第18話 「はい、あーん♡」
準決勝から決勝までは45分の休憩が挟まれる。
だがジルは決勝をどう戦うかで頭を悩ませていて、まるで頭を休憩させていなかった。
真面目な表情で考え続けるジル。
「…………」
「ジルっ」
はっと顔を上げると、いつの間にかアリスが売店で長いチュロスを二つ買って来て立っていた。
お金は選手控室に行く前にアリスに預けてあった。
「ずっと難しい顔してるよ、とりあえずおやつにしよ?」
普段は愛くるしいアリスがたまに見せる、優しく包み込むような表情だった。
……しまった。アリスに気を遣わせてしまったかもしれない。
その表情を見たジルは試合のことを考えるのを一旦止めることにし、笑みを作った。
「ん、そうだね。ありがと」
「うん! あっ、ねえっキャンディちゃん達の方見て!」
アリスがすとんと隣に座り、ふと可愛い動物を見つけたような表情でジルの視線を促す。
アリスの視線の先を見ると、キャンディがあーんと口を開けていた。
ケーキが木製フォークで自身の左手の平上に生成したティラミスケーキを食べさせようとしている。
なお、スカート裏の予備のフォークである。試合で使っていないので綺麗なままだ。
「あーん、もぐっ」
「どうですか? それなりに自信作ですが」
「……んっ♡ おいしい~♡」
キャンディはほっぺに手を当てて、ほっぺが落ちそうな表情をした。
ケーキから思わず笑みが生まれたのをジル達は見逃さない。
二人ともこれだけ見ると微笑ましい姉妹か仲のいい主従にしか見えない。戦闘中の怖さはどこへやらである。
「やっぱり優勝賞品のショートケーキあげないの撤回してあげるわ! だからもっと! あーん!」
「まったくキャンディ様は……はい、あーん」
呆れた声を出したつもりだろうが、周囲からは幸せそうにしか見えなかった。
魔族の眷属種が上位種を崇拝し付き従う本能。それとは違う暖かい感情をケーキは持っているように見える。
試合中とのギャップがあまりにも酷かった。
「……私、今のキャンディちゃんとケーキちゃん、すごく好き」
「うん。なんか見てるだけで幸せな気持ちになるね」
ずっと見ていたくなるが、ジルはそのままキャンディ達を見続けるのは失礼な気がして、チュロスを食べようと提案する。
「それじゃ僕達もおやつにしよっか」
「うん。……あっ! ジルっ私もあれやりたい! あーんしたい!」
「えっ」
アリスのとんでもない要望に素っ頓狂な声が出る。
アリスはチュロスの片方の先をジルの口元へ向けた。
「はい、あーん♡」
「え、えと、アリス。こういうのは男女だとカップルとかでやるものじゃないかな」
「や、り、た、い! お口あーんして!」
「う、う……」
アリスの珍しいわがままに押され、ジルは戸惑いながらも口をあーんしてしまう。
そのままぱくっとチュロスの先を口に入れてもぐもぐした。
「どう?」
「……うん、甘くて美味しい」
「♡」
アリスは嬉しそうに笑みを浮かべる。
周囲の人達にとってはチュロスよりも空気が甘かった。
「ねえ、私にもあーんしてっ」
「え」
完全に甘えん坊モードに入ったアリスはチュロスのもう片方をジルに渡し、その口を開けた。
「あーん♡」
「あ、あーん」
アリスにあーんして食べさせてもらったし、ここはもうやるしかない。
ジルは恐る恐るチュロスの先をアリスの開いた口まで持っていく。
アリスはそっと顔を前に出し、チュロスの先を口に含むとそのまま噛み切り、もぐもぐと口を動かす。
アリスの口元がなんだかいつもよりエッチに見え、ジルは思わず目線を逸らした。
「ん♡ 甘くて美味しいね♡」
アリスはニコニコの笑顔である。
ジルはなんだかんだで嬉しく、口元がにやけないようにするのが大変だった。
今、ジルとキャンディは可愛らしい二人の少年少女にしか見えなかったが、紛れもなく決勝に残ったこの町で最強格の二人である。
その現実に周囲の観客は頭がおかしくなりそうであった。
「うーん、こいつら見てると頭おかしくなるな」
「てかずっと気になってたけど、ジルの隣の女の子誰?」
「最近町に来たばかりの子らしいぜ。ジルの家に居候してるらしい」
「どこで見つけたんだよあんな可愛い子。あの感じやっぱもう付き合ってんのか?」
「なんか腹立ってきたわ」
会話が周囲から聞こえてくる。なんか恥ずかしい。
アリスが居候してることなんで知られてるの?
ていうかまだ付き合ってない。付き合いたいけど。
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