第11話 君が見ているから
「あの男の子、ジルだ! ほら、魔族を撃退したっていう子!」
「え? まじ?」
「これは面白くなってきたぞ」
「町の英雄が出たいって言ってるし俺は今回やめとくわー」
「今回はキャンディちゃんの優勝で決まりと思ってたけど、こりゃ分からなくなってきたな」
ジルが手を挙げて参加を表明すると、客席のザワザワが一際大きくなる。
女性スタッフが他に出場希望の人がいないか客席を見渡したり、他のスタッフを介して外と連絡を取り合ったりしている。
だが熊の魔族の一件により町でそこそこ有名になったジルの希望に割り込む人はいなかったようで、しばらくするとスタッフはマイクで話し出した。
「他に出たい方も居られないようですのでそこの若い男性の方ー! 出場決定でーす! 客席からリングに降りて来てくださーい!」
「は、はい!」
ジルは立ち上がって客席からリングへの階段に向かい始める。
恐ろしい程の数の視線を感じ、ジルは緊張と恥ずかしさで体中が熱くなった。
「ジル!」
ジルはハッと振り返る。
「私も頑張って応援するからねっ」
元気づけられる、拳を握った力強い笑みだった。
たったそれだけで、ジルの体は軽くなった。
「……うん! 見てて、アリス!」
皆から向けられる好奇の視線。
それらを無視してジルは再び歩き出した。
先程までと違う心地よい緊張感。
ジルはスタスタと淀み無くリング上に上がった。
「……?」
キャンディはジルに横から視線を向ける。
いや、その場の全員がジルに視線を向けているが、その違和感に気づいたのはキャンディだけだった。
「さあ、飛び入り参加の8人目の選手紹介でーす! 自己紹介と、もしこの国の王様になれたら何をするか! お願いしまーす!」
「えっと、ジルといいます。この国の王様になれたら、えーと……皆がずっと笑って幸せに暮らせるように、できることを何でもすると思います。よろしくお願いします」
「はーい、ジル選手ありがとうございましたー! それではいつも通り四十分後、トーナメント表の発表と一回戦を行いますので、お客様はそれまでに客席にお戻りくださーい!」
選手紹介が全て終わると、掛け金を賭ける時間と選手の準備時間、その他諸々を兼ねた四十分のインターバルが挟まれる。
選手達は個別だが狭い選手控室に案内され、貸し出しの衣類は必要か、そして木製の欲しい武器はあるかと質問を受ける。
当然ながら金属製やその他殺傷能力の高い武器の使用は禁止されているため、このように貸し出しを行なっている。
ジルは上下ともに土色で七分丈のあまりお洒落でない衣類と、ロングソードに似た木剣を受け取った。
「時間になったら呼びに来るのでそれまで待機をお願いします」
「分かりました」
まもなく、控室の椅子でジルは目を瞑る。
……魔刀『黒雪』という、強力な武器無しでの戦い。
ジルは深呼吸を繰り返し、いつもより早い鼓動を鎮める。
ジルは魔刀無しだろうと情けない姿を晒すつもりは微塵もなく、優勝を狙うつもりだった。
優勝賞金や賞品が欲しい理由も、たまたまその時のジルにはあった。
けど。
何より。
(ジルが出て優勝するとこ、見たいっ)
出会ってわずか数日の女の子への。
15歳の青くて淡い恋心。
ジルは今。
全力で青春を生きていた。
「時間です。ジル選手は映えある初戦、第一試合の出場です。準備はよろしいですね?」
「──はい」
ジルは真っ直ぐ答え、立ち上がった。