表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒸機都市【歯車仕掛けの殺人鬼】  作者: ミュウト・2
13/210

第十三話 そろそろ悪意に向き合う時間

 デスの「実験室」で()()されていた「偽体」は、見た目はかなり人間ながら、始めから最後まで動物や人間の持つような意識がなく、性別もないという不思議なものだった。

 

 しかしデスは、偽体が昨夜助けた生身の人物、ポリーさんの「身代わり」として通用するはずだ、と言う。

「路上で眠っている無抵抗な女性を選んで、アレは狙ったんだ。特定の誰かだと分かってたわけじゃない。あの場では、『獲物』が人間だとさえ誤魔化せれば、殺人鬼対応的にはもうそれで良かった」

「うーん。分かりましたが……すると、ポリーさんの着物や持ち物を全部(ゆず)ってもらった上で、偽体へ着けたことが疑問になります。そこまで()る必要がありました? 服なら、古着屋で買い集めるとかして、適当に着せて置いてきても良かったのでは」

 問い直すと、彼は

「ああもう。あの場で『殺人鬼だけ』誤魔化すなら、それでもいいけど。僕らには、っていうかこの社会、生きてる者には翌日以降が来るじゃないか。僕らが逃げ、アレが逃げる。その後、誰かが小道へ来る。で、発見する。死んでる女性っぽい見た目の偽体はもちろん『女性の遺体』ってことになる。そしたら『誰かが殺された』って話になるだろ。じゃあその『誰か』は誰なの? どうして、誰に、どうやって殺された? さぁ〜わかんないね! って流して、ご遺体を(ほうむ)ってハイおしまい! とはならないよ。警察の調べが始まる。ニュースになる。だから、残すからには『誰でもない』名無し氏(ジャック)名無し婦人(ジル)ではまずいわけ。特定の、実在の人じゃないと」

 と早口で言い返した。


「ですが」

 またも矛盾に(おちい)り、私は円筒状の栽培容器(?)を指差す。

「偽体をちょっと調べれば、それがポリーさんでないどころか、本物の女性ではないことも分かってしまうでしょう。服は上辺を誤魔化すだけで、体が実は人間でもないことは、こうやって裸の状態を見ればすぐに分かるんですから」

 デスはもどかしげに白い手を自分の頭へやって、渦巻く黒髪の中へ長い指を突っ込み、イライラと掻き回した。

「そう。その通り。だから今、困ってるんだよ。でもそこをどうしても誤魔化し通さないことには、結局、殺人鬼っていうかアレの方に『実は人間を殺せてなかった、人っぽいぷよぷよを人だと思い込んで、殺したつもりになってただけ』って伝わっちゃう。そしたらそれこそ、君がさっき言ったみたいに『誰がそんなふざけたすり替えをしてくれたんだ?!』って怒り心頭で、仕掛けをした僕らへの復讐を誓いかねない。どうしても『ポリーさん(イコール)あの偽体』『あの偽体は実在した本物の人間』ってことにして、彼女が今朝早く、あそこで殺されたんだってことにしないと」

「何という……身勝手な。それだと彼女のこれまでの人生が、無残にぶった切られませんか。せっかく命が助かっても、死んだことになれば、家族や知り合いにも、もう会えないじゃないですか。気の毒な話です。あなた達は、彼女を助けたんだと思ったら」

「いや、助けたじゃない? あのまま、あの場所にいたら、命が失くなっての人生ぶった切られだったよ。まさか、その方がマシだと? 彼女はとりあえず元通りの場所へ戻って暮らすわけにいかない、すごく気の毒。そりゃそうだ。でもさ、死んだら元通りも何もないだろ」

 

 私達の言い合いを、ビルが控えめな咳払いで(さえぎ)った。

「マダム、御前(ごぜん)僭越(せんえつ)ながら、聞いてくれ。マダムの言われる通り、人生が突然、思いがけない出来事でねじ曲げられるのは、全く歓迎しにくい。とはいえ、絶対起こらねぇことではないよな。マダムや御前、それに俺も、何なら猫のサークルだって。今までの人生が全部、自分の手に負える予想の範囲内で、思い通りだったってことはないだろう。生意気な物言いを許して欲しいんだが」

 聞きながら、デスはビルが着けている仮面に一瞬目をやる。そしてすぐに目を伏せた。ビルは構わず、穏やかな調子で、

「ポリーさんには本当に気の毒だ。彼女は、生きておいて差し当たり別人になるか、あの場で正真正銘ご本人のまま死体になるか、どっちか決めなきゃならなかった。訳もわからず、ゆっくり考える暇もなく決めただろう。結果として、生きてる。じゃあ俺達は、彼女が今後も生きるのを前提に、今後のことをやるしかない。ポリーさんは『実は』生きてるが、そりゃ内緒だ。バックス・ロウで殺人鬼に襲われたのは『彼女だ』ってことにしとかねぇと。殺人鬼が捕まって、彼女と俺達がもう絶対に安全、となるまではな。このことは後でまた、ご本人ともよく話すのがいいと思う」

 と言った。


 私は少し反省しつつ、

()げ足取りをして、大人気なかったですね。あなた達が、あの妙な恐ろしい悪意から見事、ポリーさんの救助に成功したことは、本当に素晴らしいと思っています。尊敬も賞賛もしますよ」

