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異世界回帰したら、もう一度キミを救えますか  作者: 結乃拓也
序章  異世界転移編
6/8

第5話  『 来訪せし漆黒 』

今話もよろしくお願いします。

 風歌夜凪は異世界転移者だ。そして、今日は地球に飛ばされて丁度八年後になる。

 十六歳から十七歳になった夜凪は、今日ようやく母との約束を果たす一歩を踏む。

 というのに、


「また呼び出しとは……先生、どんだけ俺の事が好きなんですか」


 放課後に女教師と二人っきり、というのは思春期かつヲタク気質な夜凪からすれば下心が働くシチュエーションだが、その呼び出した相手は終始不機嫌そうだ。


「変な妄想しないで。今日も貴方の進路を聞くためにこうして私の貴重な時間を割いてるの」

「はぁ。俺と先生のラブコメは始まらないのか」

「永遠に始まらないから安心しなさい」


 夜凪の軽口を適当に受け流して御子は机に紙を広げた。前回やった進路希望調査の紙だ。


「いい加減、真面目に進路を考えなさい。もう夏休みも近いのよ」

「今年の夏は先生と出掛けたかったなー」

「付き合ってないでしょ」

「好きです付き合ってください」

「大人を揶揄うのはやめなさい」


 伸ばした手をぺしっとはたかれて落胆すると、御子はやれやれとため息を溢す。


「アナタねぇ。本当に私のこと好きなの?」


 進路の話から逸れて、御子は頬杖をついて問いかけてきた。

 年下には興味ないと言っていなかったか、という思惑は置いて、夜凪はこくりと頷く。


「俺、普通に先生のこと好きですよ。美人ですし」


 素直に吐露すれば、御子が「そ、そう……」とほんのり頬を朱に染めた。こういう所が可愛いよなぁ、と胸中で呟きつつ、夜凪は続けた。


「先生と出会ってもう二年になりますけど、俺のこんな馬鹿げた話に呆れながらも付き合ってくれる人って初めてだったんですよ。葉久美さんと吉継さん以外じゃ」


 大抵の人は夜凪の話を子どもの法螺だと嘲り無視した。小学校の教師も、中学の教師も夜凪の話に耳を傾ける事はなかった。けれど御子だけは、こんな話に呆れながらも付き合ってくれた。だから夜凪は御子の事が好きだった。

 異世界回帰なんてなければ、本当に付き合いたいと思うくらいには、御子に惹かれていた。


「だからです。俺が先生にちょっかいだすのは。端的にいえば先生に構って欲しいのかもしれません」

「小学生かキミは」

「好きな人に振り向いてほしいならどんな手でも使うべきだと思ってます」

「はぁ。なら異世界回帰っていうのも私の気を惹くため?」

「あ、それは本気です」


 呆れた、と御子は肩を落とす。

 それから、御子は「なら」と紙を持ち上げると、


「その異世界回帰っていうのはいつ起こるのよ」

「――――」


 揶揄うように言った御子に、夜凪は顔を伏せる。


「夜凪くん?」


 唐突に黙り込んだ夜凪を、御子は怪訝に声を落とした。

 数秒経って俯いた顔を上げれば、夜凪は御子に微笑みを向けた。


「先生、今日俺、十七になったんですよ」

「知ってるわ。おめでとう」

「ありがとうございます」


 短めに言われて、夜凪は頭を下げる。


「それで、十七になった俺には、やるべき事があるんです」

「やるべき事?」


 夜凪の言葉を復唱する御子は怪訝に首を捻る。その御子に、夜凪は双眸を細めて訥々と語っていく。


「八歳の時。俺の故郷は魔獣によって滅ぼされました。同胞は焼かれ死に、そして魔獣に食われました」

「な、何言ってるの、夜凪くん」


 無理解に戸惑う御子。それに構わず夜凪は続ける。


「俺には唯一の幼馴染の女の子がいたんですけど、その子もどうなったか分かりません。あの夜、目が覚めた時にはもう辺り一面は真っ赤で、見慣れた光景はどこにもありませんでした」


