第34話 4人の性
昼前に出発して約半日かけてオレトの隣町リルノールに到着、そこで宿を取ったジル達4人。
宿代節約の為、借りたのは二つのベッドがある一部屋のみだ。
トイレは廊下奥の共用、お風呂もついていないが、それはフラーシア王国の安い宿なら普通のことである。
「えっと、僕はロビーで寝ていいか交渉してくるね」
「えっ、駄目だよそんなの! 風邪引いちゃう! 一緒に寝よ?」
「そうは言っても……」
困り顔のジルだが、ケーキは平常通りでキャンディもどうとも思っていない顔である。
アリスに至っては一緒の部屋がいいとせがんでいる。
「別にいいじゃない。着替えとかの時だけ外出て貰えばいいわ。あたしは別に見られてもいいけど」
「それはダメ! ジルっ、見たかったら私の着替え見て!」
「いや誰の着替えも見ないよ!」
「おや、お二人は恋人なんですから別にいいのでは?」
「で、でも今日は見ない!」
悪戯っぽくクスッと笑うケーキ。
ちなみにジルとアリスはまだキスもしていない。
キャンディは性に関する情動が薄いタイプの魔族のようで、いろいろと見られることに関しては割とどうでも良さそうであった。
対照的にケーキが妖艶な笑みを浮かべ、ジルに接近し畳み掛ける。
これはただのからかいだが、それを抜きにしても彼女は性に関する情動がそれなりにある魔族だった。
このように魔族の性欲、恋愛に関する情動は個体差が非常に大きい。
「何なら私の下着姿でも見ますか? 私、ぱっと見は人間と変わりませんよ?」
「いやいやいやケーキさんっ!!」
「駄目っ! 私が代わりに見るっ!!」
「ふふっ、冗談ですよ。代わりに見るって面白いですね」
アリスの発言にケーキがくすくすと笑う。
冗談だと分かり慌てていたジルはほっとため息をついた。
そんなジルは、後ろの会話を聞いていないキャンディがTシャツを脱いでいたことに気づかなかった。
「ケーキ、体拭いて〜」
「あっはい。ってキャンディ様……」
キャンディが気怠げにケーキを呼ぶと、声に反応してジルとアリスも振り返ってしまう。
キャンディは靴下も脱ぎ、ショートデニムだけの姿でベッドに座っていた。
「ちょっ! ……ってあれ?」
キャンディは上半身裸だったが、その胸はまさにまな板で、その両先端にあるべきものが無かった。
これは性に関する感情が薄かったり欠落していたりする人型魔族にはありがちな特徴である。
ちなみにケーキには人間に有る部分は外側だけだがある。
「ん? あー、あたし繁殖とか子育てに関するトコ無いのよね。股もマネキンみたいになってるわ」
「あ……ごめん……」
ジルはバッと後ろを向く。
「別に見たかったらお好きにどーぞ」
「いや……いいです……」
キャンディは実にどうでも良さそうであるが、ジルは何だか気まずくなってしまう。
するとアリスがジルの手を掴み、部屋の外へ連れ出す。
「ジル、外来て」
「え、うん。アリス?」
それはいつもと違いやや強引な手の引き方だった。
部屋の外に出て扉を閉めると、アリスは首を振って周囲を確認する。
誰も廊下に居ないことを確認すると、アリスは少し前屈みになり自ら白ワンピースの胸元を前に引っ張り、至近距離のジルに自分の着けている水色のブラジャーを見せつけた。
アリスの思わぬ行動にジルはすぐにバッと横を向いて目を強く瞑る。
「っ! アリス何をっ」
「見たかったら私のを見て……?」
アリスはせがむような声で続ける。
「私、ジルの彼女だから……下着姿も裸も、いくらでも見せてあげる。エッチな事だってしていいからっ。だから私のことだけ見て……?」
アリスは不安そうな上目遣いだった。
ジルはその表情を見て急激に頭が冷えていく。
部屋であたふたした反応ばかりしてアリスを不安にさせてしまった。
ジルは後悔し、罪悪感が頭を埋めていく。
