第7話 『 回帰せし異世界 』
今話から一章【異世界回帰編】です。そしてピンチは続くと、、、
――舞台はついに異世界――ユグドラシルへと移る。
「おいしょ!」
「――ッッ‼」
腑抜けた呼気と不快な葉音が異空間から飛び出して、一人と一体は大地に着地する。
「――森か」
ギアースから距離をとって周囲を見渡せば、一面を覆い尽くしていたのは木々だった。その緑の隙間から差す木洩れ日に、ヤナギは深く息を継ぐ。
「うーん。これじゃあ本当に帰ってこれたのか分からないな……最悪、まだ地球のどこかもしれない」
捨てきれない可能性を呟けば、ヤナギはす、と目を閉じる。己の内に巡る血液とは違う〝それ〟を感じ取ろうとした、時だった。
「――ッ‼」
「ああッ。邪魔だなぁ‼」
体に巡る魔力を確かめようとした瞬間、ギアースが吶喊してきた。振るわれた鎌の一線を容易く回避したが、集中できなくて舌打ちした。
「とりま、諸々の確認はこいつを倒してからだ」
無事に異世界に回帰した事も、今の所在を確認する為にもまずは目の前の敵を倒すことを最優先にして刀を構え直す。
「ぱっと倒して早いとこ森から脱出だ!」
先程の苦戦は体に魔力が流れていなかったから、そしてここが異世界ならば、ヤナギの体には再び魔力が流れ始めているはずだ。ならばまともに通じなかった攻撃も通じるはず。
「――シィッ!」
鋭く呼気を吐き、ヤナギは地面を蹴ってギアースへ吶喊する。眼前、漆黒の魔獣もヤナギの敵意を察知して、凶刃を構え、そして振るう。
ガキィィンッ‼ と鋼と硬骨が激突し、火花を散らす。
「ホント厄介だなお前はッ」
見た目は蟻だが、その耐久力と攻撃性は並みの獣や魔獣とは一線を隔している。
それでも、ヤナギは八年前とは違う。
あの頃よりも体格はさらに大きくなり、筋肉も増した。運動能力も思考能力も、無能だった子どもの時とは全てが違うのだ。
そして、背中に背負った重荷も。
「お前を倒さないと、いつまでも過去を乗り越えられないからな! ここで殺れてもらうぞ!」
奥歯を噛みしめ、強く柄を握り締める。刀に体重をさらに乗せれば、ギアースの足が後退して、徐々に漆黒の体躯が押されていく。
このまま鎌を斬って胴体も斬る――その瞬間だった。
パキンッ‼ と何かが折れる音がヤナギの耳朶に響いた。
一瞬、何事かと思考が停止して、目を見開いた。
「――折れたぁぁぁ⁉」
慌てて思考を再開させて黒瞳でしっかり眼前の光景を焼きつければ、吉継から渡された日本刀が真っ二つに割れた。
鈍色の光が儚く空中を舞って、数秒後に地面に着き刺さる。唐突の出来事と愛刀となるものだった刀のあっけない最期に思考がぐちゃぐちゃになる。
せめて刀に手向けぐらいは送ってやりたいが、ギアースは容赦なくヤナギに一撃を浴びせようと鎌を振り直す。
「お前、マジでぶっとばすぞ⁉」
つばぜり合いの勢いを殺せず、体勢を立て直せないヤナギは頬を引き攣らせた。
「くっそ!」
浮いた片足で地面に着く片足を蹴れば、ヤナギは空中で強引に落下の軌道を変えた。
回転の勢いで前髪がふわりと舞えば、チリッ、と刃に掠れる。間一髪の所でギアースの攻撃を回避すれば、叩きつけられた体は地面を転がった。
「ああもう本当に最悪だ⁉ お前ッ……あれ吉継さんからの大切な送り物だったんだぞ⁉ それを回帰初日に壊すとか、魔獣かお前は⁉ 魔獣だったな!」
一人で叫び、一人でツッコみを入れる。誰かが見ていたら確実におかしい奴だと思われかねないが、憤慨せずにはいられない。
地団太を踏むヤナギに、ギアースは無理解を示すように首を左右に動かす。
「……この状況、どう見てもマズいよな」
折れた刀とギアースを交互に見やりながら、ヤナギは苦渋を溢す。
刀という、まともにギアースに対抗する術を早々に失ったヤナギはどこからどう見ても劣勢だ。
「こうなったら一か八か……俺の最強の魔法で、お前を倒す!」
力強く目を見開けば、ヤナギはギアースに向かって手を広げた。
フウカ・ヤナギは魔女の息子だ。母は優れた魔法使いで、故郷を襲った魔獣を余裕で倒していた。
そんな母の遺伝子を継いでいるのだから、ヤナギにだって魔法使いの素質があるはずだ。ならば八年のブランクなど関係なく、望んだ魔法を放てる――
「喰らえぇぇぇ――――ッ‼」
決意の眦を向けて、森が震撼するほどの叫び声を上げた。
体内に眠る魔力を起こし、巡らせ、世界に顕現させる。
ヤナギの望む一撃。その至高の一発が、異世界回帰を証明するように振るわれ――
「……出ない」
シーン、と森が静まり返った。
広げた手に目を凝らして見ても、そこから何かが出てくる様子はない。なんなら、体に魔力が巡っている感覚もない。
異世界で初めての魔法は、期待外れに不発に終わった。
「これは、本格的にマズいのでは……っ」
自分がどれほどの危機に直面しているのか自覚した瞬間、ヤナギは頬を引き攣らせた。
額から冷や汗が零れて、迫った恐怖に生唾を飲み込む。
撤退、それを余儀なく選択させられれば、ヤナギは一歩足を退いた。
しかし、ギアースは容赦など微塵もみせない。
明らかに動揺し、抵抗する力を失った獲物が前にいれば捕食者は俄然勢いづく。
「マズッ⁉」
六本の脚を素早く動かし、充分な距離を詰めた瞬間、ギアースは勢いよく跳躍する。漆黒の巨体が宙を飛んだ光景に目を剥き、死を悟った体が畏怖に硬直してしまう。
殺られる。脳裏に死のイメージが強く描いた――その刹那だった。
「――ッ⁉」
空から無数の斬撃が降り注ぎ、それが瞬く間にギアースを粉微塵に刻む。
あまりに一瞬の出来事過ぎて、ヤナギの思考が停止すると、上から銀鈴の鈴のような声が聞こえた。
「――よくもまぁ、あんな鈍でギアースと戦おうと思ったわね。アナタは自殺志願者なのかしら」
「…………」
呆気取られるヤナギの前に、それはギアースの死骸を踏み台にして姿を見せた。
その氷のような冷ややかな言葉と共に地面に舞い降りたのは――蒼髪の少女だった。
―― Fin ――