異世界リサイクルショップ
仕事を終え家に帰ると珍しく缶ビールを飲むと、仕事の疲れもあったのだろう一本飲み干した所でかなり酔が回っている。
仕事のストレス解消はもっぱらテレビに繋いだストリーミング機で映画やアニメを鑑賞することだ。
その日もいつもと同じ様にアニメを楽しみなが空缶をゴミ箱に投げ捨て、ニ本目の缶ビールをいっきに飲み干す。
そして、見ていたアニメが終了するとテレビの画面がホーム画面へと切り替わる。
(それにしても最近異世界物の作品多いよな。あー異世界か〜)
時間も遅くなりストリーミング機の電源を落そうとリモコンを手に取りボタンを見ると、そこにはAIスピーカーが付いていた。
(そう言えばAIが質問に答えてくれるんだっけ)
酔った勢いもありAIにバカバカしい質問を投げかける。
「トト、異世界に行きたい」
AIに質問の前に名称を言わなくては駄目らしい。
ちなみにトトはAIの名称だ。
「ゴメナサイ、ヨクワカリマセン」
予想はしていたが、やはりこんな返答しか返ってこない。
「あー、やっぱりダメか」
諦めて電源を切ろうとするとピロンと音が鳴る。
どうやら、リモコンの電源ボタンとスピーカーボタンを間違えて押してしまったようだ。
酔っていたこともあり悪ふざけでもう一度質問をする。
「トト、異世界への行き方を教えて」
「ワールドナンバーを入れてGOを選択して下さい」
「え、ウソ?」
言葉の認識がおかしかったのだろうか、まさかこんな返答が返ってこようとは思ってもみなかった。
(ワールドナンバーって何だ?まあ適当に数字でも言ってみるか)
頭の中に職場の暗証番号がぽっと浮かぶ。
(………まあ、これでいいかな)
何気なく浮かんだ暗証番号の数字を言葉にしてみる。
「210193、ゴー」
ピロン、ピロンと、認識音が鳴り響き音が止むとホーム画面へと戻った。
「………何?終わり」
テレビの画面は、なにも変らずホームのままだったが、気になり回りの様子を伺うが取り分けなんの変化も無い。
不思議な出来事に一瞬、期待をしたがすぐに現実に戻る。
「あーバカバカしいもう寝よう」
機器の電源と照明を落としそのままベッドに入り気が付くともう朝を迎えていた。
身支度を整え、外に止めてあるバイクにまたがり一路、仕事場を目指す。
バイクを走らせること数十分、仕事場につくと駐車場にバイクを止めヘルメットをメットインに入れる。
建物に向おうとすると、少し先の方で同僚がこちらに手を振っていることに気付いた。
「あ、ハル君おはよう」
彼女は名は篠原亜美。
何かと面倒を見てくれている1つ年上の女性だ。
「おはようございます。篠原さん」
年齢を知ると皆驚くが篠原の見た目は二十代前半、人によっては二十歳と思う人もいた。
容姿は清楚な美人といった感じでかなりモテる。
職場以外でも篠原に会うためにお客様として来る人もいる位だ。
そんな篠原がよくしてくれるのはとても嬉しい限りだが、自分と篠原では月とスッポン、天と地ほどの差がある。
仲のよさをから告白してみろと言う奴がいたが、差がありすぎて話にならない。
そんな篠原に挨拶を交わし、今日もまた面倒な一日が始まる。
仕事の内容はいたってシンプル、お客様から品物を買い取って販売をする。
いわゆるリサイクルショップというものだ。
シンプルさとは裏腹に体力と精神を擦り減らすあまり割には合わない仕事でもある。
ピロン、ピロン、ピロンと自動ドアが開くと、お客様が品物を売りにやってくる。
待ちこまれるもの中にはゴミ同然のものを持ってくる人もいるが、それはそれ今日も笑顔という仮面でなんとか乗り切って行く。
「いらっしゃいませ」
買い取った品物を拭いて商品にするとキレイに棚に並べて、レジで売る。
この淡々としたサイクルで一日がしがなく終わっていく。
業務をこなし、一段落ついた所で時計の針を見ると夕方の六時を指していた。
「もう、上がりの時間か。すいません時間なんで上がります」
帰ろうとする背中を篠原にトントンと肩を叩かれた。
「ハル君まだ契約書の更新してないでしょう。今の内に書いちゃって」
「あ、ハイ。分かりました」
促されるまま書類に記入をする。
(えっと名前は月神春年齢は三十二歳っと)
住所は変わっていない為、最後に印鑑を押して終了となった。
しかし、こんな紙切れになんの意味があるのだろうか、そんなことを思いながら仕事を終え自宅へと家路を辿る。
(今日も大変だったな)
ソファーに座り当たり前の様にテレビとストリーミング機に電源を入れると………
(あれ?ホーム画面にならないな)