ただジルはすぐに切り替えて優しい笑顔を作り、アリスが服を引っ張っている右腕を左手で掴んでそっと胸元から横に離して下着を見せるのを止めさせる。
そして右手でアリスの絹のような銀髪をそっと撫でる。
撫で続ける。
「ぁ……ジル……」
「ごめんアリス、不安にさせたよね。大丈夫、アリスは誰よりも大好きで大切な僕の彼女だから」
「……うん……♡」
そのまま優しく髪を撫で続けると、アリスはやがて表情をトロけさせ、目が合った後そっと目を瞑る。
その意図を察せないジルでは無かった。
アリスの腕を掴んでいる左手を、アリスの右手の指に恋人繋ぎになるよう絡め直す。
アリスは一瞬ピクッと手を震わせた後、指を絡ませ返してくれた。
心臓の鼓動が大きくなっていく。
ジルもそっと目を細めていき、ゆっくり口をアリスの口に近づけていく。
お互いの唇の距離は残り数センチ。
ジルの吐息が、アリスの唇に当たり跳ね返った。
ガタ、ガタッ。
「!!」
「ぁっ……」
ジル達のいる二階廊下への階段を誰かが上がってくる足音が聞こえ、ジルは思わずアリスから顔の距離を離した。
アリスはキスをおあずけされて残念そうな声を出す。その表情はどこか不満そうだ。
間を置かずに他の宿泊者二人が二階の廊下に上がって来て、ジルはアリスと同じ壁側に寄る。
宿泊者二人はまもなくジル達の前を通り過ぎ、隣の部屋に入っていった。
「……部屋戻ろっか」
「……うん……」
アリスはどこか欲求不満な表情のままだ。
それは若い男の子であるジルも同様である。
ジルは扉をノックする。
「入っていい? まだ清拭中?」
「大丈夫です、入ってください」
ケーキの返事を聞いてから扉を開けると、二人は床で正座をしていた。
ジルは目を丸くする。
「……え?」
「少しからかい過ぎました、ごめんなさいジル。キャンディ様にも恋人同士の二人の前で裸は駄目だと叱っておきました。キャンディ様、ほら」
「……ごめん。あたし、アリスの気持ち全然考えられてなかった。もう二度とジルの居るとこで服脱いだりとかしない。だから許してくれる?」
「もちろんっ。私キャンディちゃんのこと大好きだもん」
「ありがとう……」
謝る二人の姿を見たアリスは、いつの間にか欲求不満な顔からいつもの優しい表情に変わっていてキャンディの両手を握って笑いかける。
キャンディは珍しく、本当に申し訳無さそうな沈んだ表情をしていた。
彼女は性に関する感情は薄くとも、友達を想う感情は決して薄く無い。
「……ジルもごめん。今回はあたしが悪かったわ」
「ううん」
「でも、あなたも別の女の子の裸だの下着だのでいちいち動揺しちゃダメよ。どっしりとアリス以外どうでもいいって態度してなさい」
「うん、分かった」
キャンディは相変わらずジルに対してはツンツンしているが、一応二人の仲が上手くいくように協力してくれるようだ。
ケーキが間を見計らって発言し、場の空気を切り替える。
「さて、清拭を再開しますのでジルは申し訳ないですが部屋の外に出て貰えますか。終わったら声をかけます」
「ん、分かった」
「アリス様はどうします?」
「あ、えっと……」
アリスはチラッとジルの方を見る。
ジルは一瞬考えた後、まっすぐアリスに向けて話す。
「……アリス。そのうち二人で拭き合ったりしよっか」
「! うんっ!!」
捉え方によってはセクハラとも取れる発言だが、ジルはただアリスに喜んで貰えるであろう言葉を選んだだけである。そしてアリスは嬉しそうに目を輝かせて返事をした。
ケーキも、あのキャンディも空気を読んで何も言わない。
アリスがどういうことを言ったら喜ぶのか、不安になるのか。アリスは何を望んでいるのか。
ジルはそういうことを、アリスと一緒に喜んだり不安になったりする時間を過ごす中で理解し始めていた。
二人の愛は確実に育まれつつあった。




