戦いは突然に
トゥナー《調律者》の話しを聞き自分を鍛え直すことを決意したが、アミールからトゥナーとは別の脅威について聞かされた。
「ハルさん。この話しとは少し違うんですが、この間お客様からこの辺りにモンスターが出るという話しをうかがいました」
「モンスター?それはトゥナーとは違うんですか」
「はい、トゥナーとは別にこの世界固有の者たちがいるんです。言葉が通じないため出会ってしまうと、突然襲いかかって来ることがあるんです」
話しを聞くとこの世界にはトゥナーの他に言葉が通じないモンスターと呼ばれる者たちがいるという。
そのモンスターが最近この町に出没しているとのことだ。
「トゥナーのことをお話しして心配になってしまったのもありますが、念の為町に出る時は剣を持っていってください」
「わかりました、出かける時は必ず剣を持って出ます」
そして、はやくもこの話しから六日がたとうとしていた。
普段とかわらない客入だったが店に入ってきた客が棚にかけられたロングソードを購入する。そして、少し暗い店のカウンターで中古のロングソードを手渡す。
「ありがとうございました。またお越し下さいませ」
客を見送ると明日のパーティーのために少し早めに店を閉める。
「では、アミールさん。マタタビと買い出しに行ってきます」
「いってくるニャ」
「はい、行ってらっしゃい」
本来ならアミールと買い出しに行きたかったのだか、この間マタタビを置いていった手前、また留守番などと言ったらマタタビ何を言われるか分かったものではない。
「おい、新入。剣はちゃんと持ったかニャ?」
「ああ、アミールさんに言われてちゃんと帯刀してるよ」
クリシュナーに刀の返却を断わられたあと、この刀は自分が扱ってよいことになった。
「あ〜、しかし大枚はたいて買った剣が新入のものになるなんてニャ」
「そう言うなよ、お前には大きすぎるんだから。お前だっていい剣持ってるじゃないか」
マタタビの腰には細見のサーベルがぶら下がっている。
「これは、オイラの家に伝わる伝説の名剣ニャ!」
そして、しばらく歩いていると。
「そう言えばクリシュナーさん見切りについて詳しい人を紹介してくれると言っていたけど、どんな人なんだろ?」
「きっと、歴戦の猛者という感じで筋肉ゴリゴリのやつニャ」
トゥナー《調律者》の話しを聞いて以来、強くなりたいという気持ちが日に日に増していく。
アミールやマタタビも自分が守らなければ、そんな想いが胸を過ぎる。
そうこうしている内に町の中央横にある市場にたどり着いた。
「いらっしゃい、いらっしゃい。今日は新鮮な魚が入っているよ」
市場は人と活気に満ち溢れ、屋台にはこれでもかという位、びっしりと品物が置かれている。
「じゃあ、やっぱりメインは肉で決まりだな」
「ふん、アオイニャ新入。昔からパーティーのメイン料理はお魚と相場がきまっているニャ」
「え〜、肉だ肉!」
「絶対、お魚ニャ!」
こんなくだらない言い争いをしていると、町の中央から悲鳴とともに人が走ってくる。
「キャー!」
「おい、モンスターが出たぞ!」
声に驚きマタタビの方を見ると、
「この間、アミールが言っていたやつかもしれんニャ。よし新入、行ってみるニャ」
そう言うとマタタビは人の流れに逆らうように町の中央へと走り出した。
「おい、ちょっと待て!」
慌ててマタタビのあとを追いかけて行く。
町の中央に着くと、そこには二人?の人影があった。
そして、その人影から皆逃げ回っている。
「おい、マタタビあれは一体?」
気が付くと横にいたはずのマタタビの姿がない。
辺りを見渡し振り返ると、
「おい!悪党ども、そこまでニャ」
積まれた木箱の上にマタタビが乗っていた。
そしてどこかで聞いたようなセリフを言い放つ。
「ここからは、妖精国アルフがケットシー、マタタビがお相手するニャ!」
太陽を背に積まれた木箱の上から叫ぶさまは、どこぞの遊園地のヒーローショーを思わせる。これが遊園地の見せ物であったなら、きっとマタタビのことをこう呼ぶだろう、
「おい、マタタビ仮面」
木箱の上でカッコつけているマタタビに言い放つ。
「なんニャ、そのマタタビ仮面ていうのは?」
「いや、何でもない。こっちの話だ」
マタタビは木箱から飛び降りると、両腕を広げて着地した。
「おい、新入。あれは、ゴキブリンニャ」
「ゴ○ブリ?」
「違うニャ!ゴキブリンニャ」
マタタビの言葉からモンスターの姿は前の世界にいた黒いやつを連想させていた。
「相手は二匹ニャ、一匹はオイラが相手をするからもう一匹は新入、お前に任せたニャ」
「おい、任せたって俺が相手をするのか!」
「大丈夫ニャ、こいつらはそんなに強くないニャ」
そう言うとマタタビは奥にいるゴキブリンの元へかけ出して行った。
「マジかよ。こうなりゃ、やるしかない!」
気合をいれ鞘から刀を抜き出す。
しっかりと両手で柄を持ちモンスターを前に身構える。
対峙してみて分かったがやはり間近で見ると想像以上に思うことがある。
(気持ち悪!)
