表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒸機都市【歯車仕掛けの殺人鬼】  作者: ミュウト・2
12/210

第十二話 眠れる身代わり

 デスの「実験室」は四階(サード・フロアー)だった。本来は使用人達の寝室として作られていたのだろう手狭(てぜま)な部屋を、家具も取り払って何室か(つな)いだものだ。機関(エンジン)の部屋と同じく、細長くて広い。

 鉄製らしい大きな円筒状のものが立ち並び、天井や壁には多数の配管が走っている。

一階(グラウンド・フロアー)からここまで通じてる蒸気昇降機(エレベーター)があるから、道具や素材の運搬はまだ楽なんだ」

 そう言ってデスは、壁の一つにある(オーブン)の扉的なドアを示す。

「人間用の昇降機があれば、階段を上り下りしなくて良くなるんだけど」

 彼の希望を、

「ここへ来るのは基本的に御前(ごぜん)だけだから、階段で充分だ」

 ビルはあっさり却下した。

「まあしかし確かに、上がってくるのも少々、骨ですよ」

 私は、今後あまり四階へは出入りしないだろうな、と思いながら言う。

 

 最上階の部屋なので、天井が屋根の傾斜を反映している。窓近くは頭を(こす)りそうに低かった。狭い方へはあまり踏み込まない前提らしく、配管はそちらへ集められている。

 デスが口を開く。

「四階はこの実験室と、あと空き部屋。って言っても『空いて』はないか。作ったけど使ってないものとか、道具とか入れてる。そっちは、見たかったらいつでも見ていいよ。実験室(ここ)とか機関の部屋ほどには、危なくないから」

 気前よく言われた言葉に、しかしビルは首を振った。

「いや、下手に触って重いものが倒れたりしたら危ねぇ。マダムが見たい時は、俺に声をかけてくれ。手伝おう。部屋を開けるついでにあれらも、コツコツ捨てるとかして、片付けないとな」

「え、待って、捨てるのはダメだって。また使うかもしれないから」

「そう言って、どんどん置く場所がなくなってるんだ。屋敷を伸ばしたり(ふく)らませるわけにはいかねぇ以上、不用品は適度に処分させてもらいたい」

 二人のやり取りはよくある片付け問答にも聞こえたけれど、

「ちょっと面白そうですね。処分する前に見せていただこうかな」

 私は、デスの「作ったもの」のストックというのに興味を惹かれた。やはり今後、少しは四階へ出入りするかもしれない。

 

 部屋に並ぶ円筒は、同じ形のものが複数あった。蒸気機関用の(かま)を思い出させる。街路で見かけたことのある、工事用機械の燃焼窯と似ていた。そういった窯同様に内側が空っぽだとすれば、金属の厚みを除いても大人が立って入れるぐらいの容量だろう。

 筒はデスの身長を超し、低い天井にくっつく高さだ。それらは嵩張(かさば)るため、細長く広げられた部屋も手狭に詰まって見えた。

「これは、窯でしょうか?」

 質問しながら、やはりどうも違うようだ、と思える。この部屋では火を()いている様子がない。温度は廊下や階下と変わらない。

 

「ええとね。うん、これを見てもらおうかな」

 黒い円筒の一つへ寄って、デスが招いた。

「手持ちの中では、今、一番完成してるやつ」

 筒の金属壁には、覗き窓のように帽子サイズの穴が開けてあった。(まる)いガラスが(はま)っている。ガラスはかなり分厚いようだし、内側は暗くて、よく見えない。

 と、思ったらデスが筒の側面で操作した。パチッとスイッチが入る音と同時に、窓は少し明るくなる。どれどれ、と覗き込んで一拍(いっぱく)

「なっ! うわ、人が!」

 見えたものの形が分かった途端、私は驚いて身を引いた。

「うん? これが『偽体(フェイク)』だよ。昨日、ポリーさんの代わりに路上へ置いたものと同じ。あ、もちろん同一個体って意味じゃないよ。でも、これも同じく偽物の体。組成はまあ、どれも大体同じかな。原材料が同じだし。ただ毎回、生成時の細かいコンディションが影響するみたいで、それぞれ多少の違いはある」

 デスの淡々とした声に、恐る恐るもう一度、覗き窓へ寄る。

 

 やはり、白い体が浮かんでいた。少し眺めて、筒は結局、中になんらかの液体が満たされた水槽か、と考える。デスが隣で、

「君は最初、僕らが生きてる人の身代わりにするため、ご遺体を病院かお墓から盗んできたのか、って疑っただろ。それもまぁ妥当な想像かもだけど、実はそうじゃなくて。ここでこうやって、僕が作った品物だったんだ。納得してもらえた?」

 と訊いた。

百聞は(Seeing)一見に(is)如かず(believing)、ですね……ですが、驚きました」

 ホルマリンに漬けた生物の遺骸の標本みたいだ。気味の悪い(なが)めだ。……と、始めは思ったが。じっと見ているとその、なんとも人っぽいがどうも人でもない何かは、結構平和な顔に見えてきた。

「見ていると何故か、植物っぽい印象を受けます」

「うん。外見はかなりしっかり人だし、すぐこうやって大人サイズになるんだけど、最初から最後まで意識は一切ないみたい。少なくとも僕らが分かる形では反応がなくて。原材料の主なところは海藻なんだ。それでかも」

