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芽室:追試勉強

 職員室で担任から追試と補習の話を聞いた芽室めむろは、どうやってその事実を親友に伝えるか悩んでいた。追試や補習の話などは普通、HRほーむるーむの時間にしそうなものだが、2組はシンクタンク予備軍と言われるぐらいにみな成績が良かったので、先生も油断して言い忘れたようだった。補習の説明をするときは、本当に申し訳なさそうにしていた。

 ――絶対に激怒する。

 親友の神崎こうさきには、中間の時にも勉強をみてもらい、5教科だけだったとはいえギリギリで赤点を免れていた。

 しかし今回は、いくら部でごたごたがあったからと言っても、8教科中5教科が赤点である。ヘタをすると見放され、夏休み中補習を受けなければならないかもしれない。それだけはなんとか避けたかった。

「お帰り。先生の話ってなんだったの?」

 答えを出す前に、すぐ後ろの席の神崎が、顔を合わせるなりストレートに聞いてきた。

「赤点の分、追試受けろって…」

「まあそんなところだろうね。で、追試にも落ちたらどうなるって?」

 核心を突かれた気分で、芽室はがくりと椅子に座り込んだ。

「…夏休みに補習」

「何日?」

「――1教科につき10日」

「うわっ、先生も大変だねぇ。下手したら50日も補習しなきゃじゃん」

 神崎は怒ることなく他人事のように驚いている。確かに、まごうことなく他人事なのだが。これは激怒されるより不味い。

「神崎、助けてくれ!」

「無理だよ」

 腕を掴んで縋りついてきた友人の願いを、神崎はすげ無く断った。いつもは口は悪くてもなんだかんだ面倒見のよい親友の冷たい言葉に、芽室は泣きそうになった。

「神崎ぃ…反省してるからぁ。見捨てないでくれー」

「そうじゃなくて、僕も用事があるんだよ」

 神崎の腕に顔を押し付けていた芽室は、その言葉に顔を上げた。

「用事?」

「そう。できる限りの協力はしてあげるけど、直接教えるのは無理だから、だいさんに頼んでよ」

 だいさんこと代田しろたは学年主席の秀才だ。頭だけでなく人も良いので、頼めば教師役を引き受けてくれるかもしれない。

「お前は相手してくれないの?」

「何情けない顔してるのさ。問題ぐらいなら作ってあげるから、見張りがいなくても真剣にやりなよ。僕だって夏休み一緒に遊びたいんだからさ」

 神崎は呆れた顔をしながらも、芽室のやる気が出るような言葉をくれた。


 部活後、着替えを終えた芽室は急いで美術室へ向かった。

 代田からはすでに教師役の承諾を得ている。芽室と神崎二人に頼まれて、断れなかったとも言える。

 自分のテリトリーじゃないだけに、芽室はちょっと遠慮して扉を開けてみた。と、意外にも中にはまだ数人の生徒が残っていた。扉が開いたことなど一向に気にせず、各々自分の作品に余念無く取り組んでいる。文化部は楽だとばかり思っていた芽室は、見方を改めた。

 左から右へと視線を一巡させてみたが、捜している人間の姿は認められなかった。

(あれぇ? っかしいな)

 もう一巡り今度右から左へ見渡すが、やっぱりいない。待ち合わせ時間も場所も間違いないのだが。準備室から声が聞こえたので、芽室はもしかしたらと思い足を向けた。戸口に立った女生徒の後ろから準備室を覗く。女生徒は油絵でもしていたらしく、絵の具でカラフルに染まったエプロンを付けていた。

四条しじょう、そろそろ片づけないともう遅いよ」

 友達の声に、中で男子生徒と談笑していた女子生徒が顔を向ける。時間を確認して驚きの声を上げると、準備室を出ていった。静かになった準備室を見回すが、やはりここにも代田の姿はなかった。

 約束を間違えたのかと疑問に思いながら首を引っ込めようとした時、中から思わぬ声がかかった。

「芽室、誰捜してんだ?」

 さっきまで女子生徒と話していた、三年生らしき男子生徒である。もやしというよりごぼうを連想させる、ひょろりと長い体格。名前を呼ばれたということは知り合いだろうが、心当たりがない。どこかで見た気もするが思い出せなかった。自然、訝しげな顔になる。

「──代田だけど」

「ああ、シロか。なんか先生に呼ばれて出てったぜ」

(シロって、犬かよ)

