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01:出会いと現在。

 世界で二番目に大きく、国力は一、二を争うレベルのイワノフ王国の懐刀と言われているフェドロフ公爵家には、見た者の精神をむしばみ、触れた者を発狂させ、前世で何をすれば一流の解呪師であろうとも解呪できない呪いを持った令嬢がいた。


 その呪いは呪いを受けている令嬢にも影響を与え、生まれた時から比べると異常なほどに膨れ上がっている呪いは、あと数年も生きられないと診断された。


 そんな令嬢の元に、八歳になった俺は今日からバトラーとして仕えることとなった。


 地位だけを見れば、公爵の、それも長女として生まれた令嬢の執事となれば、それはそれは優秀な人物でなければならない。


 だが俺はそんな優秀な人物ではない。彼女には呪いがあるから誰も彼女の執事になろうとはしなかった。


「心の準備はよろしいですか?」

「まぁ、準備がなくても行かないといけないので大丈夫です」


 俺の前には、七十はとうに過ぎているご老体のくせに、その佇まいや雰囲気に誰もが圧巻されるフェドロフ家のスチュワード、ジョージさんが振り返ってそう確認してきた。


「今後、一生仕えるかもしれない主を前に、その心意気はどういうことですか?」

「……すみません」

「謝罪を求めているわけではありません。心意気を聞いているのです」

「大丈夫です、自分は自分ができること、やるべきことをこなして見せます」

「今回はそれで良しとしましょう。さぁ行きましょう、お嬢さまがお待ちです」


 適当なことを言ったからジョージさんに釘を刺されてしまったから俺は少しだけ反省をしつつ、ジョージさんの後に続く。


 俺とジョージさんが足を踏み入れた場所は、フェドロフ家ご自慢の庭園の一つで、フェドロフ家に訪れた貴族たちがこれを見て感嘆の声を上げるほどのものらしい。


 その庭園を少し歩いて行くと、美しい花々に囲まれた場所に車輪が付いた椅子に座っている、俺と同じ年である八歳の女の子がそこにいた。


 母親譲りの腰まである金色の長い髪をなびかせ、父親譲りの緑の瞳は最初から期待などせず失望の感情しか伺えなかった。


 そんな彼女、オルガ・フェドロフさまの肌は呪いのせいで黒くなっており、もはや元々の白い肌が一部分しかないほどに呪いがお嬢さまの体を侵食していた。


 それ以上に、お嬢さまに近づくにつれて息苦しさや吐き気を感じるほどの呪いの濃度が酷くなっていた。


 だがここで弱音を吐けば俺の立場はなくなるから、無理をしてでも平静を保ちながらお嬢さまの前にジョージさんと立つ。


「……大人がダメだったから、今度は子供? 子供ができるのなら大人でもできるでしょうに」


 俺の方をチラリと見て、ジョージさんにそう嫌味たらしくそう言った。だがジョージさんはそんなことなど気にせずに口を開いた。


「オルガお嬢さま、こちらが今日からお嬢さまに仕えることとなったイゴール・V・アダモヴィッチでございます。イゴール」

「はい」


 ジョージさんがそう促したことで、俺は一歩前に出てお嬢さまの前で膝をついた。


「自分はアダモヴィッチ家の長男として生を受けたイゴールと申します。今日から――」

「フン、お前のことなんかどうでもいいわ。どうせお前は他の奴らと一緒で、私の姿を見てあろうことか吐きそうな顔をしたり、この呪いに当てられて気絶したり、発狂したりするんでしょう? ほら、この今すぐに斬り落としたい禍々しい手に触れてみなさい。一分触れていられれば、お前を私のバトラーとして認めてあげる。一分以内に手を放せばお前を斬首にするわ」


 俺の言葉を遮ってお嬢さまはそう言葉を並べてきた。ついでに俺のことを人とも思っていないような視線も合わせて。


「ほら、早く触りなさい。触らなくても斬首よ」


 まさか顔を合わせて早々に死と隣り合わせになるとは思っていなかったなぁ……。まぁだがこの呪いの場にも慣れたところだから大丈夫だろう。


「では、失礼します」


 俺はそう一言お嬢さまに言って、手が触れれる程度に近づいてお嬢さまの黒い手に触れた。


「ッ……!」


 なるほど、これはとんでもなく恐ろしい呪いだな。触れただけなのにその呪いが俺の体を侵食しようとしてくる。実際に、お嬢さまの柔らかい手に触れている俺の手が、呪いによって黒くなってきていた。


「ほら、気を付けなさい。手を放したら首が飛ぶわよ?」


 呪いが侵食してきたことで、少しだけ苦痛の表情を浮かべてしまったのがバレたのか、お嬢さまが挑発するようにそう言ってきた。


 だが段々とその呪いにも慣れてきたのか、俺の体に侵食してきている呪いはお嬢さまの手に触れている場所しか黒くなっていないし、何より平気になってきた。


「……お嬢さまの御手、とても柔らかくてお綺麗ですね」


 十秒くらいで平気になった俺は、どうせ許可されているんだからお嬢さまの手をにぎにぎして、素直に感想を述べた。


 俺の言葉にお嬢さまの反応がなかったから怒らせてしまったのかと思って顔を上げると、そこにはお嬢さまのひどく驚いた表情があった。


「どうしましたか?」

「……お前、私の手に触れて平気なの?」

「えっ? あぁ、まぁ、自分はアダモヴィッチ家に生まれたにもかかわらず武術の才がありませんでしたが、その代わりに魔法や呪いに対しての耐性を持って生まれました。そのおかげでお嬢さまの呪いにも慣れました」