 述懐しながら、夜凪はあの日の記憶を鮮明に蘇らせる。

 瞼に焼き付いて離れない、あの絶望の時間を。


「必死になって探し出した母様は、もう母様じゃありませんでした。自分の肉体を奪われていく母様は、残った意識で俺に託したんです。――魔女を救えと」

「――――」


 御子の瞳が大きく揺れる。息を飲むのは、語る夜凪の声音が穏やかでありながらも真剣だからだろう。

 御子にとっては作り物のような話で――夜凪にとっては現実だった。


「アナタは……何者なの?」


 訴えるような問いかけに、夜凪は真っ直ぐな瞳を向けて告げた。


「俺はフウカ・ヤナギ。魔女の子であり、異世界転移者です」


 告白すれば、御子は受け入れられない現実に直面したように頬を硬くする。

 また冗談といって呆れればいいのに、御子は真剣に受け止めようとしている。

 そんな彼女はやっぱり優しい人だと思うから、恋慕を抱かずにはいられない。

 けれどそんな感情を、夜凪は自らの手で殺した。

 約束の為に。

 帰る為に。

 全ては、母との約束。魔女を救う為に。

 覚悟が溢れるように強く拳を握り締めれば――


「――夜凪は、夜凪くんよ」

「――ぁ」


 淡い笑みを浮かべた御子が、夜凪の頬を撫でた。

 呆ける夜凪に、御子は穏やかな声音で語り掛ける。


「私は、やっぱりまだ異世界とか理解できない。だけど、アナタが何か抱え込んでいるのは分かったわ。その目を見れば、嘘なんか吐いてないって伝わる」


 優しく触れられて、その安寧に縋りたくなってしまう。


「やっぱ先生は優しいなぁ。本当に惚れそう」

「またそういうこと言うキミは」


 冗談だと、揶揄っていると思っていると御子は思っているが、夜凪にとっては本音だ。


「先生に出会えて良かったです、俺」

「なに今生の別れみたいに言ってるの。明日も会えるわよ」

「そうですね……そうだといいな」


 御子の笑みが、夜凪の覚悟に逡巡を生ませる。

 八年間。約束の為に生きてきた夜凪の心に芽生えた、恋という感情。

 もし、今日という日を何事もなく越える事ができたら、その時は本気で御子にこの恋慕を伝えようと――思ったその時だった。


「ホント、タイミング悪いな」

「どうかしたの?」


 口許を緩くした夜凪に、御子が眉根を寄せて顔を覗き込んで来る。

 頬を撫でる手を掴んで、そっと放せば、


「先生、ごめん。やっぱ俺、卒業できないみたいです」

「何を言って……」


 唖然とする御子。そして次の瞬間だった。


「――ッ⁉」


 突如、教室の真ん中に亀裂が走る。それは天井の壁ではなく、空間に作られた。


「なに、何が起きてるの⁉」


 現実から乖離した現象に目を剥く御子。そんな彼女とは対照的に、夜凪はひどく冷静だった。まるで、それが起こる事が予想していたかのように。

 対照的な反応をみせる二人に構わず、空間の亀裂は広がっていく。罅割れた破片がぱらぱらと落ちて、床に落ちず空中で消える。


「やっぱ今日だよな」

「夜凪くん。これって……」


 驚愕する御子が夜凪に説明を求めるような縋る声を上げて、夜凪はそれに応じる。


「どうやら迎えが来たみたいです。……行かないと」


 席を立ち、荷物を持って広がっていく空間の真下へ立つ。


「待って⁉ 本当に、アナタは異世界人なの⁉」

「ずっとそう言ってたじゃないですか」


 ガタリッ、と大きな音を立てて立ち上がった御子に、夜凪はいつものあどけない顔で言った。


「俺は九歳の頃に母に異世界転移させられて、それで地球に来たんです」

「それじゃあ、異世界回帰っていうのは本当に……」

「これは進路じゃなくて、初めから俺に定められていた運命なんですよ」


 にこり、と笑みを浮かべながら答えれば、御子はいやいやと首を横に振る。


