第4話 襲撃
「すごい……! ねえジルっ、建物がいっぱいだよ!」
「あははっそうだね。まずはギルドにまっすぐ行って、そのあと町いろいろ見て回ろっか」
「うん! 私のどかなトコにいた記憶しかないから、なんだかワクワクするっ!」
ジルの住む家から少し歩いた先にある、地方の町オレト。規模は小から中の間。
町の外にちょっと出るだけでジルの家周辺のように一気に寂れるが、中心部はかなりの賑わいを見せる。そんな中央への人と建物の密集が特徴の町である。
二人がしばらく歩くとその中心部、冒険者ギルドの建物に到着する。
すぐ近くには冒険者の初心者向けの演習場や、模擬戦や賭け試合に使うための小さな闘技場があり今日も盛り上がっている。
大きな建物内に入るとギルド内で開かれている酒場があり、昼間から冒険者や一般客で賑わっていた。冒険者ギルドも儲ける為にいろいろな商売に手を出しているということだ。
その脇を通ってまっすぐ進むとギルド受付があり、壁には沢山の依頼状が貼られている。
「聞いたか? 最近、あちこちで魔物が出てるらしいぜ、特に海に近い所。この辺にも出るんじゃねえか?」
「あー聞いた。しかも魔族まで出てるらしいな、魔界に接してもないこの国でだぜ。当然腕輪無しの」
「マジ? 冒険者どころか『勇者』が出てくる案件だろ。魔族は西側諸国には出ないんじゃなかったのか?」
「3年前以降は魔界からの魔物は抑えこめてるってのは嘘だったのかねえ」
西側諸国に魔物や魔族が出たという話題でギルド内がいつも以上にガヤガヤとしている中、ジルとアリスは一緒にギルド受付でアリスの家族を見つける依頼を出す手続きをした。
時間にして30分足らずといった所だろう。
家族やその手がかりが見つかり次第、ジルの家に手紙が届く手はずとなった。
「アリス、少し休んだら町の散歩しよっか」
「うん! いろんなお店見てみたい!」
アリスは町を探検するウキウキをまるで隠さず、ジルはそんな所も可愛いと思ってしまった。
二人は酒場のちょうど二人分空いていたカウンター席に座り、りんごジュースを二つ注文する。
すると後ろから、30代くらいのいかにも冒険者な風貌の男が話しかけてきた。
「よう、ジル! なんだよその可愛い子! みんなチラチラ見てるぞ?」
「あっダニエルさん、お世話になってます。この子は友達のアリスです」
「初めまして。ジルのお友達ですか?」
「おう! たまに剣を教えてやってんだ! しかしジルが女の子を連れて来るとはな、ギルドに来たってことはデートじゃねえんだろう」
「はい、アリスの家族を探す依頼を出してました。元々はリルニア王国の人らしいんですけど」
「家族? あー、リルニアの難民は西側の各国に散らばってるからなぁ。この国で見つかるかは微妙だな……だが可能性の高い場所はあるな。ベスターメルンにリルニアの難民が集まる町があるらしいぜ」
フラーシア王国の東隣にあるベスターメルン帝国。
その東隣には小国家群があり、そのさらに北や東には元リルニア王国領を含んだ魔界が広がっている。
ベスターメルン帝国はフラーシア王国より魔界に近く、3年の大暴走でフラーシア王国より大きな被害を受けた。
帝国よりさらに魔界に近い小国家群は未だに復興が終わっておらず、西側諸国の冒険者や兵士が多数派遣され、復興や魔界から流れ込む魔物との戦闘に従事している。
「教えてくれてありがとうございます」
「いいってことよ! で、アリスちゃんとはどこでどう知り合ったんだ?」
「えっと……」
◆
「あーあ、いろんな人混ざってきて結局一時間以上捕まっちゃったね」
「ふふっ、でもジルのお話たくさん聞けて楽しかったよ。好かれてるんだねっ」
昼間から酔っぱらった知り合い達からようやく開放され、町を横並びで歩くジルとアリス。
ジルのなんだかんだ言いながらも楽しかったような様子を見てアリスはニコニコしている。
「気を取り直して、町のいろんなとこ行ってみよっか」
「うん!」
「まずはこの近くにアストリっていうケーキ屋があってね、そこのケーキがもう見てるだけで……ん?」
視界に違和感。
向かい側から、何人もの人が走ってきていることに気づく。
その表情は皆一様に焦っていたり、何かに怖がっているようだった。
その内の一人の男性が叫んだ。
「おいあっちに行くな! 町の外のあっちの方向から魔物が来てる!」
「な……」
男性はそのままギルドの方に走っていく。
冒険者達を呼びに行くのだろう。
「え? マジ?」
「とりあえず反対方向に逃げよう」
「くそっ、家族が家にっ」
「冒険者の人らがなんとかするだろ?」
「それでも一応避難しとこうぜ、三年前みたいになるかもしれねえし」
周囲はガヤガヤとうるさくなり、人々は魔物が出たという方角から反対方向に逃げだしたり、それとは違う方角、おそらく家がある方に走っていく等し始める。
ジルは、3年前にベスターメルン帝国を超えてフラーシアに到達した空の魔物の群れの姿や人々が逃げ惑う姿を思い出していた。
あの時は魔物が迫っても冒険者や駐在兵がなんとかするだろうという空気だったこともあって人々は逃げ遅れ、被害が大きくなった。
