第15話 ケーキとのたのしいおはなし
「ジルさん。次の対戦相手のケーキです。少しお話しませんか」
ケーキはビジネススマイルで敬語だったが、その赤い目はまったく笑っていなかった。
真面目な話だと推測し、ジルはケーキの要望に応える。
「いいですよ。アリス、席外すね」
「ん!」
アリスが軽く返事をするとジルは席を立つ。
ケーキはチラリとアリスを見た後、すぐに興味なさげに視線を逸らして歩き始めた。
ジルもケーキに先導されて客席を降り始める。
(あの少女には何の魔力も感じなかったな……魔族でも分からないような魔力隠蔽をしている化物という可能性は……さすがに無いな、それにしては少年にかけた強化が微弱でキャンディ様の言う通り意味不明だ)
すぐに移動は終わり客席とリングの間、フィールドで二人は話し始める。
ケーキは相変わらずのビジネススマイルである。
「一回戦、観させて頂きました。見事な圧勝でしたね」
「ありがとうございます」
「相手の剣を完全に見切っておられましたね。誰かから強化魔法をかけてもらって試合に臨まれたんですか? あるいは魔力隠蔽が付与された強化ポーションを事前に少しだけ飲んでたとか」
「? 強化? 何の話ですか?」
「あはは、別に誰にも言うつもりはありませんよ。私やキャンディ様以外は気づいてませんし。……正直に話してくれれば、ですが」
ケーキはビジネススマイルのままだが、笑っていない眼光はさらに鋭くなる。
「あの、ごめんなさい。何のことだか分かりません」
「とぼけないでくださいよ〜。ではレベル5の魔族を撃退したのは? 必死に頑張ったので撃退出来ました、なんて言わせませんよ」
ケーキから逃がさないという圧力を感じる。
ジルはあらぬ疑いによる反則負けは避けたかったし、別に隠すことでもないので魔刀のことを話すことにする。
一連の説明が終わると、ケーキは納得したような表情を見せる。
「……なるほど、魔刀ですか。その一時的強化の残渣が残っている可能性は確かにありますね」
「……考えてみると、もしかしたらケーキさんの言う通り僕が意識できないだけでその強化が残っているのかもしれません。もしそうだとしたら僕はすごく卑怯なことをしてると思います。ケーキさんが報告して反則負けになっても文句は言えません」
「いえいえ。微弱な強化ですし、先程も言った通り私やキャンディ様しか気づいてませんから」
「……ありがとうございます」
ジルは頭を下げる。
(……あれ? でも『黒雪』の強化って魔族にしか分からないようなものなの? 確か刀の黒い魔力は僕にも見えてたけど……)
ジルはふと疑問を感じるが、ケーキの次の言葉でその疑問は頭の中から吹き飛ばされる。
「ただし条件があります。次の試合で私が勝ったらその魔刀をください」
「えっ!?」
「代わりに試合の勝敗に関わらず強化のことは誰にも話しません。断れないですよね?」
「……っ……分かりました」
ジルは条件を受け入れるしかない。
(私は魔力をケーキに変える能力はあるが、攻撃手段はフォークと蹴り技のみ。一番手に馴染む武器はフォークというのを差し引いてもその魔刀は欲しい。レベル5を斬り裂ける魔刀が手に入れば私の火力不足は一気に解消される)
ケーキはこの状況を利用し、自身が強くなるための策を考案した。
「試合開始3分前でーす! ジル選手とケーキ選手はリング上にお越しくださーい!」
女性スタッフのマイクの声が響く。
僕はこれから冒険者としてたくさんの魔物と戦っていく。
あの魔刀はこれからも必要だ。
……この試合、勝つしかない。
ジルは覚悟を決めた。