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蒸機都市【歯車仕掛けの殺人鬼】  作者: ミュウト・2
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第百七十八話 一夜限りの大所帯

 (やしき)へ着くと、全員がまずは四階(サード・フロアー)のガラクタ部屋へ行くこととなった。裏門ではヒューさんとボブくんが待ち構えており、多くはないが嵩張(かさば)る荷物を受け取って、運んで行ってくれた。気球の(ゴンドラ)球皮(きゅうひ)、それにウォート爺さんがライムハウスの倉庫の時点で整備して問題無く使えた燃焼機関は、(うまや)の近くにある道具倉庫へ一時、保管してもらう手筈(てはず)だ。

 ビルが私とデスを呼び止め、

晩飯(ばんめし)のことだが。例の職人のご老人は今も、四階で作業中だ。そこで、ピーペさんのお仲間お二人、それとライムハウスから来られた宿屋のジェイムズさんの食事も全て、四階へ運ぶ。ご老人が作業をしている倉庫部屋の並びに、()いた部屋がある。そこへ、急ごしらえの、居間兼食堂のような場所を作った。確認してくれ」

 と伝えて来た。

「それはご厚遇(こうぐう)、ありがとうございます。場合によっては機関の直るまで数日間、全員お世話になることになってしまいますが……」

 言いかける私を「大丈夫」と、デスが(さえぎ)る。


「これは(ふと)(ぱら)な」

 私の言葉に、デスは重ねて「違う違う」と首を振り、

「推進機関は今夜中にも直るよ。ウォート(じい)さんの作業を途中、少し見ただけだけど。僕らが出かけてる間に多分、ほとんど完了してると思う。修理が終われば試運転をして確認するだけ。そしたら燃料や必要物品を積んで、何なら明日にももう出発できる」

 と断言した。

「そこまで作業が早いのですか? 本当ならばこの上もないことですが。自分の目で見ないと、(にわか)には信じられないですね」

 定員四人と小さいながら、長距離航行が可能な高性能の熱気球は、小型で最新式の燃焼機関と、プロペラで気流を作り出す推進機関の組み合わせで望みの場所へと飛ぶようになっている。故障したのは推進機関だ。そのためロンドンへ到着した際は、空港着陸まで燃料が持ち(こた)えられず、荷物を捨てて滞空(たいくう)時間を伸ばし、墜落寸前(ついらくすんぜん)不時着(ふじちゃく)となった。燃焼機関は大きく壊れた場所もなく、今日の爺さんの点検と応急修理により、また元のように使えた。


「今日の午後、飛んできた通り、燃焼機関だけでも昇降(しょうこう)はできますが、方向は風任(かぜまか)せの旅になるので自在(じざい)に遠くへ行くのが難しい。とはいえ、故障(こしょう)した機関を分解修理してまた使えるようにするためには、本来ならその機関を作った専門の工場へでも、送らねばならないところでしょう。完全に新品と取り替えるなら早いかもしれませんが、そんな代替品(だいたいひん)も、すぐ手に入るものではなし。可能性があるとすれば、と考えてお宅へ持ち込んだわけですけれど」

「うん、だからその読みでズバリだったんだよ、何も不満がることはないと思うけど?」

 デスが黄色の瞳で薄暗く見つめてくる。

「いえ何も不満ではありませんが! 本当にそんな、必要部品が全て(そろ)っていたんですか」

「部品も道具もあるし、無いのはウォートさんが作れるし。設備と資材のあるところへ、腕のある職人まで持ち込んだんだから、どうにかならないはずが無い。さっさと直して国外へ飛んじゃえる方が、君ら的にはいいんだろ。君らっていうか君の仲間のおじいさん達と、賭博宿(とばくやど)から足()きしたあの怖いおじさんのことだけど。じゃあそうしなよ。ついでのことだから旅行に必要な物品も好きなの持って行ったらいいよ」