以降、人々の魔物に対する意識は明らかに変わった。この町の住人も同様である。
「アリス、僕達も反対方向に逃げよう」
「う、うん」
ジルははぐれたりしないよう、アリスの手首を引いて小走りで避難を始める。
今のジルに恥じらいなど感じる余裕はなく、アリスを守ることだけを考える真剣な表情をしていたが、アリスは危機感が薄いのか少し驚いた表情をする。
途中、魔物が出たという方向へ向かう冒険者達とすれ違い、大声が耳に入る。
「念話は来たか!?」
「来た! レベル4、つまりオーガクラスが5体! 熊みたいな魔物だそうだ!」
「普通に死人が出るレベルじゃねえか!」
「クソっ、割に合わねえぜ!」
──冒険者ギルドが定める危険度レベルは、各国で統一されている。
魔族や魔物の強さはその魔力に比例するため、『簡易鑑定』の魔法で危険度レベルを推し量ることができる。
以下は危険度レベルと基準になる魔物、その強さである。
レベル1スライム 人間の子ども未満の脅威
レベル2ゴブリン 大人が武器を持っていれば問題なし
レベル3オーク 訓練された兵士や中堅冒険者と同程度
レベル4オーガ 冒険者パーティ1組がかりでも危ない
レベル5クラーケン 冒険者パーティができれば10組は必要
なおレベル6以上も定義されているが、この町オレトの冒険者ギルドでは5までしか対応できず、レベル6以上の討伐は王都のギルドや国に丸投げされる。
三年前の大暴走の時ですらそんな魔物がオレト周辺に現れたことは無いが……
ちなみにこのあたりで出る魔物はレベル2ゴブリンクラスがせいぜいで、魔物より本物の熊のほうが危険なほどである。
ジル達は町の中央部の冒険者ギルドを通り過ぎる。
緊急時の避難所となる教会が近づき、他の逃げている人も増えてきた。
横道から同じ通りに合流した人達の会話が聞こえてくる。
「もうすぐ教会に着くぞっ」
「おとーさん、さっきキャンディちゃんが魔物倒しに跳んでったよ? もう大丈夫じゃない?」
「ダメだ、どれほど強いのか知らんが万が一があるだろ」
キャンディちゃん?
剣の鍛錬で冒険者ギルドに通っているジルも聞いたことがない名前で、別の町から用事で来ている冒険者か何かだろうと推測した。
どんな人か分からないけど、魔物の方に向かうということは自分の実力に自信がある人なんだろうなと考える。
ただ、他の人も言った通り万が一もある。
ジル達はそのまま避難のため移動を続ける。
……あの時みたいに逃げるしかできないなんて。
ジルは悔しさを感じる。目の前で祖母と妹が翼竜の毒牙にかかる光景を思い出す。
いざという時は僕がアリスの盾になろう。絶対にあの時の二の舞にはならない。
ふと、アリスが急にピタッと止まる。
何ごとかと見ると、脇に店主が逃げ出したのであろう、もぬけの空の露店が放置されている。品揃えを見る限り古物店のようだ。
アリスは売り物の剣の一つだけを見ている。
それは刀と言われるタイプの剣で、鞘も柄も真っ黒だった。保存環境が悪かったのか鞘も柄もボロボロのように見える。
「アリスどうしたの? 逃げないと」
アリスは剣への視線を変えない。
「……これ」
「?」
アリスがその剣を手に取り、ジルの方に向き直る。
「この剣、ジルに万が一のために持ってて欲しい」
「! そうだね」
確かに騒ぎが終わるまでは万が一のために武器は持っていたほうがいいとジルは思った。
普段の剣の鍛錬はロングソードで、刀ではしていないがそれなりには戦えるだろう。
本当は武器を所持していいのは15歳からなのだが、今はそんなことも言ってられないし、万が一の際に時間も多く稼げるだろう。騒ぎが終わったら頭を下げて店に返そう。
ジルは刀を受け取った。
それからあまり時間はかからずに魔物が出現した方向の反対側にある教会に到着する。教会はこういう時に仮設の避難所となる機能もあった。
教会の中に次々と人が入っていくのが見える。
3年前の大暴走がどうせ大丈夫だろうという人々の意識を大きく変えたことが分かる。
周囲には鎧を着た町に駐在している兵士が四人と、冒険者パーティー1組がいる。
その中には酒場で話しかけてきたダニエルもいた。
「ダニエルさん!」
「! ジル! お前も中に行ってろ!」
「はい! 兵隊さんや冒険者の人少なくないですか?」
「オレ達以外は魔物どもの方に行ったからな」
ジルが納得しつつ、教会に入る為ダニエルの横を通り過ぎようとしたその時。
教会の上の方から、ズンッと重いものが落ちたような音がした。
教会の中に避難している人々が叫び声をあげる。
「なんだっ!?」
ジルやダニエルが音のした方、建物の上の教会の鐘があるあたりを向くと、そこには何かがいた。
すぐにそれが人ではないことに気づく。
それは身長2メートル近くの老人のような顔とそれに見合わぬ熊のような体。そして三つ目で全身が熊のような黒い毛に覆われていた。
血の跡が残るボロボロの布切れを人間のように羽織っている。
「クク……予想どオり、コッチ側は冒険者ドモは少ないよナア……」
ウルスネグルは、ニタアと醜い笑みを浮かべた。