第3話 一つ目の鳥
上空の晴天を、一つ目の鳥が飛んでいく。
墓参りに行った息子がボロボロの知らない女の子を連れて帰宅して両親は目を点にしたが、ジルが事情を説明するとすぐに両親は納得した。
すぐに父親のジョルジュは薪を火炎魔法で燃やしてお風呂を沸かし、母親のファニーはアリスの為の各種衣類を用意したのだった。
衣類は娘のレニーが大きくなった時のために用意していたものがまだ家にあったため、問題なく用意することができた。
「それにしても本っ当に可愛いわねー! オレトの町どころかこの国で一番可愛いんじゃないかしら!」
「? そうですか? ありがとうございます」
お風呂から上がって着替えたアリスのあまりの可愛さに母親のファニーが目をキラキラさせるが、アリスは自身の美貌に自覚がないのか、こてんと首を傾けてはてなマークを頭の上に浮かべていた。
アリスは体も髪も洗い、その美しい肌や銀髪に輝きを取り戻していた。
シミ一つ無い細い四肢を清楚な白ワンピースから晒し、小振りな胸がワンピースにわずかな膨らみを作っている。
おそらく14か15歳のまだまだ子どもっぽさが残る、儚く愛くるしい顔。水色の宝石が閉じ込められているかのような幻想的な瞳。
その姿は物語のお姫様がそのまま具現化したと言っても差し支えなく、触れることすら憚られる。
少女の周囲だけ空気がほんのり輝いているかのようだった。
アリスが正真正銘、絶世の美少女であることをジルは強烈に認識する。
「……可愛い……」
「え?」
「あっ……」
思わず漏れ出た言葉に、ジルはしまったとばっと口を両手で隠すが既に手遅れ。みるみる顔を赤くしていく。
「ジルもありがとっ。あれ、顔赤くない? 大丈夫?」
「……えと、なんでもない……」
「本当? 熱あるかもだし、おでこ出して?」
「ほ、本当に大丈夫だから! 顔近いっ……」
アリスが顔をぐっと近づけ、顔を赤くしたままのジルはあたふたする。
少女と出会ってわずかな時間。いったい何回、胸の中が跳ねただろう。
ジルは味わったことのない気持ちに心を乱される。
第三者には直視しがたいむず痒い空間だった。
その様子を見て、全てを察した母親のファニーは嬉しそうに片手で口を抑えた。
「……あらあら……♡」
「んー、ジル。お昼食べた後とりあえずアリスちゃんを町に案内してあげたらどうだ。もしご家族とすぐに再開できなかったらしばらくうちに住むことになるだろう。そうなると町のことは知っておいた方がいい」
居間の端にいた父親のジョルジュがあまりに表情を変えずに言った。
「え、あ、うん」
「ご家族がリルニア王国の人だったなら、この国に避難してそのまま住んでいる可能性もあるだろう……ジル、依頼料は渡すからアリスちゃんも連れて行って、冒険者ギルドで一緒にご家族の捜索依頼を出してあげなさい。明日15歳になったらすぐ冒険者登録しに行くんだろう? なら明日の下見にもなる」
確かに、とジルは納得した。
「そうだね、わかった。アリスもそれでいい?」
「うん。……何から何まで、本当にありがとう」
「困ってる人を助けるのは当たり前のことよ。さ、お昼作りましょ! ほら、ジョルジュも手伝って」
「あ、僕も……」
「ダメ! ジルはアリスちゃんの話し相手!」
◆
「食べ物? 私何でも食べられるよ、大人でしょ!」
「激辛なものとかも?」
「舌ちくちくするからイヤ……」
「僕ちょっとは食べれるから僕の方が大人だ、あははっ」
「えー? じゃあジルは苦いお野菜も食べられるの?」
「味付けしてれば……」
「私、そのままでいけるもんね! えへへっ、私の方がお姉さん!」
「ふふっ、お姉さんぶってるアリス子どもっぽい」
「あっもうジル嫌いっ! くらえっ!」
「あははっ冗談だよ、ぽかぽかするのやめてっ、ははっ」
……
「ジル15歳になったら剣買うの? 便利そうだねっ! 大っきいお芋も簡単に切れそう!」
「……ぷっ、ふふっ、そうだねっ、あはは」
「え、なんで笑うの?」
「ははっ、内緒っ」
……
「あ、このスープの木の実知ってる! 思い出したっ、私よくおばあちゃんと孫の女の子と私の3人で木の実とかいろいろ取りに行ってたの! ジルともいつか一緒に行きたいな」
「え…………う、うん……」
「ジル喜びすぎよ、うふふ♡」
「そ、そんな喜んでない!」
「え、ジル嫌なの……?」
「嫌じゃないっ!!」
◆
「ちゃんとアリスちゃんのこと案内してあげるんだぞ」
「分かってるよ父さん。それじゃ行ってくるね」
「行ってきます」
ジルの一家の、ここ最近で最も会話量の多い賑やかな食事を終えた後、準備を整えたジルとアリスは家を出た。
アリスは白いワンピースの上に、ファニーから貰った紺色の上着を羽織っている。
その姿を見送る両親。
「……あんなジル初めて見たぞ……飯前どころか飯の間もずっとアリスちゃんとのお喋りに夢中だったじゃないか。まったく、恋の前にまずアリスちゃんをご家族の元に返してあげないとな。俺もついていけば良かったかもしれん」
「そんなこと言って〜。こうやってアリスちゃんと2人になれるようにしたくせに〜」
「何のことだかな」
ファニーは頑なに表情を変えないジョルジュを見ながらニヤニヤ笑みを浮かべていた。
◆
ジル達が向かう町、オレトの近く。
薄暗い樹海の中。
一つ目の小鳥が地面に降り立っていく。その足をよく見ると小さな赤い宝石を掴んでいる。
小鳥が宝石を地面に置くと、宝石は一瞬フッと発光する。
次の瞬間には赤さと輝きを失い、ただの石になった。
同時に、多数の何かが突如出現した。
何頭もの3メートル近くの茶色い大きな熊。
いや、その顔は熊のそれではない。
おでこの部分にもう一つの目が付いている。
それは動物ではなく、死ぬと肉体を残さず消え去る『魔物』と言われる存在。
熊のような魔物達は、中央の小さな個体に視線を集めている。
それは身長2メートル近くの、老人のような顔とそれに見合わぬ熊のような体だった。熊型の魔物達と同じように三つ目で、全身が熊のような黒い毛に覆われている。
血の跡が残るボロボロの布切れを人間のように羽織っていた。
それはこの熊型の魔物達を生み出し、手先としている怪物。
──魔族。
一つ目の小鳥が飛び去った後、『熊の魔族 ウルスネグル』は歪んだ声で話しだした。
「……ヤツは弱っテはいるが必ずマだ生きていると『王』は仰っしゃラれている。ぱっと見は人間そのもノらしイが、力を使ウ際に体が光ルからそれで判別シろとのことダ。オレ達はこの周辺を探ス。5体、オレにツいてこイ。散レ」
数体を残し、魔物達が周囲にばっと散っていく。
「……オレは町の方にイくか。人間もタクサンいて楽しメそうダしなァ……」
ウルスネグルは邪悪な笑みを浮かべた。