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蒸機都市【歯車仕掛けの殺人鬼】  作者: ミュウト・2
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第十九話 殺人「実験」の裏を掻く

 デスとビルが未明にすり替え、あの人間離れの殺人鬼が切り裂いているように思えた偽体。その状態についてビルが質問すると、アバーライン一等警部補は再度、私達を見回した。

「遺体、ではなくあの人体もどきは、検死報告によると(のど)を切り裂かれた上、腹部にも、切られ刺された(あと)があったそうです。今から私は部下達と共に、損傷されたその遺体の(ごと)きものを確認するため、ホワイトチャペルへ向かいます。エルグレイヴ卿は(にせ)の人体を作ったのがご自身であり、人命救助のため身代わりとしてあの場へ置かれたと、私をご信頼の上で打ち明けてくださいました。そこで、人体もどきについて詳しくご説明いただくためにも、これから死体の仮置き場へご同行いただくことは(こば)みません」

 やった、と私が内心で喜んだところで、

「しかし本気でご覧になりたいのですか?」

 疑うのか試すのか、言葉だけ取れば(おど)しのように、警部補は念を押した。それでも彼の物腰は、一貫して穏やかで親切だ。

 

「正直、全然見たくない」

 デスの呟きは間違いなく本音だろうが、それを()き消す勢いでビルが

「私どもには、拝見させていただく義務があると存じます」

 と言った。私も口を添え、

「それに、海藻のぷよ、いえ偽の遺体のことですが、今後もあれを被害者の方ご本人ということにしなければならないと思います。そのための手入れと、外見を整えることを、私にさせていただきたいです」

 と言った。警部補はしかし、今度は目を()くようにして私を見つめた。

「マダム・ピーペ! なんということを(おっしゃ)る。そんなことはできません。実際には遺体でないものを、実在の誰かの、死んだ体だと(いつわ)る? それをしかも、警察に黙認(もくにん)させるおつもりとは。いや、積極的に協力させようとなさっています! いけません。犯罪の計画を持ちかけるようなものです。聞かなかったことに致しますので、もう仰いませんように」

 まさにこちらは、警察官に向かって遺体の偽装(ぎそう)という犯罪計画を持ちかけているので、それへ返す言葉はない。しかしここで引き下がるわけにはいかない。

「けれど、そうしないと……」

 言いかかるところへ、警部補は強く、

「第一、あの遺体は、ご婦人がご(らん)になるべきではありません」

 と重ねて言った。


「ええと……何故?」

「当たり前でしょう! きちんとしたご婦人が、残虐な殺され方をした死体……に見えるものを、ご覧になるなどいけません」

「うん、だから見たくない」

 デスが横から真剣に呟いてくるが、私は無視して、

「アバーラインさんが紳士でいらっしゃるのはよくわかりました。でもこちらが、淑女らしく(つつし)んでいる場合ではないんです。見ないことには偽物を、本当の被害者の方に似せることができません。非常識に聞こえることを申し上げているせいで、警部補さんは一時的にお忘れかもしれないのですが……もしこれが御前様の入手した情報を元に類推した通り『新兵器』の実験だとすると、実験を行った犯人達は、今も成果を気にしているはずですね?」

 と言った。

「『成果』というのはこの場合、『ちゃんと人間を殺せたのか』ということになるかと思いますが」

 露骨(ろこつ)に伝えると、警部補は少し黙り、顔を(しか)めながらも

「そう考えるのは妥当(だとう)でない、とは、私も申せませんが」

 と周りくどく答える。


 私は(たた)()ける。

「路上での実験――犯行という意味ですが――の後、誰か来るかもしれない現場に(とど)まって、結果をゆっくり観察し吟味(ぎんみ)する犯人は想像しにくいです。そうする度胸がもしあったとしても、時間と状況が許さなかったと思います。実際、犯人がその場に留まって偽の遺体を観察するとか、そうまでしなくても怪しい『新兵器』的な道具を持った人間がまだそこらをうろついていたなら、警部補さんの部下の方達はとっくにその人物を捕まえているでしょう」

「当然です」

「では、今頃、犯人達はペニー・ニュースや絵入り新聞の号外を集めて、どこか知らない場所から、実験結果の詳細はいかにと確認しているかもしれません。そこへ警察発表として『実は誰も死んでいない』と本当のことを伝えても、捜査上の利点にはならないのでは?」

「実験が失敗したと分かれば、(あきら)めて二度とやらないかもしれません」

「ご自身でもそうは信じていらっしゃらないと思います! もしも警察の方達が容疑者を捕まえて取り調べたところが、証拠が不十分だったり、その人物が犯人でないと明白になった場合。諦めて二度と誰も取り調べない、なんてことはないでしょう。むしろ、今度こそしっかりした証拠を固めて真犯人を捕らえるぞ、と執念(しゅうねん)を燃やして捜査されるんじゃないですか」