 彼は本当に気前(きまえ)のいいことを、何ほどのことでも無いかのようにサラッと言い捨てた。


「うわあ。嫌味(いやみ)なほどの気前の良さですが、理由は?」

 驚きながら(たず)ねる私の前で、デスは深々とため息を()く。

「僕はなるべく、一人でいたいんだってば。知ってるよね、知らなかったっけ。(やしき)へ、君の仲間だとか(ひろ)って来た人だとかが昨日今日で急増してるのも知らなかったっけ? ウォート爺さんはまだギリギリいいよ、今日というつもりはなかったけど、確かに僕が会いたがったことでもあるんだし。それにしても、こっちの顔に思いっきり息を吹きかけて笑う(くせ)は、どうにかなるもんならして欲しい」

 そういえばウォート爺さんは、歯の抜けた口で思い切り「あはははあ!」と笑いながら、酒(くさ)い(他にも色々と臭い)息を相手へ吹きかけるのが常だった。

「うむ。あなたも防毒面(ますく)自衛(じえい)しておくといいですよ。常に油断(ゆだん)なく」

 私は自分の革製(かわせい)のゴツいマスクに触れながら提言(ていげん)する。

「いやどうしてさ?! 自分の邸でぐらい自由に(くつろ)がせて欲しいんだけど!」

 まあそうだろうな、と若干(じゃっかん)、同情を感じた。


 デスは裏階段をのろのろと上がりながら、さらに(こぼ)す。

「君の仲間の粗暴(そぼう)そうででっかい双子のお爺さんは、どこへ置いたらいいんだかさっぱり分からないし。僕的には馬小屋とかがぴったりそうな気がする。あの人達いつもカッコつけてて実際、(さま)にもなってるけど、実年齢は君よりだいぶ上で結構(けっこう)年寄りなんだろ? でもまだ馬並みの体力がありそうだし。それに何だか、暴れ馬ぐらい危なそうに見える」

 私達より早く上階へと上がって行った(おおかみ)兄弟に、この悪口が聞こえていなかったことは、デスのためには良かったのだろう。

「あの二人なら実際、どこででも寝られると思いますが。どうしてです、客室も使用人部屋も沢山(たくさん)あって使っていないとの話でしたでしょう。彼らも私と同様の待遇(たいぐう)ではいけないのですか?」

「それも無理じゃないけどさあ。あの二人、どっちかっていうと、君の付き人的な立場だろ? 僕にとってのビルみたいな。じゃあ、君と同じ(あつか)いっていうのでは、ちょっと」

 彼らの待遇を、外部の誰に見せるわけでもないのだから、デスの説明は、身分や階級や礼儀や慣例を踏まえてやむなくというよりは、なんとなくただの「意地悪(いじわる)」のような気がする。が、言わせるだけは最後まで言わせてみようと、「ほお」との相槌(あいづち)を返した。


「で、馬小屋とは思っても、流石(さすが)に馬と寝起きまで同じ感じでって言ったら、怒りそうだなって……」

 本気か冗談か、デスの様子を確認してしまうが、彼は暗い口調のまま、

馬小屋(ミューズハウス)の二階も考えたけど、あっちは元々、ヒューやベティさん達の住まいだろ。余分の部屋もあったところが、今はポリーさんと新しい女の人が来て満員だ。それにあの新しい女の人、結核(けっかく)だったよ」

 あっさりと危険な病の名が口にされ、ややギクリとした。結核は非常に感染力(かんせんりょく)が強く、発症後(はっしょうご)の対応が充分にできなければ高い確率で死に至る。また、発症して(せき)(たん)を出すようになった患者と近接(きんせつ)して生活すると、高確率で感染(うつ)ってしまう。罹患(りかん)しても発症しない場合や、体力があり()つすぐ養生(ようじょう)できる状況にあれば、発症しても重症化せず「治った」ようになって暮らせることもある。だが、そんな例は(まれ)なので、(かか)れば周りへ感染させて自分も死んでしまう、伝染性の死病と恐れられていた。感染を防ぐには換気(かんき)や消毒を徹底(てってい)して看病する必要があるため、適切な対応を取れる場所も、病人を受け入れてくれる施設も、非常に限られるのだ。


