第37話 ノルアンでの平和な時間
3組に分かれたジル達。
そのうちの一つ、冒険者ギルドにおいしい仕事を探しに行く為にスタスタと歩いている白い腕抜きを着けたキャンディ。
人間にとっては大変でもレベル4以上の魔族にとっては余裕なクエスト、例えば力仕事は狙い目であった。
ジル達も請けることまでは考えていないのはキャンディクオリティである。
ふとキャンディは立ち止まる。
「……あれ? 方向こっちで合ってるわよね?」
酒場の店員からギルドの方向を聞いて向かっていたのだが、初めて来る町ということもあり道が合っているか不安になるキャンディ。
「……ま、聞けばいいわね。ちょっと、そこの男の子とお母さん!」
「はい? あら、どうかした? 迷子?」
ファンシーで十代前半の可愛い見た目から、一瞬で子供扱いされてしまうキャンディ。白い腕抜きを着けていて魔族だと一目で分かりづらいのもそれに拍車をかけた。
「悔しいけど迷子だわ! お菓子あげるから冒険者ギルドに案内しなさい!」
なぜか命令口調のキャンディは、話しかける前に生成していた丸くて白いミルクキャンディを二つ差し出す。
「あら、ありがとうね。お礼に冒険者ギルドに案内してあげる。着いてきなさい」
三十代前半ぐらいのお母さんが他所の可愛いお子さんを見る目で対応し、歩き始める。
すぐ側にいた十歳にも満たないであろう男の子は、ミルクキャンディを舐めながらキャンディの方をジーッと見ている。
キャンディもすぐその視線に気づいた。
「……何見てんの?」
「お前、名前なんて言うの?」
キャンディに向けて男の子が質問する。
いきなりお前呼びなのは年齢のせいである。
「あたしはキャンディよ! あなたは?」
「オレはカミーユ。キャンディの目、なんか変!」
「は!? あたしはこれが普通なの! もう二度とお菓子あげない!」
「こらっカミーユ! ごめんなさいうちの子が……」
そう言いつつもキャンディの瞳を見ると、一瞬ながら驚きの表情を隠せなかった母親。
キャンディの瞳は、茶色とカスタードクリーム色の市松模様。
明らかに普通の人間ではない目である。
「ああ、あたし魔族なの! ほら!」
「!!」
母親の表情を見たキャンディが白い腕抜きを捲り、黒い腕輪を見せる。
すると母親はビクッと体を震わせ、明らかに恐怖が混じった表情を浮かべた。
しかしカミーユは純粋な関心を見せる。
「え、すげー!! オレ魔族初めて見た!! キャンディはどんな魔族なの!?」
「あたしは菓子の魔族! こんなお菓子だってすぐ出せるわ! 凄いでしょ!」
「うわすげー!!」
キャンディが両手の平の上に様々なドーナツを生成すると、カミーユが目をキラキラさせる。
さらには周囲の赤の他人までざわつき始める。
「え、あの女の子なにも無い所からドーナツ出さなかった!?」
「今菓子の魔族って言ったよね!? 噂聞いたことある!」
「あらちょうどいいわ! あたしの最高に美味しいお菓子が食べたい人は集まりなさい!!」
「おかーさん! いこーよ!」
「え、でも……」
周囲に居た小さな少女がキャンディのお菓子目当てに行きたがるが、その母親は躊躇する。
しかしカミーユが躊躇なくドーナツの一つを手に取り、母親が止める間も無く、ぱくっと一口。
「おいしい! やるじゃんキャンディ!」
「美味しいでしょ! あたしが作ったんだから当たり前だけど!」
そのままガツガツとドーナツを食べるカミーユと、笑顔で自慢気なキャンディ。
その様子を見ていたカミーユの母親は警戒感が薄れ、キャンディに話しかける。
「……私も一ついい?」
「もちろんよ! どーぞ!」
差し出された両手の平の上のドーナツを手に取り、一口食べる母親。
「……うん、美味しいわ」
「でしょ! さっすがこの子の母親ね!」
「あの、わたしにも一つください」
「ぼくにもー!」
そんな様子を見ていた周囲の子どもや親がキャンディの側に集まり、少しの間、小さなお祭りのように盛り上がったのだった。
◆
同時刻。
相変わらずメイド服のケーキはノルアン中心部から町の外れにある川に向かって歩いていた。
腰に括り付けている魔法の袋は二つ。
各種物資と、洗濯物を収納する小さな魔法の袋で分けてある。
メイド服を着た、真っ白な髪で身長170cm台のスタイルのいい美人。
こんな姿のケーキが目立たない訳もなく、ケーキは周囲からのジロジロとした視線を感じていた。
(……人はそれなりに多い。襲ってくる馬鹿はいないと思うが……一応警戒だな)
警戒を高め鋭い目のケーキは白い腕抜きを脱ぎ、わざと黒い腕輪がよく見えるようにする。
「ってうわっ、魔族じゃん。止めとこうぜ」
「なんだよ。上玉だと思ったのに」
腕輪の効果は凄まじく、ジロジロとケーキを見ていた者達、特に男からはそんな声が上がりあちこちに散っていく。
このような事は慣れっこである為にケーキも気にしない。
しかしそれでも、ケーキの美しくクールな顔立ちに惹かれ声をかける残念な男性はいる。
一人の若い男性がケーキと横並びになり、笑顔で声をかける。
「こんにちは! お姉さん美人だね! どこ行くの?」
