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蒸機都市【歯車仕掛けの殺人鬼】  作者: ミュウト・2
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第七話 蒸機的、驚異の部屋

 デスの屋敷へ、裏口から入った。ようやく空にも夜明けの白さが見えてきた頃で、屋内はまだ夜中だ。電灯の白い光が(まぶ)しい。

「アーク灯か」

 英国では室内でも、まだガス灯が主のはず。屋外向けと思われるほど明るい電気の照明に、少し驚く。

 デスは屋敷の表へは向かわず、使用人用らしい階段へ案内しながら、

「実用的に考えて、安全重視した方がいい場所は明るくしてる。でも居住空間とか表向き――んん、来客対応用の設備は、蝋燭(ろうそく)やランプで、ムード重視のめんどくさい照明。それじゃ作業には暗いんだけどさ。生活空間の明かりは目に刺さってくる感じじゃない方がいいって、みんなが言うんで」

 と話した。


 階段は意外と歩きやすい。思ったほど狭くも、急でもなかった。召使用の裏動線としては、少し奇妙な気がする。

 二階(ファースト・フロアー)へ着いたが、デスは足を止めず、

応接室(ドローイングルーム)でお茶しつつ面談(さぐりあい)とか、いらないよね。それより僕の部屋へ行こう、手っ取り早く親交が深まるよ」

 と、さらに上階へ向かう。

 耳を疑ったものの、すぐに、つまり「僕の部屋」はベッドルームを意味しないのだろうと推測した。誤解の余地があり過ぎるような言葉使いを、こう無自覚にしていて大丈夫なのか。他人事ながら、気が()めてきた。

 

 三階(セカンド・フロアー)へ到着。

 裏階段と小廊下から、急に、表舞台とでも言いたくなる広い廊下へ出た。デスがスイッチを操作すると、壁で目覚めた小さな電気ランプの灯りが、柔らかに遠くまで連なった。

「これはまた。廊下で自転車競争でもできそうですね」

 遠大なスケールに驚き呆れる。

「何、自転車、乗りたいの? 車庫にいくつかあるけど、屋内ではやめときなよ。ビル達が許してくれないし。晴れた日に、ハイド・パークででも乗ってくれば」

 真に受けたのか適当なのかわからない答えで、デスは一つの美しい木製ドアを開き、壁のスイッチを(ひね)る。室内にはまた、白く明るい電灯が点いた。


 隣り合う広い数部屋が、扉なしの戸口で(つな)げられている。そのため非常に広い部屋だが、空間を重厚に埋め尽くしているのは優雅な家具でも、高価な本でも、伝来の骨董品(こっとうひん)でもなかった。

「何です、これは」

 言葉を失くした束の間の後、間抜けな問いが口を()く。

「え、知らない? 知ってるはずだよ。万国博の時にバベッジ卿の(ちっ)ちゃい試作見本を見てないとしても、現役のナポレオン規格のを君は先週、パリで見てる」

 床一面、壁際いっぱい。それぞれが天井まで届きそうな勢いで。金属のシリンダーが無限とも思えるほど多数、立ち並び、不可思議に光っていた。

「ええ……では、これは、いえ。これも? 『解析機関(エンジン)』だと?」

 パリでの記憶を慌てて手繰(たぐ)り、心当たりを呼び出した。

 

 歯車、シャフト、ベルト、ピストン。

 クランク、シリンダー、車輪の数々。

 もっと正確な名前があるのだろうが、私にはわからない。とにかく、互いを噛み合わせ動かすための、膨大で様々な部品だ。組み上げられた、精緻にして巨大な装置がそこにある。

 

 今、機械は動いていない。しかし、全てのパーツに静かな力を(みなぎ)らせ、動力が通じるのを待っている風情(ふぜい)だ。無機物でできた団塊に、思わず何か大きな生き物の意志を想像しかかる。

「ですが……ナポレオン三世の名を冠した機関(エンジン)は、情報局の建物一杯、何層にも(わた)って広がっていましたよ。しかも」

「昼夜の別なく、一秒も休まずに動いていた、でしょ? 穴だらけのカードを永遠みたいに回転させて、記録テープをこの世の果てまで届きそうに吐き出してさ」

 デスが続きを引き取り、部屋を示して軽く手を振った。

「見た感じは違ってても、動かしたら、きっと君も納得する。ただ、ここのは全部、蒸気が動力だから。音と振動が(ひど)いんだ。そのせいで社交シーズン中、屋敷(ここ)従兄(いとこ)達御一行がいる間は動かせない。今も、毎日午前十一時以降、午後三時までしか動かしてない。本当は動かしっぱなしにしたい。っていうかそうできるように、どこかもっと向いてる広い場所が欲しいんだけど」