その出で立ちは身長にすと一メートル四、五十センチ位、腕と呼べるものはなく腕に変わるものとしてカマキリのような大きなカマが付いている。
足は昆虫のような細長い足を起用に使い立ち上がることもできるようだ。
そして全身が黒光りしていて口からは何やら怪しげな液体をボタボタと垂らしていた。
(あ~もう。本当にマジでやだ!)
こちらに気が付いたゴキブリンはよつん這いになりそのまま突っ込んで来る。
「うわー、」
身を翻しなんとか交わしたが、ゴキブリンは息をつく隙さえ与えずに今度はカマを振りかざして来る。
振り下ろされたカマを何とか刀で受けるが下に引っ張られそのまま地面に倒されてしまった。
(や、やばい!)
ゴキブリンはもう一つのカマで頭を突き刺そうとしてくる。
「うお!」
体を横に転がし、何とかカマの一撃をしのいだ。
転がったその勢いを使かってそのまま起き上がり今度はこちらから反撃に打って出る。
「こんのー!」
だが威勢よく振り下ろした刀は相手の素早い動きに付いていけない。
そのあと、二、三度、刀を振るったがいっこうに当たらない。
四苦八苦する中、もう一匹と戦っているマタタビからアドバイスが飛んで来る。
「おい、新入!相手の動きをよく見るニャ」
いきなりのことで忘れていたが、クリシュナーに訓練をしてもらった時のことを思い出す。
(そうだ、あの時と同じだ。呼吸を整えて相手の動きをよく見るんだ)
鼻から息を大きく吸い込み、気持ちを落ち着かせる。
そして相手の動きを恐れずによく見ることに専念する。
モンスターの攻撃を交わしながら動きをよく見るとカマを振るために立ち上がろうとする直前、頭に付いている触角がぴんとますっぐ伸びることに気が付いた。
(よし、あの触角がますっぐ伸びるのが目印だ)
方向を変え、再びこちらに向かって来るモンスターを十分ひきつけなが触角がぴんと伸びるのを待つ。
モンスターが二、三歩手前まで来た時頭の触角がぴんとますっぐに伸びた。
(今だ!)
