第29話 星空の夜に
お菓子パーティーの日の夜。
ジルは旅に出たい事とその事情を説明すると、両親は意外とあっさりと話を受け入れた。
元々、息子の一人立ちが近いことを薄々感じ取っていたのというのはあるかもしれない。
ジルはキャンディ達と話し合った結果、出発は4日後の朝となった。それまでに諸々の荷物を用意したり、冒険者ギルドの仕事をしてお金を用意しなければならない。
「ジルー! 今日星空綺麗だよっ、ちょっとお外行こっ」
「ほんと? 行くっ」
玄関近くのアリスから呼ばれ、ジルは居間から外に出ていく。
居間には両親の二人だけが残った。
大人だけの、少し静かな空間。
ポツリと父親のジョルジュが呟いた。
「その時が近いとは思っていたが……まさかこんなにも早く来るとはなぁ」
何かボヤくような声色。その目はどこか遠くを見ているようだった。
「ふふっそうねぇ。でもジョルジュ、割とあっさりと話受け入れたじゃない」
「息子の旅立ちを止めるようなヤボはしない。……チッ、こんなことならジルとの時間をもっと過ごすべきだった」
「ふふっ……旅から帰って来たらいっぱい話しましょうね。その時はお仕事も休みなさいよ」
両親は寂しさと同時に、ジルという息子を持ったことにこの上ない誇りと幸せを感じていた。
◆
家の近く。短く柔らかい草むら。
そこにジルとアリスは隣り合って座る。
夜の闇の中で、ジルが近くに置いた手持ちのランタンが僅かに2人を照らす。
真っ暗闇の中、ポツポツと離れた場所に民家の光。
少し遠くのオレトの町、その小さな光の密集。
そして遥か空の上、雲一つ無い星空。
ジルとアリスは共に星空を見上げていた。
ジルが星空のとある方向を指差す。
「あれがスライム座だよ! ほら、明るい星と星繋いだらスライムみたいな形でしょっ」
「あっ言われてみればそうかも! あんなに綺麗なスライムなら皆好きになるのにね!」
「ふふっそうだねっ。後はね……あれがソード座! 剣みたいな形のやつ!」
「ほんとだ! 私もあんな剣作るっ!」
「あははっ作るって凄い、楽しみだな」
実に中身のない会話だが、ジルはアリスとのこういう会話が大好きだった。
理由は当然、アリスが笑顔になってくれるから。
少しだけ会話の間が空く。
横をチラッと見ると、なおもアリスは星空をキラキラと輝くような目で見ている。
自分の胸がトクントクンと鼓動しているのを感じる。
ジルは勇気を出した。
ジルは右腕を少しずつ動かしていく。
ほんの少しずつ、動かしていく。
顔が熱くなっていくのを感じる。
鼓動が激しくなる。心臓の鼓動で胸が痛い。
やがて右手が。
ピトッと、アリスの左手に触れた。
「………………」
暗くてその表情は良く見えない。
ふとアリスの左手が動き。
指が、ジルの指と絡み合った。
うるさくて痛い心臓の鼓動よりも、遥かに強い幸福感。
でも、アリスにちゃんと言葉で気持ちを伝えないと。
やがてジルは語りだす。
「……あの日、海岸で倒れてたボロボロのアリスと出会ってね、もちろん助けなきゃって思った」
けど、と続けるジル。
「アリスが可愛くて、話してるだけで幸せで……家族の人のこと、生活のこと……いろいろ助ける事をきっかけにアリスと仲良くなれるかもって、そんな最低なことを本当は心のどこかで思ってたんだ」
アリスと大切に想い合える恋人になりたいからこそ、自分の情けなさを正直に話すジル。
どうしてもその声色と表情は自嘲気味になってしまう。
「それ、私もだよ」
「……え?」
アリスも語り始める。
「私も……こんなかっこいい男の子が助けてくれて、ご両親もすごく良くしてくれて、素敵な友達もできて……おばあちゃんやお姉ちゃんのことを忘れちゃうぐらいに幸せで…………そんなの駄目なのに、もうこのままでもいいかなって、本当は心のどこかで思っちゃったの」
アリスはクルッとこっちを向く。
「……これでおあいこだねっ! えへへっ」
(これでおあいこだねっ! あははっ)
それは出会った日、ジルがアリスに言った言葉だった。
「……アリスっ」
「……はい」
「好きです。大好きですっ。僕と、付き合ってください」
「……はいっ、よろこんでっ。……ぐすっ……」
アリスは泣きながら、笑った。
周りに白い花が浮かぶかのような、ふわふわとした笑顔。
アリスは指で涙を拭う。
「もうっ、どんな告白したらジルの恋人になれるか毎日考えてたのに全部無駄になっちゃった」
「あっそんなこと考えてたんだ。先手必勝だから! へへっ!」
アリスが告白に等しい激しい好意を向けつつも、実際の告白をしていなかった理由はただ単に告白の仕方を考えていただけだった。
「……えいっ」
「えっ、ちょ」
アリスはジルの右腕に抱き付く。
その柔らかさと、相変わらず低い体温が伝わる。
「先手必勝だもんっ。負けた罰で抱き締めて?」
「ふふっ、罰になってないよ?」
そう優しい声色で言ったジルはアリスの方に向き直り、初めての恋人を優しく抱き締めたのだった。