「慣れたって……そう、お前もこちら側だったのね」

「こちら側?」


 何をもってこちら側と言っているのかが分からなかったから言葉を繰り返したが、それにお嬢さまが答えることはなかった。


 その代わり、お嬢さまは別の話を口にした。


「……私は、物心ついてからお母さまやお父さまに触れてもらったことはない。いや、お母さまやお父さまどころか、手を握って褒めてくれた人はお前以外にいなかったわ。……そう、人の手はこんなにも温かいのね」

「まぁ生きてますからね」

「どう? 私の手は温かい?」

「もちろんです。温かくて、柔らかくて、細くて、綺麗な御手です」

「ウソよ、私が私の手を触った時は温かくなかったわ」

「そんなウソをついても自分にメリットはありませんよ。それよりも、もう一分経ちましたね」

「あっ……」


 俺がキッチリ一分数えていたことで、俺はお嬢さまの手を放した。俺が手を放したことで、お嬢さまは名残惜しそうに俺の手を見ていた。


「これで自分のことをバトラーとして認めてくださいましたか?」

「……まだよ、まだ手を握っていないとその腕を置いて行ってもらうわ」

「……はい」


 お嬢さまにそう脅され、否、お願いされて俺はお嬢さまの手に触れた。


 これがお嬢さまと俺のファーストコンタクト。


「まさかな……」


 その六年後には、まさか俺とお嬢さまが裸で同じベッドで寝ていることになるとは思ってもみなかった。


 オルガさまのバトラーに任命された当時の俺としては、呪いのことがあっても俺ができることを一生懸命やって、お嬢さまが数年の命であっても関係ないと思っていた。


 それが、まさかそれがこの展開になるとは、全く思っていなかった。


「んっ……」


 俺の腕を枕にしてぐっすりと眠っているお嬢さまの体は、俺と出会った時の呪いで肌が黒くなっていることもなかった。


 美しい肌に、女性すらも見惚れる神がかっている体は、六年前の呪いなどウソのようなものだった。


 そんな美乳を見ていて、俺は男の本能として触りたくなったから下から美乳を優しく包み込むように触れ、我慢できなくなったからほんの少しだけ揉むことにした。


「まだ、やり足りないの?」

「ッ⁉」


 究極の感触を堪能していると、目の前からその声が聞こえたことで俺はすぐさま手を引こうとしたが、声の主によってそれを止められた。


「いいのよ、触っていて。別に怒っているわけじゃないんだから」

「あっ、はい、それじゃあ遠慮なく……」


 最初に出会った時に見た、何もかもに絶望しているそんな瞳は今のオルガさまにはなかった。今のオルガさまは俺のことを優しい瞳で、美乳を揉んでいる俺を見ていた。


「さっきイゴールが『まさかな……』って言っていたけど、何がまさかなのかしら?」

「起きておられたのですか?」

「ちょうど一緒のタイミングで起きたのよ。それでどうなの?」

「ちょっと、懐かしい夢を見ていたんですよ」

「どんな夢?」

「オルガさまと出会った時の夢です」

「あぁ……私もよく覚えているわ。あの時のイゴールの手の感触は、私は一生忘れられないわ」


 俺がお胸さまを触っていても、お嬢さまは気にせずに当時のことを思い出して懐かしいと言った表情をしていた。


 これはあれか、俺がお胸さまを触るのが下手だということを言っているのか。暗にお前とはもうやらない、もっと顔がいい奴とかテクニシャンとやるとか、そういうことですか。


 あーあー、そうですかー。


「もしかして、私が気持ち良くないと思ってるのかしら?」

「違うんですか?」


 俺が少し不貞腐れた顔をしていたのか、お嬢さまはそう言ってきたから、素直に答えた。


「ふふっ、そんなことないわよ。今こうして触られているだけで気持ちいいわよ? 胸だけじゃなくて、イゴールが私の体に触れているだけで、私は幸せな気持ちになる。それを顔に出していないだけで十分に気持ちいいし幸せよ?」

「ふーん……そうですか……」

「今、嬉しい気持ちになったでしょ」

「いいえ、全く」

「顔に書いてあるわよ」

「自分は完璧な無表情ですから、そんなことはあり得ません」

「そんなことないわ。だってイゴールって、大抵のことは顔に書いてあるもの。昨日の夜のことだって、イヤそうだったわよ」

「……そのようですね」


 お嬢さまとこうして会話していようとは、本当に思わなかったな。


 それ以上に俺の誤算と言えば、お嬢さまが俺のことをとてもよく分かっている点だ。俺がお嬢さまを知るよりもずっと知っているからとてもじゃないが隠し事ができないのが難点だ。

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