「そうじゃないかと、薄々(うすうす)、考えないではなかったのですが」

 未明(みめい)の闇の中、嫌な感じで()()んで、フラフラ歩いていたアニーさんを思い出す。

「うん、かかりつけの医者に見せたらそうだった。あ、医者には諸々(もろもろ)、ものすごく口封(くちふう)じしてあるからそこは安心して」

「まあそこは信頼しています」

 伯爵家の「ものすごい口封じ」は(うらや)ましがるべきか怖がるべきか両方か、と思い巡らせつつ(うなず)く。

「ではアニーさんには、お邸で皆さんとご一緒に生活していただくことが、かなり難しいと」

「そうだね。今はベティさん主導で、あっちの(むね)の部屋わりや動線を厳格(げんかく)に決め直して、隔離(かくり)と消毒を徹底してるけど。安宿と違って、お互いの距離が取れたり別室で寝られたりするのはいいとしても、ここはやっぱり病院とは違う。専用の設備がなくて医療の専門家が常駐(じょうちゅう)してないところで生活してもらうのは、彼女にも僕らにもリスクだからさ。幸い、というべきか分かんないけど僕の従姉(いとこ)のマギーが、僕らの所領(しょりょう)の一つで療養所(りょうようじょ)経営にも手を出してる。病院併設(へいせつ)で、地元や周辺の住人ならほぼ無償(むしょう)でかかれるところさ。特権階級に義務付けられている、社会貢献(こうけん)一環(いっかん)ってやつ。新しい女の人は、ちょっとまず栄養とか付けて落ち着いたら、そこへ時間を見て馬車で送ってあげようかと思う。それで治るまでは、外部者だけど特例として費用負担無しで入ってもらうのでどうかなって思ってる、僕としては」

 デスは自分の考えを(よど)みなく述べた。


「アニーさんがその状況なら、確かに狼兄弟やジム親爺を邸へ長逗留(ながとうりゅう)させられないかもしれませんね。ウォート爺さんは、好きな時に出ていくでしょうけれど」

 いくらデスのガラクタ部屋や解析機関アナリティカル・エンジンがあって、豪勢(ごうせい)な食事が毎回だろうとも、爺さんはきっとフラッと立ち去って、元いた居場所へ戻るだろうなという気がしていた。

(ポリーさんが禁酒を頑張(がんば)っていらっしゃるので、皆もそれに合わせて応援しており、邸には自由に取り出して飲める状態のお酒もありませんしね)

 思っているとデスは、

「そう、だから今夜は四階の空き部屋で皆、自由に泊まってくれていいんだけど。明日の朝早く、庭からでも出立(しゅったつ)できれば一番いいと僕は思うよ。一応、そんなつもりで、あの怖い双子のおじいさん達と相談してみてくれる?」

 言って廊下へ立ち止まった。

 四階の長い廊下にはガス灯がずらりと明るく(とも)され、中程(なかほど)、ガラクタ置き場と(もく)していた場所もその隣室(りんしつ)も、開かれた扉から光が流れ出している。人声や金属を合わせる音なども聞こえ、そうしているとこの場所も、活気(かっき)があり居心地(いごこち)も悪くなさそうに見えた。中央暖房セントラル・ヒーティングの熱も最上階のここへ()まるらしく、外ではどんどん気温が下がり体も緊張していたのが、ここへ来るとホッとして(こころよ)く感じる。


「なるほど、この感じでしたら、一晩作業しても快適かもしれませんね」

 私が呟くと、デスは「晩御飯(ばんごはん)も来るし」と応じ、

「でもきっと一晩はかからないよ、言った通り。晩御飯の後は明日の荷物でも作って、後は寝るだけってところだ。ただ、メンバーがあんなだし、今夜と明日の安全確保のため、お酒は出さないから。それも言っといてよ」

 と付け加える。

「ご自身でお伝えにならないんですか? もてなし役(ホスト)から一言、ご挨拶(あいさつ)など」

 絶対に嫌だろうなあとは分かりながらも(すす)めれば、ブルブルと首を振った。

「あの人達、君の話でなきゃ聞かないじゃないか。それに僕は、気球の所属とか諸々(もろもろ)誤魔化(ごまか)すために、情報局の機関(エンジン)に入り込んで操作できるか、ちょっとしたトリックを三階(した)で試みてくるから。忙しいんだよ」

 逃げたな……とは思ったけれど、適材適所(てきざいてきしょ)なのだろう。階段の上でデスを見送り、それからウォート爺さんの臨時の作業場へ向かった。


(つづく)

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