いつもなら電源を入れたらすぐにホーム画面になるはずなのだが、なぜか画面は真っ暗なままだ。
しばらく画面を見ていると………
《ただいま処理中》
の文字が画面に浮かび上がる。
(何だアップロード中か)
アニメの視聴をあきらめ風呂に入り、やることもないためそのまま寝ることにした。
朝日と共に時間を告げる音がピピピと鳴り響き一日の開始を告る。
「あ〜よく寝た」
ベッドから起き上り出発の準備を整えて玄関へ向うと、テレビ画面に文字が出ていることに気が付いた。
(あれ?電源消し忘れたかな)
画面には《終了しました》の文字が出ている。
(アップロード終わったみたいだな。そんじゃあ行くか)
気にせずテレビの電源を消しそのまま玄関の扉を開けるとその先には信じられない光景が広がっていた。
「え?何これ」
自宅の扉を開けた先はまるでファンタジー小説に出てくる様な店の中だった。
頭が真っ白になるとはいったもので、あまりに予想外のことが起きると人は思考が停止して、何も考えられない無の状態、イコール白紙の思考に陥るのだという事を知る。
何も考えられず立ち尽くしていると店の奥にいた銀色の髪をした女性が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「…………」
今起きていることに対して理解がまるで追いつかない。
振り返って見ると古びたドアが空いていて、そこには、先ほどまでいた部屋の景色は無かった。
辺りを見渡すと見たこともない剣や鎧などが壁際に置かれ奥には雑貨のような物が並んでいる。
「お客さん大丈夫ですか?どこかお体の具合でも悪いのですか」
声をかけてもらい、ふと、我に返り言葉を返す。
「あ、いや、体調は大丈夫なんですが。なんていうか、その、ここはどこですか?」
「ここは、丘の上の店ですけど?」
動揺を隠せない様子を見兼ねたのか、女性は奥に入り何かを持って現れた。
「よかったらお茶でも飲みませんか?きっと落ち着きますよ」
女性はティーポットとティーカップを手ににっこりと笑う。
「こちらにどうぞ」
言われるままにカウンター横の小さなテーブルへと案内され、そのまま席に着くと女性はカップにお茶を注ぎテーブルにそっと置く。
一瞬、躊躇したものの好意に甘えて出されたお茶を飲むとミントの様なスッキリとした香りがしてとても飲みやすかった。
「ぷは〜」
「もう一杯いかがですか?」
勧められ、もう一杯お茶をもらうと、お茶の効能だろうか少し落ち着きを取り戻し始めた。
「あ、あのすいません。御迷惑お掛けして」
「大丈夫ですよ。何があったのかは分かりませんがゆっくりして行って下さい」
優しく言葉をかけてくれたがしばらく沈黙が続いた。
(一体、何がどうなってるんだ?玄関を開けたらこんな場所に出るなんて)
自分なりに現状を把握しようとするが、起きている出来事が出来事なだけに理解の範疇を超えている。
どうすれば元いた場所に戻れるのだろうか、そんなことを考えていると、チリンチリンとドアのベルが鳴り店に客が入ってくる。
それにしても、店の雰囲気とは裏腹に色々な物が売られているようだが、店の奥にこれでもかと積まれている剣の束は圧巻の一言だ。
積まれている剣の状態を見るにどうやら中古品も扱っていることが分かる。
そして、二人、三人と買い物をしていくさまをなんとなく見ていると、体格のガッチリした男性が店に入ってきた。
男は布に包まれた長い棒のような物を持ちなが、カウンターへ行くと、
「おい、この店は剣の買い取りはやっているのか?」
カウンターにいた銀色の髪の女性がにっこりと微笑みながら返事を返す。
「はい。やっていますよ」
ガッチリとした男性客は布の着いた棒状の物を女性に手渡すと女性は棒に巻かれていた布を丁寧に取る。
布を外すと中には古びた剣が入っていた。
悪気は無かったのだろうが剣を見るなり女性は小さな声で、
「うわ。酷い傷」
と声に出してしまう。
そして、まじまじと剣を見ると少し難しい顔をしながら買い取りの価格をつげる。
「そうですね。かなり傷があるので買い取り価格は五千グレイスですね」
どうやらグレイスというのがこの世界の通貨単位らしい。
「五千グレイスだと!」
一グレイスがどれ位の価値があるのか分からないが男は五千グレイスでは納得出来ない様だ。
「すいません。えっとその」
「ふざけるな。他の店も回ったが五千グレイスなんて言わなかったぞ。最低でも二万グレイス位はするはずだ。こっちも急いでるんだ早くしろ」