触角の動きに合わせて刀を振り下ろす。
振り下ろした刀は立ち上がろうとしたゴキブリンの頭から胴体までを一刀両断にした。
モンスターは真っ二つにされその場で絶命する。
その様子を見ていたマタタビが大声で呼びかけてくる。
「そっちは片付いたみたいだニャ。そろそろこっちもトドメを刺すニャ」
マタタビは突進して来るゴキブリンをジャンプで交わし、そのまま空中からサーベルを頭に投げつけ、モンスターをあっさりと倒してしまった。
その華麗な動きに目を奪われていると。
「おい、新入。よくやったニャ」
モンスターの頭に突き刺さったサーベルを抜き、マタタビがこちらに向かって来る。
「お前ってば強かったんだな」
「まあ、これくらいは朝メシ前ニャ」
「そうなんだったら、早く倒してこっちも手伝ってくれたらよかったのに」
「甘ったれるニャ。これでもオイラは新入に譲歩してやったほうニャ」
マタタビの話しではこのゴキブリンなる者は近くの仲間がやられると自分の身を守るため、より凶暴になると言う。
「オイラが先に倒してしまったら、新入と戦っていたゴキブリンが凶暴になってもっと大変な目にあってたニャ」
マタタビは初めて実戦をするこちらに対して気を使い、もう一匹が倒されるのを待っていたようだ。
「すまない。ありがとう」
「わかればいいニャ」
いつも、あしらっているマタタビがあんなに強く、しかも気を使われていたことを知ると本当に自分の弱さが疎ましく思えた。
初の実戦で勝利できたことは嬉しかったが素直に喜ぶことはできなかった。
「よし、片付いたことだし張り切って買い出しを続けるニャ」
マタタビは何もなかったように買い出しに戻ろうとした。
「お前、凄いな」
「ん、なんか言ったかニャ」
「いや、何にも。でもこのモンスターの亡骸はどうするんだ?」
「心配ないニャ。こいつらは時間がたてば自然と塵になって消えるニャ」
「ふーん、そうなのか。じゃあ大丈夫そうだな」
気持ちを切り替え再び買い出しに戻ろうとすると。
「キャー!」
屋根の上からもう一匹のモンスターが飛び降りて来た。
ゴキブリンは倒した二匹の他にもう一匹いたのだった。
屋根から飛び降りたゴキブリンは近くにいた親子連れに襲いかかった。
子供を狙ったカマの一撃は子供をかばった母親の左手肩に当たった。
母親はそのまま地面に倒れ込み気を失なっている。
かばわれた子供はお母さん、お母さんと叫びながら泣き続けている。
「しまったニャ!もう一匹いたのかニャ」
再び助けようとするマタタビよりも先に鞘から刀を抜き出し、気が付けばモンスターへ斬り込んでいた。
「待つニャ!新入」
「このー!ふざけやがって!」
大きく振りかぶり、そして振り下ろした刀はモンスターの右のカマによって弾き飛ばされてしまう。
「しまった!」
弾き飛ばされた刀はそのまま地面に突き刺さった。
ゴキブリンの左のカマは容赦なく振り下ろされ、右肩の鎖骨あたりから左脇の下あたりまでをバッサリと切り裂かれた。
「新入!」
マタタビの声が響き渡る。
倒れ込み、傷の痛みがじわじわと上がり胸の表面が焼けるように熱い。
そしてズキズキと走る痛みが悲痛な叫びを引き起こす。
「ぐわーーー」
叫ばなければ痛みでどうかしてしまいそうだ。
なまじ、意識があるせいで人生最大の苦痛を味わうことになろうとは。
激しい痛みにうずくまっていると、トドメの一撃をモンスターが振ろうとしていた。
(あ、俺ダメだ)
死を予感した時、物凄い突風がモンスターを吹き飛ばし、建物の壁へと叩き付けた。
「ハルさん!」
「しっかりしなさい!」
そこに現れたのはアミールとティアだった。
「ハルさん!しっかりしてください」
痛みをこらえなが見ると、まだ息があるモンスターにティアが魔法を放った。
「豪炎よ焼き尽くせ」
かざした手のひらの前に魔法陣があらわれ、そこから炎の渦がモンスターに向かって伸びていく。
炎に包まれたモンスターは灰となり、その姿を消した。
「ハルさん、いま傷の手当を」
アミールは必死に問いかけてくる。
「ア、アミールさん、俺よりも先にこの女性を!」
猛烈な痛みはあったが、自分よりも泣いている子供のことが気になり先に母親の治療を頼んだ。
「分かりました。ハルさん少し待っていてください」
そう言うとアミールは近くに倒れていた母親に駆け寄った。
「お母さん!お母さん」
泣きながら母親にしがみつく子供の顔を見て、
「大丈夫。お母さんを死なせたりしないから」
そう言うと頭をそっと撫で子供を落ち着かせる。
「世界の理よ、その大いなる意思の元に時よ、遡れ」
かざした手が白く光り母親の肩の傷をみるみる内に治していく。