 彼は勝手に機械の運用状況を説明し、

「まぁ、それでも僕のは、機能を絞って処理速度を速める改良が効いてるから。運転時間を限っても、今のところは欧州(ヨーロッパ)のどこのにも、一応、遅れず対応可能」

 と言う。


 私は額に手を(かざ)し、眼前の驚異的、かつ蒸機的な眺めを(さえぎ)った。まだまだ続きそうなデスの話にも、「待ってください」と制止をかける。

「こういった機械は、その……一国でも相応な機関が所有するものだと考えていました」

 一般向けの通信・情報関係というより、諜報関係の機関が、だ。

「あなたはまだお若く見えますが、政府関係者なのですか?」

「いや? 若いって言われれば、まぁ、うん。上院議会へ出なくていい程度には、若輩(じゃくはい)だけど。それにそう、機関(エンジン)って普通、政府持ちだよね。ところが英国は発明者のいた国なのに、開発と運用で出遅れてる。だから僕みたいなのが勝手してても、今のところ放置されてる。これは僕が作った。もちろん、部品はそれぞれ、専門の職人に発注したわけだけど。じゃないと組み上げることもできずに瓦解(がかい)するよね」

 平然とデスは言い、私を覗き込むように少し体を(かし)げた。

「でも実際のとこ、フランス情報局だって、機関(エンジン)については活用しきれてないと思うんだ。見てきてどうだった? 彼らが自分達で登録した情報なら、まあ満足に引き出せるかな、って程度だったんじゃない?」

「ええ、それは、そんな感じでした。『国内外のあらゆる情報が登録されている』と聞いたので見に行ったのですが、誇大広告では、という感じを受けました。仕組みをよく理解できなかったせいも、あるかもしれませんけれど」

「そっか、君でもよくわかんなかったか。やっぱ新技術だもんね」

 

 デスの声には落胆ではなく興奮が感じられた。私は目を上げ、

「そもそもですが、解析機関アナリティカル・エンジンというのは、計算機ではないのですか? 手回し式より(けた)の大きな計算や関数を扱うことができるというだけの?」

 と尋ねる。彼は、何となく嬉しげな気配を発した。

「バベッジ卿の設計した初期のやつはそうだ。でも桁の大きな数字を扱えるってことは、数字化した膨大な情報を(あつか)うことへ発展させられる。日々、国際ニュースや重要情報、だけじゃなく些細な私信でも、電信で暗号化してやり取りされてるよね。電信は素直に、伝えたい文章の文字を一個ずつ、割り当てのバイナリコードで表現して送信、コードを受け取った受信局でデコードして普通の文字に戻し、元の文章が復元されて宛先へ届けられる。それで一件落着だけど」

「電報の仕組みまでは、使ったことがあるのでまだ、ついていけますが」

「うん。でも、各国ではその符号化(エンコード)復号化(デコード)に処理力のある機関(エンジン)()ませて、機密情報を各種数式利用の複雑な暗号へ変換しようとする。一方で、なるべく沢山の記録から、なるべく素早く必要情報を引き出せる検索システムも作ろうとする。自分達に有利な情報活用がしたいんだから、(ねら)いとして理解はできるでしょ? そんなわけで。常にお互い、生成されて飛び交ってる大量の信号を集めて、情報を読み取るべく解析してる。ここまではオッケー?」

「突然、楽しそうに(しゃべ)りますね……うーん。そんなこともあるかも、と、想像ぐらいはできますが」

 

 デスは電信を「飛び交う」と表現したが、それらは実際のところ、鉄道沿いに引かれた電線経由でやりとりされる。海峡を挟んでは、ケーブルが海底を通っている。

 しかし確かに。離れた土地でのニュースは、ヨーロッパの共同通信社へ電報で知らされ、それを元に各社が記事を作る。情報の伝達には、秘密にするのが目的かどうかは関係なく、技術として暗号化と復号化が日常的に利用されている。

「となると。解析機関を持っていて、信号を受け取ることができれば。政府機関や新聞社などでやりとり中の、まだ公開前、あるいは非公開と決まっている情報でも、ここにいながら知れるということですかね。もし機関(エンジン)が優秀なら、複雑に暗号化されていても解読してしまえる、と?」

 ようやく、デスの言わんとすることに思い至る。彼は

「そう」

 と得意気に頷いた。

「まぁ、機関だけ高性能でも、使い手がわかってなけりゃ、解読どころか何もできないけどね。ともかく。僕はニュースになってなくても、昨日パリで政府高官のプライヴェート気球が、オーナーじゃなくフランス人でもない人を乗せて、操縦のための乗員2名付きで離陸したって知ってる。三十七年前の万国博で、持ってれば世界の覇者になれるって伝説付きのダイヤモンドが展示されたけど、それが偽物とすり替わってそれっきり、っていうのも知ってる。つまりさ。一昨日から三十七年前までの間で、君がやった()()の内、欧州のどこかの政府の記録になった事件なら、どれでも検索できるんだけど。どう。どれか出してみようか」

「はぁ……全く。なかなかのカラクリ玩具をお持ちです」

 私はかなり感心した。


 それでは、と考え進める。

「先刻、バックス・ロウに置いて来たフレッシュそのものなご遺体も、機関で検索して在処(ありか)を知り、入手したわけですか」

「あっ、あれは!」

 相手は少々、度を失った。

「あ、あ、あれ。すごくリアルだった、とは思うんだけど。フェイク」

「は?」

 まだ、彼の秘密は半ばなのか?

 

 しかしこの時、後ろから

「御前」

 と声が掛かり、デスは少し飛び上がって

「ぴ」

 と意味不明な短音を発した。


(つづく)

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