半ば強引に商談をまとめようとしている状況を見ていると女性と目が合ってしまった。
(この場合やっぱり助けるしかないか)
かなり無謀ではあったが男に怒鳴られ、怯えている女性を頬ってはおけなかった。
「お客様。少し宜しいでしょうか」
「何だお前、ここの店員か?」
「はい。すいませんが私にもその剣を見せていたたけませんでしょうか?」
突然割って入ったことに女性は驚いたようでその場で何も言わずこちらをじっと見ていた。
カウンターに置かれた剣をじっくりと見ながら男に話しかける。
「とてもよい剣ですね。使い込まれてとても味があります」
自分の剣を褒められて気を良くしたのか、男の顔に少しだけ緩みが見て取れた。
「確かにお客様の想いが詰まったとてもよい剣なのですが、さきほど店員がお伝えした通り、かなりの傷が見て取れます」
先ほど店を見渡しているときに気が付いた奥にある剣の束に目を向け理屈をこねる。
「こちらをご覧下さい。見ていただく通りこのタイプの剣は在庫が多くなっています。その理由としては、このタイプの剣の人気が高かく市場に多く出回ったためだと思われます」
できるだけ、細かく詳細に伝える。
「当然、数が多く出回ることで売る人の数も増え、その結果在庫が過剰する状態になってしまったというわけです」
もっともらしい言葉で説明を始めると、男は黙って聞いていた。
「抱えている在庫を減らす為にも販売価格を安くしなければなりません。それに伴い買い取り価格も安くする必要性が出てくるのです。お客様のご心情は痛いほど分かりますが、こちらも商売となりますのでご賢察いただければと思います」
最後は相手に寄り添った言葉で終えると、説明に納得したのか男は小さな声で、
「じゃあ五千グレイスでいいよ」
そう言って売ることを承諾した。
「ありがとうございます。では精算を」
微笑みながら女性に声をかけると慌てて返事をする。
「あ、はい」
ガッチリとした男性は五千グレイスだと思われるものを受け取るとあしばやに店を出ていった。
騒動が治まると………
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
女性はホッとした面持でお礼を述べる。
「いや、こちらこそ勝手に店員なんて嘘を付いてしまってすいませんでした」
「そんな、とんでも無い。本当に助かりました。それにしても見事な交渉術ですね」
「いや、交渉術なんていいものじゃありませんよ。ただ理屈をこねただけですから」
「でも、凄いですね初めてこのお店にいらしたのにあんなにスラサラと説明できるなんて」
「同じような剣がたくさんありましたから。それに買い取りと言っていたのでこの手の対応はいつもやってるんで、それなりに」
先程の客に対する説明に興味を持ったのか女性が尋ねてくる。
「でも、どうして先程のお客さんは私が五千グレイスを提示した時、納得していただけたなかったんでしょうか?」
両者に対する客の対応の違いに違和感がある様だ。
「まずは説明不足だった事がひとつあると思います。それと持って来た剣を卑下する言葉を言って相手を少し不愉快にしてしまったのも原因のひとつだったと思いますね」
思い当たる節を伝えさらに予想を加える。
「でも、多分ですけど他のお店はもっと安かったんじゃないでしょうか」
女性はどうして?と不思議そうな顔でこちらを見ている。
「もし他のお店がもっと高い金額を出していたならこちらの提示した金額では置いて行かないと思います。きっと店員さんが女性だったから吹っかけられると思ったんじゃないですか」
「なるほど!」
と声を上げ、対応の違いを理解できたようだ。
「もしかしたらあなたも商人をなさっているのですか?」
「商人?というか、リサイクルショップで店員をしているんですが」
リサイクルショップという言葉を聞いて女性は首かしげた。
「リサイクルショップ?」
分かってはいたがやはり、ここは自分がいた世界ではないようだ。
リサイクルショップという言葉が通じ無くても当然なのだろう。
「すいません。分からなかったですよね。まあ、売り買いをするから商人ていえば商人なんですかね」
自分の現状を思い出し苦笑をする。
そして、これからのことを考えていると、女性が思いもしなかったことを話し出す。
「あの、もし違っていたらすいません。あなたはもしかしたら違う世界から来られた方なのではないでしょうか?」
「え、違う世界のこと分かるんですか」
「はい。私も違う世界の方と実際にお会いするのはあなたで2人目です」
何ということだろう、自分以外にもこの世界に来ている者がいようとは。
