第43話 セラフセヴァー
何が起こったか分からない。
目の前には黒いローブの後ろ姿。
遠目で炎剣の勇者も怪訝な表情をしているのが分かる。
なんで僕は生きている……?
「あの、あなたは……?」
「…………」
ジルからの問いに、黒装束の者はポリポリと困ったように頭を掻く。
「……ベスターメルンの勇者」
その場しのぎの雑な回答。
ジルは聞いた瞬間に嘘だと直感する。
それにフラーシア王国とベスターメルン帝国は勇者同士を殺し合わせるほど仲は悪くないはずだ。そんなの戦争状態でもないとあり得ない。
やや遠くにいるミカエルには聞こえず、ミカエルは大声でもう一度問いかけた。
「おい! てめえは誰だっつってんだろ! ……なんでガキも無事なんだよ!?」
煙が晴れ始め、軽い火傷すら負っていない様子のジルを見たミカエルは質問を重ねる。
──セラフセヴァーは、淡く光る右手の平をミカエルの方に向けてかざした。
「!?」
直後、ミカエルの意思に関わらず炎剣が青く輝く。ミカエルは思わず驚愕の表情。
ミカエルを包む周囲の青い炎がさらに燃え盛り、素早く前方に集中して盾のような形状になった。
炎剣が持ち主の意思に関わらず勝手に動いたのは初めての経験である。
なぜこんなことが起こった?
それは『炎剣プロミネンス』が、黒衣装の者から“死”を感じ取ったからである。
次の瞬間、ジルも思わず目を瞑ってしまうほどのまばゆい輝き。
セラフセヴァーの手の平から白く輝く何かが放たれた。
一瞬遅れてドゴオオオッと全てが吹き飛ぶかのような破壊音。
ジルが目を開けると、巨大なドラゴンが強烈なブレスを吐いた後のような、ブレス状の地面のえぐり取られ方。
それだけで目の前の黒衣装がとんでもない怪物であることが否応なく理解できた。
「……よし、まだ生きているな……」
「……な……え?」
「ではさらばだ、少年。私のことはあまり口外しないでくれると嬉しいな」
ジルが混乱していると、黒衣装の者は地面を蹴る。
信じられない程の超高速移動だったが魔刀の一時的強化により、なんとか前方に向かって飛ぶ黒衣装の者の影を捉えることができた。
恐らく攻撃で吹き飛ばした炎剣の勇者のもとへ向かうのだろう。
「ジル!」
ボロボロのキャンディが消し飛んだ左腕を右手で押さえながら駆け寄って来る。
黄色い魔力の漏出は止まっているようだが、ジルの魔刀に吸収させるために沢山の魔力を使ってチョコレートを生成したこともあり腕の再生はまだ出来ていないようだった。
「キャンディ! 大丈夫!?」
「あとで沢山お菓子食べれば治るわ! それより今の何!?」
「……分からない……けど、今はとにかくアリスとケーキさんが心配だ」
「! そうね!」
「キャンディ様!!」
会話していると、少し切り傷が入ったメイド服のケーキが遠くから叫びながら駆け寄ってくる。
良かった、ケーキさんも無事だった……。
……結局あの人は何者だったんだろう?
ベスターメルンの勇者っていうのは嘘っぽかったし。
いや、今はそれよりアリスを探さないと!!
事態を把握してどこかに隠れているといいけれど……。
◆
「痛っ……」
数キロ先まで吹き飛ばされたミカエルは思わず痛みに悶える。炎剣の加護がなければ即死していたであろう。
炎剣の灼熱により周囲の草木は燃え始めていた。
ふと、また炎剣の青い輝きが増す。
セラフセヴァーの再度の接近を感じ取ったのだ。
だがその輝きは攻撃を受ける前より弱く、ミカエルが纏う青い炎も半分以下になっている。
黒いローブをなびかせながらセラフセヴァーがシュタッと降り立つ。
それを見たミカエルはよろめきながらも体の痛みを我慢して立ち上がり、炎剣を構えるしかない。
「クソッ……」
「その武器からして“炎剣の勇者”だな? 彼らを襲った理由は?」
黒い仮面の向こうからセラフセヴァーが問いかける。
遠目でジル達の戦いを見守っていたセラフセヴァーはミカエルの武器からフラーシア王国の有名な炎剣の勇者だと判断したが、ジル達の会話までは聞こえていなかった。
「あ!? 国の命令だよ、てめえが誰だか知らねえが邪魔すんじゃねえ! 俺は勇者だぞっ、下手すりゃフラーシア王国全部を敵に回すぞ!!」
「……国の命令だと? あの少女のような魔族に人間への敵意は無い。それに、少年は人間だろう」
「勇者の邪魔をする人間も国の役に立たない腕輪付きも、魔界の魔族どもと一緒だろ! どの国のお偉いさんも同じことを言うぜ!?」
「…………愚かな…………」
セラフセヴァーは心底見下すように吐き捨て、何かを認識し直すように言葉を続けた。
「やはりこの世界はアリス様が統べなければならん」
「……は……?」
黒衣装の意味不明な言葉にミカエルは怪訝な表情を浮かべるが、次の瞬間には焦りの表情に変わる。
セラフセヴァーの周囲に人間の拳サイズの光の球が次々ポツポツと発生していく。
「!!」
ミカエルは危機感に満ちた表情。半ば慌てて先制攻撃を仕掛ける。
青く光る炎剣を振り下ろし、青い炎の刃が地面と空気を消し飛ばしながらセラフセヴァーに迫る。
その炎の刃がスローモーションに見える程の超速で、光の球の1つが飛んだ。
「……あ゛?」
ひび割れて消し飛ぶ炎の刃。
ミカエルの腹に空いた風穴。
ミカエルはゴポッと血を吐いた。
ミカエルを包む青い炎が消し飛んでいく。
「う、あ゛……」
「……弱い……炎剣の力に溺れ何一つ鍛錬していないな? 聖帝国の聖勇者達とは比較にもならん」
聖勇者とは、聖帝国ガルガルシアが擁する約200人の勇者達の中でも最強の7人の事である。
セラフセヴァーは記憶にある聖勇者達と比べてあまりに弱いミカエルを半ば見下すように呟く。
腹に大穴を空けて立っていられず膝をつくミカエル。
もうその表情は怯えを帯び始めていた。
「私の最初の攻撃を受けて貴様がまだ生きていたのは偶然ではない。貴様らの襲撃の理由を聞きたかったからな。だがもう用済み……」
「ぁ……待っ……」
ミカエルが命乞いの言葉を言い終える前に、セラフセヴァーの周囲の光の球が一斉にミカエルに向かって高速飛翔。
沢山の小さな空間が丸くえぐり取られるようにミカエルの人体は消し飛ぶ。
耳、胸、脚。
そして顔面に空く風穴。
ミカエルは穴だらけになり、見るも無惨に生命を終えた。




