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02:日常の過去と現在。

 俺がオルガ・フェドロフさまに仕え始めて二ヶ月ほどが経ち、俺はオルガさまの身の回りのお世話をすべて担っていた。


 その理由は簡単で、俺しかまともにオルガさまに近づくことができないからだ。


 俺が仕える前は、比較的呪いに耐性があった使用人がお世話をやっていたようだが、一日どころか一回ごとに交代しなければその使用人が持たなかったようだ。


 だが俺はそんなことを気にせずにオルガさまのお世話をできるから、その経費が浮いたとジョージさんが言っていた。


 さてさて、今日もお仕事頑張りますか。


「お嬢さま、イゴールです」


 お嬢さまの部屋の扉をノックしてそう声をかけた。すると少しして返事が返ってきた。


「遅い! 早く入りなさい!」

「はい、失礼します」


 お嬢さまのその怒号を聞いても普通に時間通りだから遅れているわけがないと思いながら、俺はお嬢さまの部屋に入る。


 部屋は外とは違いお嬢さまの呪いを溜め込みやすくなっており、部屋の外に出ないように結界が張られているから、すぐに俺は部屋の扉を閉める。


 そしてお嬢さまは天蓋付きのベッドで横になっており、俺はすぐさまお嬢さまのそばに立った。


「ご気分はいかがですか?」

「これがいいと思う? 最悪よ」

「それだけおしゃべりになられるのなら、大丈夫そうですね」

「どこを見てそう言っているのよ。お前の頭は腐っているの?」


 お嬢さまの表情を見て、今日の体調を見ることから俺の日課は始まる。


 お嬢さまは呪いのせいでまともに立って歩くことはできない。呪いの影響で、まだ体内の機能は正常に動いているが、手足は動かすことはできても手足としての機能は果たしてくれない。


 だから外に出る時もお嬢さまを車輪付きの椅子に乗せて押して行くしかなく、手足を動かせないから普通のお世話とは違い、介護に近しいものだ。


 まだ二年前まではお嬢さまでも動くことができていたようだが、それも呪いのせいで動けなくなったようだ。


「次、私が起きて一分以内に来なかったら斬首よ」

「それは無茶です。この部屋に寝泊まりしてもいいのなら、それは可能でしょうが」

「何よ、呪いで動けないことをいいことに私にいやらしいことをするつもりかしら? ようやく本性を出したわね?」

「はいはい、触りますよー」

「聞きなさいよ!」


 俺はお嬢さまが色々と言っていることを軽く無視してお嬢さまの腕に触れる。すると俺の手に呪いが侵食してくるが、お嬢さまと出会った時に耐性が付いているからそこは問題ない。


 なら何故俺がこうしているのか、それはお嬢さまを侵食している呪いの一部を、俺が触れている間に俺が引き受けているからだ。


「ご気分はいかがですか?」

「……悪くないわ」


 どうして俺が呪いを引き受けられるのかは分からないし、これは別の人でもできるのかも分からないが、これをやっていればお嬢さまの体調はすこぶる良くなる。


 不思議なことに、俺は呪いを引き受けているにもかかわらず俺の調子は悪くはならないから、こうして引き受けている。


「いかがですか? 腕の力は」

「……お前を殴れるくらいはできそうよ」

「それはそれは、怖い話ですね。できることなら殴らないでください」

「それは今後のお前の行動次第ね」


 そう会話している中で、お嬢さまは自身の腕で上半身を起こそうとしていた。体調が良くなると同時に、手足の力も段々と戻ってくるようになっている。


 だがまだ腕の力が弱かったのか、もう少しで起き上がれそうなところで急に腕の力が抜けて倒れそうになったから、俺はお嬢さまの背中に腕を回して支えた。


 ただ、そうやって手伝ったらお嬢さまに睨まれてしまった。


「邪魔をするな……!」

「お邪魔でしたか。それならばこれくらいのことは手早く済ませてください」

「お前……絶対に斬首にしてやるんだから……!」


 俺の煽りにお嬢さまは怖い顔をしている。そして俺はお嬢さまの背中をゆっくりとベッドに戻し、お嬢さまは再度上半身を起こそうと頑張る。


 俺はその間、また倒れそうになるのを支えるべくそばで見守ることにした。


 この日はお嬢さまが体を起こすことができなかったが、ペンを握ることはできた。だから朝の身支度を済ませ、朝食を俺に食べさせられている時はふてぶてしい態度で食べた。


 そして今まで勉強が滞っていた分を取り戻すべく、俺が講師としてお嬢さまの勉強を見た。これでも俺はバトラーとして主の身の回りのお世話を優先するために、アダモヴィッチ家の方針ですでに叩き込まれている。