そのことを知っただけでも自分だけではないという安心感が込み上げてくる。
「でも、どうして俺が違う世界の人間だと分かったんですか?」
「それは、先程の会話で聞き慣れない言葉を使われていたことと、あなたの身なりが見たことのないものでしたので。もしかしたらと」
自分の状況を理解してもらえると思い自分に起こった出来事を伝える。
「そうだったんですね。私があなたを見た時は扉から普通に入って来たお客さんだと思っていました」
どうやら女性からは普通に外から扉を開けて入って来た客だと思われていたようだ。
現状を理解してもらえたことで少し安堵することはできたが状況を打破することにはなっていない。
そんな中、驚きの提案をされる。
「あの突然こんなことをいうのも驚かれるかと思うのですが、よかったらこのお店で働きませんか?あと泊まる場所もないと思いますから住込みという形で」
突然の言葉に戸惑ったが頼れる相手がいる訳ではない。
帰る方法もこの世界のことも、これからどうすればよいかもなにひとつ分からない状態だった。
そう考えてみるとこの誘いは天からの助け舟といえるのかもしれない。
だが、素性もしれない、今あったばかりの人間に住む場所と仕事を与えるなど常識では考えられない。
ここが異世界ということで常識も違うのかもしれないが、やはり何かあるのではないかと疑わざるえなかった。
「本当にいいんですか?今、会ったばかりの素性もしれない人間を雇うなんて」
「確かに驚かれますよね。ただお話しを聞いてあなたが困っていると思いましたので」
この時、女性は思い出したかのように名前を聞いてきた。
「そうだ、忘れていました。そういえばまだお名前聞いてなかったですよね」
そして、自己紹介を始める。
「私はアミールと申します。一応この店の店主代理をしています」
緊張が緩んだのか、気が付くとまじまじとアミールの姿を見つめていた。
人目を引く銀色の髪はとてもサラサラでセミロング。
瞳は少し蒼掛かっていて、二重まぶたのぱっちりとした目を神秘的なものにさせている。
そして透き通る様な白い肌は整った容姿をさらに引き立たせていた。
「どうかなさいましたか。そんなに見られると恥ずかしいので」
アミールは頬を赤らめ下を向いた。
「すいません!つい見惚れてしまって」
恥ずかしさを隠すように自己紹介をする。
「えっと、俺は月神春といいます。よかったらハルと呼んで下さい」
「ハルさんですね。分かりました」
お互いの自己紹介が終ると先程の話へと戻った。
「話しの途中になってしまいましたが先程のお仕事の件、いかがでしょうか?」
少し不安気な面持で尋ねてくる。
「勿論、お受けします。ただどうして、そこまで親切にして下さるんですか?」
ひねた考えかもしれないが人の優しさ親切さほど疑いたくなるものはない。
「さきほどお話しした通りきっとお困りだと思いますし。あとこれは私事なんですが」
アミールは少し照れた感じで思っていることを話し出した。
「先程、あなたに見せていただいたお客さんへの対応がとても素晴らしかったので。よかったらその知識を私に教えていただけないかと思いまして」
どうやら彼女は助けるのと同時に接客のノウハウが欲しいようだ。
全てが善意だといわれるよりもその方が納得できる。
「そういうことなら。ハイ!喜んで」
そう返事を返すと思わず笑ってしまった。
「ハハハ、」
「どうしたんですか?」
「あ、すいません。まるで居酒屋の店員みたいだなって」
「居酒屋?」
居酒屋という言葉にまた首を傾げる。
「居酒屋というのは皆でお酒を飲む所なんですが。この世界ではお酒を飲むお店のことは何ていうんですか?」
「お酒を飲む場所といったらう〜ん酒場ですかね」
「なるほど酒場でよかったんですね。俺のいた世界の酒場の店員さんはお客様に声をかけられた時にハイ!喜んでと返事をするんですよ。それを思い出したらおかしくなって、つい笑っちゃいました」
「ハイ喜んで、いい言葉ですね。うちの店もお客さんに声をかけられたらそうしてみようかな」
下らない会話であったが、ふたりの緊張をほぐすいいきっかけにはなった様だ。
「ちなみにアミールさん。俺からもひとつお願いがあるんですが」
「なんでしょうか?」
「できればこの世界のことを教えてはもらえませんか?何一つ分からないので」
この質問に対してアミールは
「ハイ、喜んで」
と笑いながら答えた。
こうして突如迷い込んでしまった異世界の店で右も左も分からないまま、流れに身を任せる形で働くこととなった。