「失せろ」
「キッツいなー! 大丈夫、俺は魔族な事とか気にしないからさ!」
魔族はどんなに外側が人間に似た個体でも子どもを作る事は基本的に出来ないが、それは遊び目的の者にとっては都合がいいとも言える。
恋愛に関する感情の有無に関しては個体差が大きいが、魔族側に恋愛感情が無くとも、金銭等と引き換えに“恋愛ごっこ”に応じる個体も居ないことはない。
なお、人間によく似て恋愛に関連した感情のある魔族と相思相愛になる人間は稀にいるが、『人魔恋愛』とも呼ばれるそれは認められていない国もあり、バレると死刑になる国すらある。
フラーシア王国を始めとする西側諸国は腕輪付きの魔族が国益になっていることもあり、比較的寛容であった。
「……しつこいゴミめ」
そう軽蔑するような表情で吐き捨てたケーキは立ち止まって男性の方を向いた。
その右手はいつでもフォークを取り出せる位置にあり、戦闘態勢である。
「なら私と決闘でもしてみるか? 人間の女は強い男に惹かれるのだろう? 貴様が勝ったら一度だけデートに行ってやってもいい」
「え……じょ、冗談だって! 失礼しました!」
魔族との決闘にびびった男性は大人しく退散する。
その姿を見たケーキは呆れたようにため息をついた。
「……ふん……殺し合いでもない決闘すら避けるとは……勝てたら本当に食事くらいなら付き合ってやったというの……に……」
また川に向けてスタスタと歩きつつそう呟いたケーキだったが、ふと私に喧嘩で勝てたらという自身の言葉で、闘技場で自身を打ち負かしたジルの姿を思い出す。
…………。
(……くだらないことが思い浮かんだな……まったく今日は厄日だ)
メイド服の美女は、今度は自分への深いため息をついた。
◆
3手に分かれた内の一つ、宿を取って食料の買い出しに出かけたジルとアリス。
取った宿はリルノールで取ったような安い宿だ。
その宿は内装まで似ていた為に、ジルはリルノールの宿での出来事を思い出してしまう。
脳裏に浮かぶ、アリスの水色の……
(やめろっ……! 思い出すな僕っ!)
余計な事を思い出すまいと首をぶんぶんと振るジル。
「あっまたジルが変なことしてるっ。今度はどうしたの?」
「な、なんでもない……ん、“また”?」
「ジルってたまに一人で可愛い動きするから、ふふっ♡」
アリスにそう言われ、確かにたまに挙動不審かもしれないと恥ずかしくなってくるジル。
で、でもアリスと出会うまでこんなことは無かったはず。
いやアリスの前で挙動不審って余計駄目じゃん!
「ああ……なんだか自分の事が嫌になってきた……」
「なんで? 私は可愛いジルのことも大好きだよ?」
あっさりと大好きと言ってのけ、ニコっと微笑むアリス。
胸が当然のようにドクンと跳ねる。
こんな可愛くて素敵な子が僕の彼女なんて、本当に夢みたいだ。
「僕もアリスのこと、大好き……」
「……ん♡」
ジルの単純な言葉に、嬉しそうに横から抱き着いてくるアリス。
「……このまま歩こ?♡」
「う、うん……なんかバカップルみたい……」
横から腕を回されてとても歩きづらかったが、そんなことを言う訳にはいかない。
ジル達はそのまま周囲の生暖かい視線を受けながら食べ物の買い物を行なったのだった。
◆
買い物を終えてバカップルのような時間も終わり、一度食べ物を宿に置いて来た後、聞き込みを行なうジルとアリス。
「シルフィっていうお姉ちゃんと、アンヌっていうおばあちゃんです。私の家族なんです、知りませんか?」
「うーん、すまんが分からんな」
「そうですか……ご協力ありがとうございます」
聞き込みを始めてから二十分以上。
有力な情報は特に無かった。
「うーん情報が無いね。明日あたり、この町のギルドでも情報提供の依頼を出そうか」
「うん……でも、依頼ってお金かかるんじゃ……?」
「それは大丈夫だよ。心配しないで」
ニコっと微笑むジルだが、実のところお金にそんなに余裕がある訳では無い。
冒険者ギルドで一仕事しないとなと、ぼんやり考えるジルであった。
「そう……」
アリスは少し沈んだ声で一言だけの返事をする。
どこか申し訳無さそうな表情だった。
その表情を見たジルは、空気を変えるために提案した。
「……ねえアリス。ペアリング買いに行かない? 僕達恋人になったし、お揃いの指輪しようよ」
「えっ、うん!! お揃いの指輪したいっ!!」
バッと顔を上げて一瞬で元気になったアリス。
ふとアリスが、以前オレトのアクセサリー店で指輪に関する会話をしたことを思い出す。
「あれ、もしかしてお揃いの指輪って付き合って無い人同士はしないものなの?」
「ふふっ。うん、多分」
「そうなんだ……でもあの時にはもうジルのこといいなって思ってたし、反省しないもんねっ!」
「そうだったんだね……嬉しい……」
「……もぉ、そんな顔されたら私も嬉しくなっちゃうよ……♡」
口角が上がるのを抑えきれないジルとアリス。
こうして、またしてもバカップルモードになってしまう二人なのであった。
このように平和な時間を過ごしていた4人だったが、勇者パーティーとの対決の時は確実に迫っていた。




