、ウルスネグルから見て左にいる弓使いの第二射目。

 当然のように左手の大きくなった爪で弾かれるが、それは想定済み。一瞬意識が逸れた魔族に二人が仕掛ける。

 ウルスネグルの対応は速かった。

 自身から見て右から突っ込んで来るジルに右手で斜め上からの引っ掻きを仕掛ける。

速い動作ながら想定内の動きにジルは迷いなく対応し、刀で爪を受け止める。が、レベル5の魔族の力はジルの想像を超えた。そもそもジルにとって実戦は初めてである。


「ッッ!!!」


 ウルスネグルの圧倒的なパワーを受け止めきれず吹き飛ばされ、地面を激しく転がる。

 ジルと同時に突撃したダニエルはジルが作った好機を無駄にせず、ロングソードの大振りを決めることに成功した。

 ウルスネグルの、ダニエルの攻撃を防ぐために振り上げた左前腕部。そこに刃がわずかにめり込む。

 だが、それだけだった。


「固ッ……がはっ!?」


 右手の甲をみぞおちにぶち込まれ、ダニエルも吹き飛ばされて建物の壁に激突した。

 アバラの骨が何本か折れる程度で済んだのは幸いだったと言える。

 ジルとダニエルへの迫撃を阻止するため、魔法使いのジャンが『簡易鑑定』の後の短い時間に練り上げられた魔力を使ってできる最大威力の魔法攻撃を仕掛ける。


「『ファイアボール』!!」


 杖の先から人の頭サイズの火球が放たれる。

 ウルスネグルは両手を顔の前で交差させて大きな爪で防ぐ構えを取った。

 火球がボオンと炸裂するがその効果は数瞬ウルスネグルの視界を塞ぐに留まる。

 その数瞬の隙を生かすために続けざまに突っ込んだ三人の兵士が槍をウルスネグルに突き刺すことに成功。

 だが──


「なっ、入らな」


 兵士達の全力の突きもウルスネグルの毛皮のあまりの強靭さゆえ、槍の穂先がわずかに刺さるのみ。

 魔物の相手は冒険者ばかりという事情もあって実戦経験の不足した三人の兵士は隙を作り、次の一手に対応できなかった。


 ウルスネグルは内からの左手の薙ぎ払いで兵士二人を建物の壁にぶつかるほどに吹き飛ばし、戦闘不能にする。

 残る一人を素早く右手で掴むと軽々と持ち上げた。バキバキと骨が折れる音。


「あ、がっ」

「なっ!? がっ……!」


 次の魔法を放つため魔力を練り上げていたジャンに向かって兵士が石のように投擲され、ジャンは兵士もろとも地面に激しく転がされ意識を失った。


 ドスッ。

 鈍い音を立てて刺さる三射目の矢も、ウルスネグルの左肩に少々の矢傷を与えて僅かに魔力を漏れさせるに留まる。 

 弓使いのクエールは諦めずに第四射目を準備しようとするが、それはウルスネグルが許さなかった。

 ドッという地面を砕く音を立てて跳んだウルスネグルはクエールに対応の余裕を一切与えず、右手の爪を深々とクエールの腹に突き刺す。


「が、は」 


 そのまま投げ捨てるようにクエールを放り投げると、唯一戦闘不能になっていなかったジルの方へゆっくりと体を向ける。その緩慢な動作からは余裕を感じさせる。


 ジルは既に立ち上がっていた。

 一度吹き飛ばされ地面を転がったジルの額からは血が流れている。



 七人が武器を構えて、一分にも満たない時間。

 たったそれだけの時間で、ジル以外の六人は戦闘不能となった。 


「ククッ、あとはオマエだけだなァ?」

「……ふーっ……」


 ウルスネグルはそう言いながら左肩に軽く刺さった矢を掴みゴミのように投げ捨て、醜いニヤケ顔を浮かべた。

 ジルは一度深呼吸をすると、刀を構え直す。



「……なんで」

「ア?」

「なんで人を襲うの」

「……ハァ? 楽シくて食ウと魔力も得られル、イイコトしかないダロ?」

「……そっか、もういい。死ね」 


 ジルがそう吐き捨てて約1秒。

 殺意を向け合う睨み合い。


 

 ──ジルとウルスネグルは、同時に動いた。

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