「……お前に教えられるなんて、腹が立つ」

「それならば早く勉強を終わらせましょう」

「分かっているわよ!」


 どうやらお嬢さまは俺に何かをしてもらうのは本当にイヤらしい。そのくせ俺が離れようとするとどこか名残惜しそうな顔をする。矛盾している気がする。


 勉強を終えれば、車輪付きの椅子にお嬢さまが座って、その椅子を俺が押しながらお嬢さまと一緒に庭園の中を散歩するのも日課となっていた。


「あれ見て、あの呪い姫」

「あぁ、よくあの醜い姿で生きているわよね。怖い怖い」

「早く死ねばいいのに」


 だが、お嬢さまの呪いのせいで、使用人に陰口を叩かれている始末だった。しかも、それをお嬢さまの父親と母親が止めもしないことが原因の一つだった。


 この家ではお嬢さまの存在がタブーに近かった。


 フェドロフ公爵家はイワノフ王国の懐刀にもかかわらず、呪いを生まれ持った女が生まれ落ちてしまった。それは公爵家にとって家の名前に泥を塗るほどらしい。


 だがお嬢さまを始末した時に呪いがどう広がるか分からないということで、公爵家ではお嬢さまを必要最低限のお金しか出さない。しかも解呪師など生まれた時に一流の解呪師を呼んだ以降、呼んだことがないらしい。


「……ッ」


 陰口を言われてもお嬢さまは我慢するしかなかった。父親や母親に言ったとしても、何もしてくれることはなく、お嬢さまの頭がおかしいと言われるらしい。


「お嬢さま、あちらに参りましょうか」

「……えぇ」


 使用人があまり来ない庭園を選び、俺は車輪付きの椅子を押していく。


 この公爵家の庭園は何度来ても圧倒される美しさだと思いながら、俺は車輪付きの椅子を押す。だがお嬢さまはずっと下を向いたままだった。


「どうされましたか? どこか具合でも悪いのですか?」

「……いいえ、呪いの気分はいいわ。でも……いいえ、何でもないわ」


 いつにもなく沈んでいるお嬢さまは、何だか不気味に感じるな。とりあえず主のメンタルケアもバトラーの仕事だから庭園の見通しのいい場所で止まり、お嬢さまの前に膝をついて話しかけた。


「お嬢さま、何かあるのなら遠慮なくお話になってください」

「……何でもないって言っているわ」

「そのようなお顔をしているのに、何でもないわけがありませんよ。……バトラーの仕事は仕える主に寄り添い、仕える主のサポートをすることです。ですから何でもお話になってください。どんな些細なことでも構いません」


 俺は怒られるのを覚悟で、雰囲気でお嬢さまの手に触れてそう言った。俺の言葉を聞いたお嬢さまは、ためらいがちに口を開いた。


「……そう、それなら言ってあげる。お前は私のことをどう思っているの?」

「どう……好きとか嫌いとか、そういう話ですか?」

「そういう話だけど……ハァ、どうせお前も、こんな醜い姿をしている私のことをバカにしているのでしょう? ハッキリとそう言いなさい」


 何を言い出すのかと思えば、結構さっきの陰口を気にしていたのか。公爵家に生まれたというのに陰口を叩かれるだけ叩かれて、何もすることはできないのはストレスになるか。


「いいえ、お嬢さま。自分はお嬢さまのそのお姿を醜いとは、一時も思ったことはありません」

「ウソよ」

「ウソではありません。お嬢さまと出会ってからの二ヶ月間、自分がお嬢さまの言葉以外で嫌な顔をしましたか? 自分はアダモヴィッチ家の落ちこぼれとして生まれ、呪いにむしばまれたお嬢さまに仕えることになりました。ですがそれを貧乏くじだと思ったことは一度もありません。むしろ当たりくじです。お嬢さまはお美しく、この公爵家に相応しい気高さを持ち合わせております。そんなお嬢さまを醜いなど、死んでも思いません」


