第35話 遠くの視線
宿に泊まった翌朝。ジル達は物資を少しだけ補充し、早めの昼食の後に出発した。
ジル達が泊まった小さな町リルノールから、ベスターメルン帝国との国境沿いにある東端の町ノルアンまでは徒歩で約1日かかる。なので今日は野宿をする予定だ。
ジル達が出発した町オレトはフラーシア王国の中でも東の方にある為、かなり早くベスターメルン帝国に入ることができる。
ノルアンに着いたら数日間は冒険者ギルドでお金稼ぎをしたり休養を取ったりする予定である。キャンディはスイーツ店漁りに勤しむであろう。
歩いていたジルが立ち止まり、鞘から魔刀を抜く。
「……魔物だね」
「ん。左右に五匹ずつぐらいだわ」
「ゴブリンですね、始末しましょう。アリス様は下がってください」
ケーキが鋭いフォークを一本、道脇の草むらに投げつける。
すると頭にフォークが突き刺さったゴブリンが悲鳴を上げ、姿を見せる。
「ギギャアア!! ッ……!?」
まもなくその叫びは途絶える。
キャンディが円錐型の槍チョコレートを飛ばし、それがゴブリンの頭を貫いて地面に突き刺さったからだ。
一斉に姿を見せ襲い掛かるゴブリン達。
ジルが魔刀で斬り伏せ。
キャンディがチョコレートの槍や巨大ペロペロキャンディで叩き潰し。
ケーキがフォークを投げて援護し、近づいたゴブリンの首をへし折り。
早々に戦いは決着した。
戦闘中、アリスは三人を気にかけつつ、遥か遠くからの視線を気にしていた。
◆
その日の夕方から夜にかけての時間。
キャンディ達が魔法の収納袋を広げて取り出した簡易テントで4人はくつろいでいた。
ジルとアリスは乾パンを食べている。
キャンディとケーキは今日は何も食べないようだ。魔族なのでそもそも生きるために食べる必要はない。手っ取り早い魔力の補給、増強源ではあるが。
「そういえばさ、魔物ってなんで魔族のキャンディやケーキさんも襲うの? 人間と区別できないのかな?」
「魔物の種類にもよるんだけど、あいつら知能低いから大体区別できずに襲って来るわね。食べようとしても千切れた体はすぐに魔力の塵になるから意味無いんだけど」
「魔族や魔物同士の共食いが起こらない理由がそれですね。魔力体を直接捕食して自分の魔力にすることはできません。人間が血の原料になる鉄をそのままでは食べられないのと似たようなものです」
「そっか、じゃあこの魔刀って実はかなり特殊なんだね」
ジルは魔刀『黒雪』を見ながら言う。
斬った対象から魔力を吸収する魔剣。
……そういえば魔刀をくれた店主が言っていた、魔力を注がないと鞘から引き抜けないっていう魔刀の呪いはどうして無くなったんだろう。
あの時に推測した通り、レベル5の魔族が近くにいた影響か、時間経過で呪いが弱まったりしたのだろうか。
そんなことを考えていると、キャンディがふと質問してくる。
「その魔刀、もしかしてあたしの作ったお菓子も斬ったら魔力吸収できたりするの?」
「あ、それ気になるね。小さなお菓子作って貰って試してもいい?」
「ん」
そしてジルとキャンディが小さな実験を行おうとしている所、アリスがスッと立ち上がる。
「アリスどうかした?」
「ううん、ちょっとお手洗い行ってくるね」
アリスは一人テントから出ていく。
そしてテントから十分に距離を離した後。
その視線の元、遠くに見える山まで人間の目には捉えられない程の速さで地面を蹴った。
シュタッとその視線を向けていた者の少し後ろに降り立つアリス。
その者は全身が闇に紛れるような黒いローブに包まれていて、その顔も黒い仮面で覆われている。
「!!」
「……で、あなた誰?」
アリスの全身が白く淡く輝き始める。
その綺麗な水色の瞳には殺意が灯っていた。
すると、その黒い者は黒い仮面を外す。
さらに真っ黒のローブも全て脱ぎ捨て、全身を露にする。
「……あれ? あなた、セラ!?」
「はっ。セラフセヴァーです」
セラフセヴァーと名乗ったそれは片膝をついて膝まづいた。
それは全身が僅かに白く光っていた。
そういう体なのだろう。アリスへの敵意は一切感じられない。
そのシルエットは人間そのものだったが、頭から足の下まで真っ白で、僅かに光っている。
そしてシルエットが人間なだけで目や手足の爪、髪の毛等が一切なく、中に光源が仕込まれた大人サイズのマネキンのような印象を受ける。
その淡く白い光は、アリスの発する白い光にとても良く似ていた。
「思い出した!!! なんで今まで忘れてたんだろう!?」
「はっ。この距離から気づかれるとは、力を取り戻しつつあるようで何よりです」
「セラ、いつから見てたの?」
「はっ。オレトという町の近くの森で一度力を使われましたよね? あの時にアリス様を僅かに感知した為、町付近に移動し再度の感知を試み続けました。その2日後の夜から常時感知できるようになった為、遠くで万が一に備えておりました。私以外アリス様の位置は把握できていない筈です」
アリスは森で力を使い魔族を葬った2日後の夜と聞いて、ジルとショートケーキを食べた賭け試合の日の夜を思い出す。
また、セラが味方であることも思い出したため戦闘態勢を解除し、僅かに白く輝き始めていた銀髪や肌が元に戻っていく。
「ただ私の魔力隠蔽はアリス様より劣る為、何者かに私の正体と位置を把握されている可能性を考慮し接触は控えておりました。申し訳ございません」
「それは大丈夫だよ。私も今日の朝になって初めて気づいたもん」
「はっ。ラファルイナ、マサクルエル、サクリフィカリの三体も健在です。今は姿を隠して時に備えております」
「あ! あーっ!! 思い出したっ! なんで今まで忘れてたんだろうってぐらいみーんな思い出せる!!」
アリスが三体の姿を思い出していると、セラフセヴァーがふと疑問を感じたような声色で問いかける。
「……先程から気になっていたのですが、もしやアリス様の記憶に何か?」
「そうなの。フラーシアに流れ着くまでの記憶が無くて……ごめん、セラ達のことは思い出したけど」
「ふむ。あの時の大ダメージが原因でしょうな。今までの事をお聞きになりますか?」
「……なんだかあまり楽しくない記憶な気がする」
「はっ、恐らく不愉快な気持ちにはなるかと……」
「じゃあ今日は止めとく……嫌な気持ちでジル達の側に居たくないもん」
あの時の大ダメージと聞いて嫌な予感がしたアリスはジル達に嫌な気分を移したくないというのもあり、事の詳細を聞くのを今回は遠慮した。
ふと、自分がお手洗いと言ってテントから出たことを思い出す。
「あっ、そろそろ戻らなきゃ。皆心配しちゃうっ」
「はっ。承知致しました」
アリスはジル達の所から少し離れた場所まで戻ろうと地面を蹴る準備をするが、最後にセラフセヴァーに質問する。
「その前に一つだけ。私の家族……おばあちゃんとお姉ちゃんがどこにいるか知ってる?」
「……恐れながら、把握しておりません」
「そっか……分かった。また用事あったら高い所から手招きして呼ぶからね。あと、ジルとその……いちゃいちゃしてる時は見ないで!」
「承知致しました」
アリスは地面を蹴り、ジル達の所へ戻っていく。
「……」
セラフセヴァーは一つ、嘘をついた。
本当はアリスの家族の事を知っていた。
「……話さない方がいい事もある……」
セラフセヴァーはそう小さく呟いた。




