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第1話 ジルの初恋


 風と波の音だけが微かに聞こえる、とある小さな墓地。

 北側の海が見えるお墓の前で、1人の少年が目を閉じ、手を合わせている。



 やがて祈りを終えた少年は、小さな女の子の人形をそっとお墓に供えた。


「レニー。今日はお人形持ってきたよ。おばあちゃん、レニーと遊んであげてね」


 その優しい声色の少年の名はジル。


 明日15歳になる14歳の少年で、まだまだあどけなさが残っている。

 真っ直ぐで純粋そうという印象を抱かせる美少年だが、約3年前の大きなストレスにより髪の毛が所々白くなってしまっている。



 ──約3年前。


 大陸北方の大部分を占める『魔界』から西側諸国へ、大量の魔物が押し寄せる原因不明の大暴走が発生。

 ジルの住む中堅国家のフラーシア王国もその余波に巻き込まれ、ジルと両親は逃げ切れたものの、祖母と妹は帰らぬ人となった。


 それ以降もなぜか魔界からしょっちゅう魔物が現れるようになり、西側諸国との境目付近では散発的な戦闘が続いている。


 

「明日、15歳になるんだ。冒険者になれる歳だよ。魔族や魔物から人々を守れるお仕事」


 立ち上がり、なおもお墓に語りかけるジル。


「僕、頑張るから。勇者にだってなってみせる。見ててね、おばあちゃん、レニー。」


 三年間積み続けてきた剣の鍛錬。

 その表情には魔物や魔族と戦う覚悟と決意。


 三年前からジルがするその表情を、両親はあまり喜んでいなかった。



 ふと立ち上がったジルの視界の端に、違和感。


 それは太陽の光を受けて反射しているようにも、銀のような輝きにも見えた。

目を凝らしてみると、それは海岸に打ち上げられた木々やゴミの中に混ざって倒れている人影だった。


「……? 人……!?」


 波に打ち上げられたように倒れている人がいる。

 ジルはそのことに気づくと、その人のもとへすぐさま走り出した。


 ◆


「……ジルも15歳になるわねぇ。あの子、本当に冒険者になっちゃうのかしら」

「ああ、なっちまうだろうな。冒険者のダチが見たところ、もう剣の腕もかなりのもんらしい。魔界との戦いに加わりたいってのも本気だよ」


 ジルの両親が家の中で話す。


 ほとんどの国で、15歳からは大人という扱いを受ける。

 ジルの両親の心には、もうすぐ大人になる息子のやりたいことを邪魔したくないという気持ちと、冒険者という危険な職業を選んで欲しくないという気持ちが同居していた。


 魔界の魔の手により娘のレニーを失った両親が、魔物や魔族とよく関わる冒険者の仕事の中で息子までも失ってしまうのではないかと考えるのは当然のことと言えるだろう。


「……けど、ジルには魔界との戦いとかそんなことよりも、普通に幸せになれることに夢中になって欲しいんだがな……」

「そうね……幸せになれることって?」

「そうだな、例えば……」


 父親は一瞬だけ考えて、冗談めかして言った。



「可愛い女の子への恋とか」


 

 ◆


 ジルは走って近づくにつれ、うつ伏せの全身を視認した。


 近づいてみると、それは銀髪の少女だった。ボロボロに汚れた黄土色の布きれを身に纏い、背中の中ほどまで銀髪が伸びている。



「大丈夫ですか?! 意識はありますか?!」

「……ん……」


 ジルが近づいて言葉をかけつつ体を起き上がらせると、少女は眠そうに声を発した。


 良かった……。

 少女が自分の言葉にすぐに応えた事にほっと安堵する。



 少女は何ごとも無かったかのように、銀髪を掻き分け顔を拭い目を開けた。

 ジルと少女の目が合う。


 

 ──汚れでボロボロながらも、まるでその美しさは隠し切れなかった。

 ジルは少女のあまりの美しさに思わず絶句する。


 ジルと同世代であろう子どもと大人の狭間の、可愛さと綺麗さが同居する危うく儚い美しさ。

 輝くかのような幻想的な水色の瞳。

 触ることも憚れる、人形のような色白の肌。

 風に揺れる銀髪。



 トクンと胸が鼓動する。

 そんな状況でないと理解しつつも、ジルは見惚れてしまった。



「あ、平気だから離して大丈夫だよ、ありがと」

「あ、え、うん」


 ゆっくり少女の体から手を離した。


 胸でなおもトクン、トクンと不思議な鼓動が続いているのを感じる。

 手には少女の柔らかい体の感触が残っている。

 ジルの体温と正反対に少女の体は冷たかった。


 手と同時に体を離したため、少女の全身が目に入る。

 手足ともに細く、身長はおそらく150cm台前半。

 所々破れた布切れからは白い肌が覗いている。


「ん〜っ汚れてる〜……」


 少女は呻くような声を発しながら、顔や髪をカシカシと猫のように拭って砂やゴミを落とす。


 心配よりも、可愛いという気持ちが先に来てしまい、ジルは自分がダメな人間な気がして一瞬自分を嫌悪した。


 汚れを落とすと少女は海岸の石に座り、微笑みながら話し出す。


「はじめまして、私はアリス。あなたは?」

「え、と、僕はジル。怪我とかない? 本当に体は大丈夫?」


 アリスの体を気遣いながらも、思わず言葉をどぎまぎさせてしまう。

 なんだかいつもと同じように言葉が出ない。


 ジルの問いかけに、アリスは少し考えると大真面目な顔で答えた。



「えー? あっ、大丈夫じゃないかも。だってこんなに汚れてたら恥ずかしくてお散歩もできないもん!」


「えっ……ふふっ、そっか」 



 アリスの緊張感のない発言にジルは力が抜け、ほっと笑って答えたのだった。


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