「本当に、帰るの?」

「あれ、先生、もしかして俺との別れが惜しい感じですか?」

「当たり前でしょう!」


 おどけた風に問い掛ければ、しかし御子は必死の形相で叫んだ。

 目を見開けば、御子は今にも泣きそうな顔で、


「アナタは私の初めて担任になった生徒なのよ! 私の目標はクラスの全員を無事に卒業させること! ……なのにっ、どうして今消えようとするのよ⁉」

「それは……すいませんとしか言いようがないです。俺は使命を果たさなきゃならないんで」

「私と使命どっちが大事なの⁉」

「――――」


 その必死の問いかけに、夜凪は逡巡した。

 御子の夢を叶えてあげたい。そんな気持ちは当然ある。できればもっと御子と一緒にいたかったし、デートに誘ってみたかったりもした。

 でも、それは儚い幻想でしかない。


「使命です」

「――ッ‼」


 凛然とした目つきで告げれば、御子が息を飲む。


「俺には、どうしても果たさなきゃならない約束がある。無残に死んだ同胞の無念を晴らす義務がある。――大切な約束をした、女の子がいる」


 その全てを放り捨てて、御子と一緒にいたいとは望めない。

 だから、夜凪は帰るのだ。


「分かったわよ。もう帰るなりなんなり好きにすればいいじゃない」

「あはっ。拗ねた先生も可愛いなぁ」

「こんな時までバカなこと言うな。問題児」


 頬を伝った涙を払い、背中を向けた御子に夜凪は微笑を浮かべると、


「御子先生。本当に、短い時間だけどお世話になりました。この地球に来て先生に出会えたことが、俺の中じゃ一番の幸せかもしれないです」

「――――」


 御子は何も答えてはくれない。それでも良かった。


「もう二度とこっちには帰ってこれないかもしれないけど、先生との思い出は絶対に忘れません」

「――――」


 御子との楽しかった二年は、きっとあの世界で心の支えになってくれるから。


「それじゃあ、先生。さよう――」


 なら、と言いかけた声が途切れた。


「夜凪くん?」


 その異変を察した御子が再び振り向くも、夜凪の視線は彼女にではなく天井、空間の割れ目に注がれていた。


「どうかしたの?」

「しっ。静かにしてください」


 唇に手を当てて御子の声を封じれば、夜凪は耳朶に神経を研ぎ澄ます。

 パラパラ、と落ちる破片の音とは別に何か聞こえる。


「(この音、どこかで……)」


 聞き覚えのある音だった。

 キチキチ、と神経を逆撫でる不快な音。それは規則的ではなく不規則。何かを嚙み合わせた瞬間に発生する音は、昆虫特有の歯音に似ている。

 その音を出す存在に、夜凪は心当たりがあった。

 まさか、と思考が解答を弾きだすのとほぼ同時、空間は突如大きく爆ぜる。


「先生⁉」

「きゃ⁉」


 パリィン‼ とガラスが砕け散ったような壊音が教室に響いて、夜凪は咄嗟に御子を抱きしめて跳躍した。

 数秒宙に舞った体は床に叩きつけられると勢いのまま転がり、世界が揺れる。机の支柱が背中や肩にぶつかって吹き飛び、辺りは瞬く間に悲惨な現場へと変わっていく。

数メートルほど転がってようやく勢いが止まれば、夜凪は奥歯を噛みしめて起き上がった。


「まさか俺のお迎えにお前が来るなんてな……」


 それは、夜凪にとっては最も忌まわしき存在。

 赤い眼を血走らせ、漆黒の鎧を纏い、獲物を殺す為に鋭利な凶器を備える体躯。何よりも、飢えを訴えるような――キチキチと鳴らす不快な歯音。

 かつて、夜凪の故郷を滅ぼし、同胞を食ったそいつこそ、眼前の魔獣だった。

 その名は――


「ギアース‼」


 憎悪と怒りを露わにした声音が、夕日に赤く染まる教室に木霊する――。


 ―― Fin ――


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