「これで、大丈夫」
母親の治療を終えると、にっこりと笑い子供を落ち着かせた。
そして、こちらに戻りうつ伏せになっていた体を仰向けにして魔法を唱えだした。
「時よ、疾風の如く遡れ」
広い範囲の傷だったが母親の時、同様いやそれ以上のはやさで傷が治っていった。
起き上がり傷があった場所を確認して見ると、
「………凄い、痛みも傷跡もまるでない」
アミールの魔法の凄さに感心していると、ティアとマタタビが駆け寄って来た。
「おい、新入大丈夫かニャ?」
「ああ、大丈夫だ痛みも傷もない」
「よかったー。ハル君のあの姿を見た時は驚いたわよ」
「でも、アミールさんとティアさんはなぜここに?」
アミールとティアがこの場にいたことに疑問を感じ質問をした。
「ああ、この子が、アミールが明日のことで私に会いに来たの。そこで、ハル君とマタタビくんが買い出しに来てると聞いたから合流しようていうことになって市場まできたという訳」
偶然にもアミールとティアが来てくれたおかげで命を落とさずにすんだ訳だったが何か心に暗い靄が、かかる。
「アミールさん、ありがとうございました。おかげで助かりました」
「いえ、ハルさんが無事でなによりです」
「それにしても、ティアさんの魔法も凄かったですね。壁までモンスターを吹き飛ばして、その上、炎で燃やしちゃうなんて」
「確かに燃やしたのは私だけど、ハル君のピンチを救ったのはアミールだよ」
アミールの顔を見ながらティアは続ける。
「ハル君があのモンスターにやられそうになっているのをアミールが見つけた途端、有無を言わずに風の魔法を最大でぶっ放すんだもの、こっちも驚いちゃった」
どうやら、ピンチを救ってくれたのはアミールのようだった。
「でも、さっきのアミールは本当に凄かったわよ。目なんか血走ってたし」
笑いながら状況を語るティアに対してアミールが言い返す。
「血走ってなんかないから!姉さんまた変なことを言わないで」
「まったくアンタって子はほんと、素直じゃないんだから」
そう言うとティアはアミールのオデコを人差し指で、ツンと押した。
こんなやり取りをしていると、倒れていた母親の意識が戻った。
「う、私は?」
どうやらまだ意識がもうろうとしているようだ。起き上がった母親に子供がギュッとしがみつく。
「お母さん!」
子供は泣きながら母親から離れようとしない。そんな中、母親は振り返りこちらを見た。
「あの、あなた方が助けてくださったんですか?」
「そうニャ、厳密にいうとそこにいるアミールと………ハ、ハルが助けたニャ」
今初めてハルと呼ばれたことにとても驚き思わずマタタビに聞き返してしまう。
「マタタビ、今何て?」
「う、うるさいニャ。何でもないニャ」
状況を理解したのか母親は立ち上がりお礼を言う。
「この度は助けていただいて本当にありがとうございました」
深々と頭を下げると、抱きかかえられている子供もこくんと、頭を下げた。
「痛みはごさいませんか?」
アミールは立ち上がった母親を気遣う。
「はい、どこも。それに傷跡もすっかり無くなっています」
母親は改めてお礼を言うと子供を抱えたままその場をあとにした。
「まあ、なにはともあれ皆無事でよかった」
ティアは母親と子供の背中を見つめながらつぶやいた。
「そうですね。アミールさん、ティアさんそしてマタタビありがとう」
皆にお礼を言うと周りから声が聞こえて来る。
「おい、兄ちゃんたちよくやった!」
「ホント、ありがとうね」
「本当に助かったよ」
「猫さんありがとう!」
周りの人たちから感謝の声と拍手が辺り一面に広がっていった。
「なんか、照れますね。アミールさん」
「そうですね」
「悪い気はしないわね」
「誰ニャー、今猫と言ったやつは!」
町の人たちからは大いに感謝され、買い出しの続きをするために市場へ行くと。
「おう、兄さんたち他の連中に話しは聞かせてもらった。遠慮はいらねぇ、こいつを持っていきな」
市場の店主から肉の塊を渡された。
「え、いいんですか?」
「もちろんだとも。お前さんたちのおかげで助かったんだからな」
そのあとも行く先々で魚や野菜そして果物など数日では食べ切れないほどのものをもらった。
「こんなにもらっちゃって本当にいいんですかね?」
「気にしない、気にしない。皆くれるって言ってんだからいいのよ。この調子でどんどん貰うわよ!」
「姉さん、あんまりはしゃがないで、恥ずかしいから」
「こんだけの食材があれば明日のパーティーは大宴会だニャ」
こうして、大量の食材を皆で抱え店へと戻った。
そのあと雑談を交わし夕食を軽くすませると、気が付けば時計の針は夜の九時を指していた。