「海藻……」

 段々、ついていけなくなる。


「この品物、えー……『偽体』には、脳はあるんですか?」

「どうだろ、ないんじゃないかな? 見ての通り、生殖器とかもないだろ。かなり人間っぽいけど、よく見れば違う。(へそ)っぽく見えるものがあったり、爪や髪みたいなのは人と遜色(そんしょく)ない感じでもさ」

 デスは少し黙ってから、

「実は、分解したことがないんだよね。なんか、可哀想(かわいそう)で。普通に()()してても一カ月ぐらいしか持たないし、最後は自然に、もろもろに溶けて終わっちゃうんだよ。草とかが枯れるみたいな感じ」

 と打ち明けた。

「うーん」

 解剖して調べていない、というのは、科学者とは思い(づら)い態度だ。しかしこの『平和に眠る人』的な姿を見ていると、取り出して解剖(バラ)してみたい気は、私も全くしてこない。

 

「あの。そのうち、枯れないものができて、ある日、パッチリ起きるとかしませんか」

「いやぁ、起きないと思うなぁ。自分で人間みたいなものを作ろうとしといて、こんなこと言うのもなんだけど……今となっては、これはこのまま、平和な眠る海藻でいて欲しい。人間はあんまり、(ろく)なもんじゃないだろ」

「ううーん」

 あなたがそれを言いますか、と言わないように(うな)りつつ、

「容器から出しても、枯れたり崩れたりしないんですね?」

 と質問を重ねる。

「うん、ここまで成長したら、出しても数日()つ。呼吸はしてないけど、温度は高くて体温って感じ。タンクの中身は水じゃなく、お湯なんだ。パイプとか繋いでるの、そのためで。羊水(ようすい)的な、海の水に近い組成の液体でね」

「えーと。そもそもこれは、何のために作ったんです? 用途というか」

「え、何のためってことはなく。作るの自体が目的、みたいな……寝る前、話した通りだけど。フランケンシュタイン博士に憧れて……」

「ああそうでした! その本――本ですよね? お持ちでしょうか。貸してくださいますか、早めに読みます」

 ここでビルがそっと、

「御前の書斎にある。後でマダムの部屋へ届けよう」

 と言ってくれた。


 私は彼へお礼を言い、またデスを見る。

「この……あなたが偽体の生成に成功……したことを、知っている人は多いんでしょうか?」

「僕とビルと、今、君が知った。エイチソン達はここへ、別に用がないから来ないし。掃除も、中は僕らがしてるから。実験室の鍵を持ってるのも、僕とビルだけ」

 執事のビルがスペアキーを持っているのは不思議でもない。そして彼が、デスに内緒で部屋へ入って(いじ)ったり、他の誰かを勝手に入らせるなどということは、今までの二人を見ていると「ないだろう」と思う。

 考えていると、ビルが、

「それで、マダム。見てもらったら、納得がいったと思うが。偽体はポリーさんに限らず、俺やあんた、誰とも似てるわけじゃないとは思わないか」

 と話しかけてきた。

「そうなんですよね……パッと見には人間で、男にも女にも見えますが。少し観察すれば――特にこうして、裸の状態で見てしまうと、男でも女でもないとわかります。本当の人間の体ではない、というのも、多少調べればすぐ分かってしまうんじゃないでしょうか」

 容器の円筒には覗き窓がさらにいくつかあるので、『偽体』を横や後ろからも見ることができる。全体的に細い体は、肉体らしい凹凸(おうとつ)がある。しかし、人ならば生活史に応じて形ができてくるはずの、筋肉の発達は見られない。人間と思うには、ちょっとおかしいプロポーションだ。


 私の感想を受け、ビルは頷いた。

「ああ。だからあの殺人鬼……御前の予想通り『偽体』を襲った存在は、ポリーさんを殺したいと特に決めて付け狙ってたんじゃないはずだ。すり換えられた物を見れば、顔も姿も本人とは違う。狙った相手じゃないことがすぐ分かるんだからな」

「ふむ。でも、あの小道はすごく暗かったですよ。それに、アレが現れた瞬間は人通りがなかったにしても、いつ人が来てもおかしくない街中(まちなか)の路上です。落ち着いて顔を明るく照らしてじっくり確かめ、さて犯行、とはいかないでしょう。現に、私とデスもギリギリでその場に『いた』ようなものですし。誰がいつ来て邪魔されるかわからない場所ですから、ポリーさんの服を着ている人がいれば、もうポリーさんだと思い込んですぐ襲う、ということはあり()るのでは?」

 私の意見にデスが

「でもさ。馬車の中で彼女は、『いつも使ってる簡易宿泊所(ロッジングハウス)に泊まれなかったから、歩いて夜明かししてた』って言ったよね。それで『疲れてつい、あの場所へ横になった』って。つまり昨夜、じゃない今朝は、偶然あそこにいたってことだ」

 と反論する。続けて、

「アレは、あの辺に独りでいる『なるべく抵抗のできなさそうな人間』なら、『誰でも良かった』んだよ。それの具体が、路上で眠ってる女性だった。誰でも良かったからこそ、誰にも似てない偽体でも、『ポリーさんの身代わり』として立てられた。いや、姿勢としては寝かしたんだけど」

 と言った。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