 俺は思っていることをお嬢さまの目を見て言った。こういう時は思っていることを言うのが一番だし、いつかは言おうとは思っていたことだ。


 落ちこぼれた者と呪われた者同士、と思ったことはない。俺はお嬢さまのことを事前に聞いて、お嬢さまに仕えたいと思ったから今ここでお嬢さまと一緒にいる。


「……本当に?」

「えぇ、本当です。ですからお嬢さまは自信を持って前を向いてください。そうすればきっと何も気にならなくなりますから」

「……そうかしら?」

「そうです。もし気になるというのなら、自分が何とかしますから。まぁ自分も力を持っていないので何かしようとすれば首になりかねないので、そこら辺はご了承ください」

「そう、それは困るわね。お前がいなくなれば、私は呪いで今すぐに死んでしまいそうになるわ」


 会話したことで、お嬢さまの顔色は良くなった。これからは色々と使用人がいないところとか、そういうのを気を付けながら散歩しないといけないなぁ。


 これも、お嬢さまが元気になりさえすれば、問題はあっという間に解決すると思う。


 そう思っている時もありましたね、はい。問題は解決したけど、オルガさまにとっては解決にはならないらしい。


「いっ……!」

「あらごめんなさい、そんなところに手があるなんて思ってなかったわ」


 オルガさまは割れたツボを片付けようとしてしゃがんでいる女性の使用人の手を踏みつけた。使用人は割れたツボが手に刺さりながらお嬢さまに手を踏まれているから痛そうな顔をしている。


「さぁ、早く片付けなさいよ」

「ッ、お足を、引いていただいてもよろしいですか?」

「いやよ、私はここに足を置きたい気分なのよ。それに主に向かって命令しているの? 恥を知りなさい!」


 うわぁ、お嬢さまは自分で割ったツボを片付けさせようとしているのにこう言っているのだ。


「ハァ……お前が割ったツボを片付けない、主に命令をする、本当に公爵家で働いている使用人なのかしら?」

「ッ⁉ こ、このツボを割ったのはお嬢さまではありませんか!」

「はぁ⁉ お前は本当に腐っているわね。自分で割ったツボを、主のせいにするなんて……死にたいの?」

「ひぃ……!」


 お嬢さまの鋭い視線に使用人は怯えた声を上げた。


 本当にやっていることが普通に悪人のそれだが、お嬢さまの味方をするとすれば、この女性使用人はお嬢さまが呪いで動けない時にお嬢さまの陰口を言ったり、お嬢さまの私物を盗って売ったりしていたから、まぁ総合的に見ればこの使用人が悪い。


「でもいいわ、私は優しいから私の命令を素直に聞けば許してあげる。どう? 聞く?」

「……聞かせてください」


 死ぬか生きるかの選択を強いられれば聞くしかないよな。たぶん、というよりは普通にやべぇ命令なのはまず間違いない。


「今すぐに服を脱ぎなさい。そして一年間全裸で仕事をすれば許してあげるわ」

「なっ……! そ、そんなことできるわけありませんよ!」

「それなら今すぐに死になさい。今なら自殺で許してあげるわ」

「……で、できません……!」

「あれもできない、これもできない、あなたは何をふざけたことを言っているのかしら?」


 お嬢さまはそれはとてもとても冷たい眼差しで使用人の方を見ていた。オルガさまはやられたことをとても根に持つタイプだからこれくらいは当たり前か。


「お嬢さま、もう少しでご来訪の時間かと」

「……あんな女、別に対応しなくていいじゃない。しかもあいつの目的はイゴールでしょ?」

「ですが、お嬢さまに借りがあることが原因では?」

「ハァ……分かったわよ」


 このままでは使用人を本当に殺しかねないと思った俺は、お嬢さまにそう言って使用人への罰を一旦止めることに成功した。


「今は許してあげるわ。でも、次に会った時にはちゃんと選べるようにしておきなさい。選ばなければすぐにその首をはねてあげる」


 使用人にそう言ったお嬢さまは歩き始めた。俺はお嬢さまに手を引かれてお嬢さまの横を歩きながら、使用人の手の傷を治した。


 これは別に使用人を気遣っているわけではなく、お嬢さまがしたことを隠蔽しただけだ。傷が残っていたとしても、そんなことで今のお嬢さまがどうこうできるわけがない。


 そもそも使用人が過去に行なった悪事はすべてこちらが握っているのだから、いざとなればお嬢さまがあの使用人を奴隷にすることだって可能だ。


 お嬢さまの呪いを解呪してから、お嬢さまはやられたことを数倍どころか数十倍にして相手に返していき、これからも終わるまでお嬢さまは返していく。


 だが俺はそれを止めず、それを見守ることにしている。それが彼ら彼女らの罪だから。

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