第30話 僕は、気付けなかった。
星空の下で気持ちを伝え合い、家に戻って来たジルとアリス。
両親は何も言わなかったが、雰囲気だけで二人が付き合い始めたことを察したのだった。
そして翌日の朝。
ジルは旅の為のお金を稼ぐため、冒険者ギルドに向かおうとする。
「ジル!」
玄関でアリスに呼び止められる。
ジルが振り返るとアリスは両手を前に出し、上目遣いで甘い声のおねだりをした。
「……ぎゅってして?♡」
「うんっ」
口角が上がるのを抑えきれないジルはそっとアリスに近づく。
そしてそのまま腕をアリスの背中と後頭部に回し、初めての恋人を思わず強めに抱き締めた。
「ぁ……♡」
アリスは幸福感に打ちひしがれるような声を出す。
ジルはアリスがあまりにも可愛すぎて、一瞬理性が飛びそうになった。
それはなんとか耐えるも、抱き締めたアリスを離したくないジル。
……もう少し強く抱き締めてもいいかな……
ていうかキスしたい……
「アリスちゃん、どうかしたの……あっ」
なかなか戻ってこないアリスの様子を見にファニーが玄関まで来てしまい、抱き締め合うジルとアリスを目撃してしまう。
ジルはバッと離れるが、全てが遅すぎた。
すぐに顔が真っ赤になる。
ファニーは嬉しそうに去っていく。
「ごめんなさい失礼しました! ジョルジュにも伝えないとっ♡」
「ちょっ待って、それはダメ母さんっ!」
慌てて母親を止めに行くジル。
そんな中、アリスは幸福感に陶酔して視点が定まらないまま、ぼーっと立ち尽くしていた。
アリスの反応はたとえジルが好きなことを差し引いても異常な程の、まるで神からの寵愛を受けたかのような反応だった。
◆
その日の夜。ジルの寝室。
1日中クエストをこなし、ご飯を食べて体を拭いたらすぐに寝床についたクタクタのジル。
だが、ベッドに寝転がってすぐにコンコンと部屋の扉が叩かれる。
「どうぞ」
「ジル」
小さな声で入ってきたアリスはピンク色のパジャマ姿だった。
アリスは扉を閉めるとベッドの側まで移動し、ちょこんと座る。
部屋は再び真っ暗になった。
「アリス……ごめんね、せっかく恋人になったのに。明日の為に寝ないと……」
「ううん、お仕事お疲れ様。……ねえ、一緒に寝たい」
「……もちろんいいよ。おいで」
それは愛しいような声色だった。
ジルは少しベッドの端に寄り、片手で掛け布団を少し上げる。
するとアリスはすぐにベッドに上がり、もぞもぞと掛け布団の中に潜り込む。
真っ暗で近くのアリスの顔も見えにくい。
ジルはアリスの感触を頼りに、手をアリスの背に回す。
アリスもジルの胸に顔をうずめた。
「ジル……大好き」
「僕もだよアリス。大好き」
お互いに好意を伝え合うと、ジルはアリスをさらに抱き寄せ、アリスはさらに体をジルに押し付ける。
柔らかくて冷たい体。
ジルは身体に疲労が溜まっていることもあり、性的な欲求よりも愛しい人が側にいる安心感が勝って眠気が強くなっていく。
「ジル、してほしい事があったら何でも言ってね。私、ジルのためなら何でもするからね」
「……側に居てくれるだけで嬉しいよ……ありがとう……」
そう小さな声で言ったジルの瞼は既に閉じられていた。
そう時間はかからず、やがて優しい寝息が聞こえてくる。
アリスはジルの胸からそっと顔を離し、暗闇の中でジルの顔を見る。
「……スー……スー……」
「……かわいい……」
アリスはそう囁きながらそっとジルの髪を撫でる。
優しく、卵の黄身を扱うように。
──私、ジルのためなら何でもするからね。
それは、ただ恋に浮かれた少女の甘い呟きでは無かった。
正に文字通り、何でもだった。
何でもだったのだ。