 と答える。それから、

「ただその後、色々(うかが)って……。デスのやりようは、(あらかじ)めよく考えられているのかと思いきや、あちこちが行き当たりばったりに思えて。そこに引っかかりました」

 と付け加えた。ビルは深い同意の声音で

「それは、その通りだな」

 と応じる。

「え」

 とのデスの声は無視し、

「御前はご自分の『できること』を、あまり後先(あとさき)考えず実行したがる。そんな時は、お()めしてもまぁ無駄だ。俺や他の人間に隠れて、勝手になさるだけだからな。お一人で暴走なさるのを放置するよりは、協力して実行する方がまだ安全だ。それに、御前のお考えを実行したらどうなるのか、俺のような者では(はか)り切れないところもある。本当にお止めするのがいいのか、やらせて差し上げるのがいいのか、判断は容易じゃない。そんなわけで、こうして一通りやった後、ようやく、あれこれ(あわ)て出す余裕が出てくる」

 と言った。

 

 私は納得し、

「では、これから」

 と息を吸い

「少なくともあの殺人鬼が捕まるまでは、小道へ置いてきた偽体を『本物のポリーさん』だと、警察や世間に誤魔化し通さねばなりませんね」

 と明言した。デスが「ああう」と不明瞭な(うめ)きをあげる。そちらを向いて「どうするつもりか考え付きましたか」と尋ねたい気持ちはあったけれど、無用の意地悪だと思い、やめた。

「警察は多分、監察医というのですか、担当のお医者を呼んで、検死をするんでしょうね?」

 と訊けば、デスが頷く。

「そう、だけどそっちは、僕が上から手を回すよ。あの偽体は本物の人間だ、ってことにしてもらわないといけないから」

「分かりました。遺体が偽物と発表されては、そこで全てご破算(はさん)ですもんね。ええと。普通の殺人……いや、事故や事件で亡くなられた方のご遺体の場合。どういう風にして亡くなったか、というのは警察が現場を調べ、さらに検死解剖でお医者が出した見解と合わせて、推測していくのですかね。ご遺体の身元については、持ち物や人相などから、知っている人がいないかと問い合わせたり、情報を(つの)る感じなんでしょうか」

 今度はビルが、

「そうだろう。あの辺りで警官が住民に『昨夜何か気付かなかったか』と聞き込みをするはずだ。それと、近隣には同じような情報募集の公示をすると思う。遺体の身元を確認できそうな人間が現れたら、面通(めんとお)し、でいいのか知らないが、遺体の顔や姿を実際に見せて確認させるだろう」

 と教えてくれる。

「市民にご遺体を直接、見せるってことですか?」

 デスが口を開き、

「まぁ、誰にでもは見せないと思うよ。特に偽体は、本当は人の遺体じゃないから。下手に見せたら別の変な噂を()くようなもんだよ。警察はそんな状況、避けたいだろうし。偽体について僕が情報を出せば今後、僕の意見に従って動いてくれたりするかもって。思ってる」

 と、ものすごく大きな希望混じりの予想を述べた。

 

 私は、

「あー。警察がそう簡単に仲良くしてくれれば、もう最高に助かるんですけどね!」

 と言ってしまうが、続ける。

「私達はポリーさんから、親しい知り合いを教えてもらいましょう。そして警察より早くそのお知り合いと連絡を取り、警察からの呼びかけがあった時、間違いなくその人達に、ご遺体確認へ出向いていただく。あの偽体はポリーさんだ、としっかり偽証(ぎしょう)してもらうんです」

「ひえ。(こわ)……躊躇(ちゅうちょ)なき悪人の思考」

 デスの反応は失礼だと思う。

「あのねぇ。別にポリーさんのお知り合いを脅迫して、偽証を迫るわけではありません。頼む人をよく見極めて、彼女の安全のためにと説得すれば、充分、協力していただけると思います」

「金銭的なお礼とかの潤滑剤(じゅんかつざい)もなしで?」

「お金で買ったら、他からもっとお金を積まれた場合、そっちへ行ってしまいます。自分の意思で自主的に協力してもらうのが一番です」

 デスは微妙に笑みかと見えるものを唇に浮かべた。

 

「へぇ、そう。『笛吹き(パイパー)』のやり方ってわけだね。それは是非ともお手並み拝見」

 揶揄(やゆ)なのか判断が付かなかったため、これには反応しないでおく。代わりに

「警察へよろしく言っていただくのは、デスにお願いできるんでしょうか? これからポリーさんと話した後、警察へ情報を聞きに行きたいんですが、どのくらいの時間で連絡調整が可能でしょう。できれば、すり替えた偽体があの殺人鬼に何をされたのか、被害の状況もこの目で確認したいのです」

 と頼んだ。デスはビクッとこちらへ向き直った。

「え、本気で?! 警察へ行くの、君が?!」

「何です? 何も悪いことはしていませんから、行っても大丈夫でしょう」

 デスは一瞬黙り、やたらと雄弁な目つきをしたが、口では別のことを言った。

「それに、やられた偽体を見るって……それも本気? 多分、すっごく死体然とした、悲しくて恐ろしい状態のものを見ることになるよ」


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