「それはそうですけれども」


 私はデスの方へ身を乗り出した。

「エルグレイヴ伯爵もご意見を聞かせてください。科学者として、一般論として。御前様が初めての実験に失敗したら、次はどうなさいます?」

 急に矛先(ほこさき)を向けたので、彼は(あせ)った顔をしつつも

「えっ。そりゃ、どうして失敗したかを検討してから、今度は成功するよう段取りし直して、実験をやり直す」

 と答える。

「ううむ。科学実験なら、そうかもしれませんが」

 アバーライン警部補は苦い声を出した。ふと、デスの黄色い瞳の目が意地悪く細められる。

「むしろ、成功しても繰り返すよ。一回の実験でやめるってことはないね。まぐれで成功したのか、本当に予期した結果が出たのか、確認しないといけないから」

 警部補はキッと顔を上げた。

「まさか御前様(ごぜんさま)は、殺人が繰り返されるとお考えですか?!」

 強く問われ、デスはほとんどビクッとしそうなほど身を固くしたが、懸命に呼吸をし直してから、思い切ったように、

「そうだね。()かれたから言ってしまうが、僕はそう思う。そして、成功・失敗のいずれにせよ繰り返されるだろうと考えた上でも、今朝(けさ)の殺人は成功したと思わせておいた方がいいと考える理由もある」

 と言い切った。私は彼を少し見直し、

「ほお、その理由とは?」

 と尋ねる。


 デスは私を鋭く見た。

「初めての実験に成功したなら、次も、成功した時となるべく同じ条件で繰り返したいからさ。つまりこの殺人『実験』の場合、今回の場所の近隣で、路上に(ひと)り無抵抗な状態でいる人間を狙って、だ。今回の『実験』が成功したと思えば、犯人は似たことを繰り返すだろう。しかし『失敗した』となると、場所を変えたりターゲットを変えたり、失敗した時とは条件を変えて『実験』する可能性が高くなる。それは困る」

 警部補が(かす)かに頷いた。

「別の場所でやられるぐらいなら、同じところで繰り返される方が警戒しやすい。捕まえるチャンスも高まります」

「警察の人から見ればそうだろうね。僕としては、彼らが『実験場所』を変えた場合、次もその実験計画の情報を入手できるとは思えない、というのが理由だ」

 デスは皮肉にひねくれた様子でそう答える。

「通信をやりとりしていた『実験者達』が、今後、電信や解析機関アナリティカル・エンジンを使うことに用心し始めたら、僕にはもう二度と情報を(つか)むことができないかもしれない。だから相手に『実験は失敗、しかも警察がイーストエンドを見張り出した』と知らせたくない。そんなのは、万に一つもない一等賞の当たりくじを手にしていると分かっていながら、引き換えもしないで破り捨ててしまうようなものだ。僕はチャンスを浪費(ろうひ)したくてここへ来たのじゃない」

 

 横柄(おうへい)で身勝手な言い(よう)に聞こえたが、内容は警部補を考えさせたようだ。警部補はじきに、

「これが犯人達の通信なのかまだ確定できていないにしても、御前様の掴まれた情報を途絶(とだ)えさせるのは、得策(とくさく)ではありません」

 と認めた。彼はデスが渡した電信の書き抜きメモ、最後の部分を示し、続ける。

「こちらの、『実行後に成果反映し改良の予定。第一回三十日深更。某飴(ぼうあめ)二本と林檎一個。地獄より』という文章。昨夜から今朝にかけて実行された殺人に当てはまると思います。解析機関経由でこの情報を知ればこそ、御前様は先回りし、被害者の身代わりに人造の人体もどきを置くことができたのでしょう。私は現在のところ、お話を信用します」

「解析も通信も、実験も偽体も、全てが僕の悪戯(いたずら)じゃない限りね」

 デスの混ぜっ返しめいた言葉を聞き、アバーライン警部補は真顔を向ける。

「そうであればすぐにわかります。警察にも解析機関はありますから。御前様のお示しくださったキーワードと日付を元に通信の存在を確かめ、他に類似のものがあるかも確認します。さらに、これから遺体もどきの確認にご一緒いただけば、御前様が真実をお話しだったことは明白になるはずです」

 彼の言葉にデスは、

「そうしよう。ただし僕らは、この三人で一緒に同行させてもらうよ。僕とピーペ女史とアゴラの三人で一セットと考えてくれ」

 と答え、反論を(こば)むように率先(そっせん)して席を立った。


 連れ立って執務室を出る時、私はようやく

「殺人『実験』の実行日が昨夜遅くから今朝未明にかけてだと、日付は確かに示していました。でも、場所が何故、分かるんです?」

 と尋ねる(すき)を得た。アバーライン警部補は振り返り、

「さっき読み上げた通信に書いてあったからですよ。と言っても、ホワイトチャペル地区、というぐらいですが」

 と答えてくれる。

「マダム・ピーペは日本の方でしたね。それならピンと来なくても当たり前でした」

 彼の言葉に重ね、デスが

「『某飴二本と林檎一個』が、セント・メアリ・ホワイトチャペル教会のことだから」

 と言った。

「暗号ですか?」

「いいや。童謡だよ。あなた、マザー・グースがわかると思ったら、全部知ってるわけではなかったんだね」

 妙に嬉しそうな顔で言いつつ、デスは先に立った。


(つづく)

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