第4話 『 誕生日を迎える前に 』
御子はヒロインの一人です。せんせー!!
本日の四限目は体育なので、ヤナギたちは外でサッカーをしていた。
「あ、せんせー」
「夜凪くん」
休憩中に渡り廊下にいた御子を見つけると、夜凪は手を振りながら駆け寄った。
夜凪の事を問題児だと認識している御子は顔を顰めつつも、
「授業はいいの?」
「大丈夫です。今は俺のチームの番じゃないので」
休憩中だし、それに体育の先生は今ミニゲームを見ている。少しくらい抜け出しても気づかれないだろう。
「先生は何やってるんですか?」
「見て分からない? 次の授業の準備よ」
「相変わらず大変ですね」
担任を請け負い、授業も複数担当している御子は新米教師だが多忙だ。そのうえ夜凪という問題児の面倒まで見ているので、いつか過労で倒れてしまわないか心配になる。
「そうだ。今日余分に弁当作って来たので、良かったら食べてください」
「嬉しいけど遠慮するわ。学生から何かをもらうなんて教師としての面子が立たないもの」
「でも昨日、俺の弁当物欲しそうな顔で見てきたじゃないですか」
指摘すれば御子はうっ、と呻いた。
「それは……たしかに夜凪くんのお弁当は美味しかったけど、だからといって子どもに弁当作ってもらうのは大人としてどうかと思うわ。親族でもあるまいし」
「まーまー、細かい事は気にしなくていいじゃないですか。味気ないコンビニ弁当よりも、誰かの手作りの方が心も満たされるってもんですよ」
「あなた本当に十六歳?」
「明日で十七になりますっ」
「知ってるわ。あなたの担任だもの」
勤勉な御子はクラスの生徒全員の誕生日を把握している。こういう真面目な部分は心底尊敬するし感嘆もする。
だから、夜凪なりに何か労いたかった。
「いつも頑張ってる人にはご褒美があっていいと思うんですよねー」
「それでどうして、あなたのお弁当がご褒美になるのよ?」
「知りません? 俺、過程かの調理実習じゃ取り合いになるくらいには料理上手いんですよ」
「あー、前にどこかで聞いたことがあるようなないような」
「そんな大人顔負け……もはやプロと言って遜色のない弁当が食べられるんですよ。これを褒美といわず何といいます⁉」
「自分で言うな」
御子にジト目を向けられるも気にしない。
「きちんと栄養バランスが考えられた弁当。しかも今日は日頃忙しい御子先生の為にスペシャルな弁当にしました! これがただで食べられるんですよ」
「うっ……」
深夜の通販番組みたいなノリだが、御子の大人としての矜持が揺れた。
「あーあー、いいのかな。そんな御子スペシャルを他の誰かにあげても。別に俺としては気にしませんけどねー。だって俺、普通に女子にモテますし、この弁当を女子にあげればさらに好感度が鰻登りになるだけだし。はぁ、仕方ない。御子先生の為に作ったけど、先生がいらないっていうならこれは他の人に……」
「分かったわよ! もらえばいいんでしょ食べればいんでしょ⁉」
しびれを切らしたように叫んだ御子に、夜凪は満足そうに微笑んだ。
「はい。食べてください。先生の為に早起きして作ったので」
「はぁ。なんでアナタは人への対応はしっかりしてるのに、一部は普通じゃないのかしらね」
「いやー。褒められると照れますね」
「褒めてないわよ⁉」
てっきり夜凪は特別な存在だと言ってくれる気がしたのでわりとショックだった。
それから重い息を吐けば、御子が問いかけてきた。
「ちなみにその弁当に何か変なものは入ってないわよね」
「惚れ薬は入ってませんよ」
「それを聞いて今物凄く食べたくなくなってきた……本当でしょうね?」
「もう、俺のこの目を見てください! 嘘なんか吐いてるように見えますか⁉」
ぐ、と顔を近づければ、御子がほんのりを頬を朱に染めて距離を取った。
「ちょ、近いわよ」
「あれ、もしかしてドキッとしました?」
「年下相手にする訳ないでしょ」
「先生は年上好きでしたか」
「そうね。どちらかといえば年上の男性が……て何を言わせるのよ」
自爆したのは御子のせいだと思ったが、それを指摘すれば耳を抓まれそうだったので今回は口を塞いでおいた。
「はぁ、本当に夜凪くんと話していると疲れるわ」
「俺は普通に会話してるだけですけど」
「アナタはもうちょっと自分を俯瞰しなさい」
先生らしくぴしゃりと注意してくる御子に、夜凪は「はーい」と生返事で返した。
そんな適当な夜凪に辟易としつつも、御子は淡い笑みを浮かべると、
「でも、アナタと話すと息抜き……とは言わないけど肩の力は抜けるわ。そこは感謝してる」
「俺いま先生にドキッとしました⁉」
夜凪と接している時の御子は眉間に皺を寄せることが多いので、こうした柔和な表情には不覚にも心臓の鼓動が高鳴ってしまった。
そんな夜凪に御子はふふ、と魔性の笑みを向けると、
「先生に惚れないようにね」
「あ、それは無いです。少なくとも今は」
「やっぱり生意気⁉」
「おっと危ない」
真顔で返せば御子が怒ってしまって、デコピンを食らわせようとしてくる。それを華麗に避ければ、御子は顔を真っ赤にして、
「んがぁぁぁぁ――――――――――――――ッ⁉」
と校舎に響くほど発狂したのだった。
―― Fin ――
メインヒロインたちの出番はまだまだ全然先です。それまで御子先生がちゃんと繋いでくれます。