「彼奴に何か用か?」

「まあ、ちょっと」

「随分大人しいな。聞いてた話と違うじゃないか」

「え?」

山鹿やまがといる時とか、何回か会ったことあるんだけど覚えてねーかな、自己紹介もしてないし。武蔵むさし闘雄たけお、3年7組31番。よろしくな」

 はきはきと自己紹介し、愛想良く手を差し出す。その名前に芽室の思考は硬直した。直感がこの人物に関わるなと訴えている。

「──ヨロシク。じゃあ俺はこれで」

 素早く握手をし終え、踵を返したが、やにわに腕を掴まれ準備室の中に引き込まれた。

「何すんだよッ!」

 非難の声を上げると同時に、後ろを美術部員達が通り過ぎた。

「悪い悪い。シロだったらもうしばらくすりゃ戻ってくると思うから、少し相手しろよ」

 人待ちをしている身では嫌とも言えず、芽室はしぶしぶ闘雄の横に立った。後ろの棚に背を預ける。

「駆流とコンビ組んでるんだって?」

「まあね」

「部長の命令は絶対だか知らないけど、苦手な奴とでも我慢して組まなきゃならないなんて面倒臭い部だよなぁ」

 不意を付かれて真顔で見返す。驚いた様子の芽室に闘雄はにやっと笑った。

「なんだ、隠してるのか?」

「別に隠してねーけど…」

 手玉に取られてムッとしながら答える。隠してはいないが、ハッキリ口にしたこともなかったのだが。

「俺も苦手だったからなんとなく分かるんだよ、そーいうの」

「苦手って、兄弟なのに?」

「兄弟っても色々あるんだよ」

 闘雄は笑って軽くそう言った。意味ありげな台詞は気になったが、他人の家庭事情を聞きただすことになりそうだったのでそれ以上は聞かなかった。

「お前さ、彼奴がいなくなった方がいいか?」

「──どういう意味だよ?」

「苦手なんだろ。彼奴が部活辞めた方が居心地いいかってことだ」

 何故闘雄がそんなことを訊いてくるのかわからなかった。けれどそう言われて初めて、今まで一度もそれを考えなかったことに気がづいた。自分の心境に驚きながらも、芽室は素直に答えた。

「考えたことねぇ」

「ホントかよ?」

「本当だけど。大体今でさえ四人しかいないのに、三人になっちまったら先輩からの風当たりが益々強くなって困るっての」

「ははは、確かに困るな」

 闘雄が朗らかに笑ったところで、代田が準備室に現れた。

「芽室。すいません、ちょっと先生に呼ばれて」

「いいっていいって、気にすんなよ」

 手を振った芽室の横で、闘雄が軽く手を上げて後輩に声を掛ける。代田の顔が微妙に引きつった。

「武蔵先輩…また遊びにいらしてたんですか」

「居心地いいんだよここ。冷蔵庫の中にちゃんと食料が入ってりゃ住み着きたいぐらいだぜ。冷暖房完備だしな」

「美術部員じゃねーの?」

 二人の会話に芽室が疑問を挟む。

「元、美術部員なんだ。今は何部だと思うー?」

「さあ、ESSとか?」

「惜しい、でも外れ」

「茶華道部なんですよ」

「シロぉ、ばらすなよ。つまらないだろ」

「先輩。犬みたいに呼ぶのはやめてください…」

「ところで用事ってなんなんだ?」

 闘雄は代田の訴えを綺麗に無視して、芽室に向き直った。

「追試に向けての個人レッスン受けんの」

 突っ慳貪に答える。誰に言っても気分の良くない話題だ。

「お前、そんなにテストの結果悪かったのか? 頭良さそうには冗談にも見えないけど」

「悪びれない顔して言ってくれっじゃん」

「追試って何受けるんだ?」

「理科と社会と英語。美術と保健体育もだけど」

 その一言に、闘雄の表情が凍りついた。

「ええー!!? マジかよ?!!

お前、そりゃちょっときつすぎるぞ…。夏休みないじゃねぇか」

「だからせめて三教科ぐらいは合格点取りたいと思ってんだろ」

「お前、もしかして補習日数の算出方法知らないのか?」

 闘雄が哀れみの顔を浮かべる。

「何?」

「あのな、補習日数って追試教科数×10日なんだぞ?」

「知ってるけど?」

 だから何だと答えた芽室に、闘雄は大きくため息をついた。

「わかってねぇなー。『追試落第教科数』じゃなくて、『追試教科数』だ。この違いわかるか?」

「…え?」

 闘雄の言わんとしていることはなんとなくわかった。けれどあまりに不吉過ぎるその発言に、脳が完全に理解することを拒む。暫し思考が停止した。

 余計なことに、代田が補足説明のように尋ねる。

「それって、一教科でも落としたら問答無用で50日補習ってことですか?」

「まあそーいうことだ」

「そ、そんなッ──そんなのどうやったって無理じゃんか!」

 青くなって叫ぶ芽室に、闘雄は目をそらした。代田がずれてもいない眼鏡を直す。

「でもまぁ、自業自得ってことだろ?」

「うッ」

 芽室は言葉に詰まった。正鵠を射られてはぐうの音も出ない。

「きっとなんとかなりますよ」

 代田の無理のある笑顔に、芽室は肩を落とした。

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