(1)
(こわい! たすけて!)
闇に包まれた森の中、一人の小さな子供が拙い足で逃げる。その後ろから闇の中で赤く光る2つ光が猛スピードで迫ってくる。
「ゴガァァァァァァァァァァッ!」
「うわっ!」
恐ろしい声が聞こえ、子供は思わず振り向いたため何かに躓き転ぶ。
起き上がろうとしたときには、迫ってきていた二つの赤い光の主に追いつかれる。
光の正体は、熊のような身体でワニのようなトカゲのような頭をした大型のモンスターの目だった。
モンスターは口を大きく開き、かぶりつこうと子供に突っ込んでくる。
(ちちうえ、ははうえ……)
その瞬間、突如モンスターが子供の視界から消える。
「ジャイアント・アルクールサウローとは、珍しいな」
声のしたほうを見ると、右手に剣を携えた青年(?)が子供のいるほうへ歩いて来る。
「すぐ終わらせるから、そこを動くなよ」
そう言いながら青年はモンスターに向かって走り出す。
モンスターは右腕を挙げ、青年に向かって振り下ろそうとする。
その前に青年(?)の持つ剣が光り出し、走る速度が加速し、一瞬でモンスターを通り越す。
青年(?)の動きが止まった瞬間、モンスターは体から血を吹き出しながら倒れた。
青年(?)は、剣を一振りして鞘に納め、子供に近づく。
「大丈夫か、坊主?」
「はい、だいじょうぶです。たすけていただき、ありがとうございます」
「一人でこんな所に来たのか?」
子供が着ている服は上等なもので、平民が着れるものには見えない。
また、小さな子供とは思えないほど、しっかりとした受け答え。
「いえ。ちちとははとごえいのひとたちとです」
「(貴族か……)坊主、名前は?」
「タカト・ヴァン・スタンレーといいます」
「タカトか。何歳だ?」
「2さいです」
タカトの受け答えはとても2歳児の受け答えとは思えないほどしっかりしている。
青年(?)は、タカトの受け答えと名前に『ヴァン』が入っていることから、タカトが貴族であることを確信する。
貴族と話すことが久しぶりだった青年(?)は、どうするか考えながら、なぜこの森に一人でいた経緯を聞いた。
タカトは両親の仕事の都合で出かけていた。
馬車でこの森の外れの街道を馬車で通っていたとき、山賊に襲撃された。山賊たちは大勢いたようだが、護衛のほうが圧倒的強く、山賊の半数をすぐに片したため、山賊たちが逃げようとしたその時、今度は狼系のモンスターの大群が山賊ごと襲ってきた。
タカトは馬車が破壊される直前、母親に抱えて馬車を飛び出たため無事だったが、戦況が厳しかったようで、タカトを少し離れた木の陰に身を潜めさせ、母親も参戦する。
そこへ戦線を外れたジャイアント・アルクールサウローがタカトの存在に気付き、襲ってきたため、無我夢中でここまで逃げてきたのだった。
(この森はジャイアント・アルクールサウローの生息域ではない。それなのに大群で襲われた……)
状況の不自然さに作為的なものを感じた青年は、索敵スキル広範囲を索敵する。
「事情はわかった。急いで君の両親の元へ行こう」
そういうと、青年はタカトを左脇に抱え、走り出す。
(は、はやいーーーーー!!!!!)
青年の走るスピードがとんでもなく速く、タカトは目を回す。
青年は迷うことなく最短距離をほぼ一直線に走っていく。一分ほどで足を止め、見えた光景は凄惨なものだった。
(ジャイアント・アルクールサウローの死骸が、ざっと見ただけでも百体以上。薄汚い服装の死体は山賊だな。騎士の死体もある)
街道は跡形もなく、街道脇の木々はバッサリなくなり、直径二百メートルほどの荒れ地ができていた。荒れ地は辺り一面が血の海となっていて、騎士や山賊の死体、狼系モンスターのスライウルフやジャイアント・アルクールサウローの死骸がそこかしこに横たわっていた。
そんな中、雰囲気が明らかに違う死体と死体や地面などにある不自然な爪跡、スレイウルフやジャイアント・アルクールサウローとは違うモンスターの体の一部があった。
(この死体、どう見ても騎士や山賊、貴族の死体じゃないな。それにこの痕とは……)
明らかに違う死体の装備は、裏工作や暗殺など汚れ仕事を行う者たちのものと同じだった。
この暗殺者たちは切り傷しかないことから、どう見ても暗殺行為が行なわれていた。
「ちちうえ! ははうえ! どこですか?」
タカトの両親はこの場にいないようで、タカトは死体の中を懸命に探している。
「――――」
微かに声が聞こえ、声のしたほうへタカトは走り出す。青年もその後を追う。
荒れ地の中心部に一組の男女が剣を背にして座っていた。
「ちちうえ! ははうえ! だいじょうぶですか!?」
「タカト……無事だったか……」
「―――ケガは、ない?」
「ぼくはだいじょうぶです! この人が助けてくれました!」
「そう、良かった……」
「……私たちの息子を……助けていただき……ありがとう……ございます……」
「いえ、たまたま居合わせただけですので」
父親は、左腕と右足が欠損し、腹部から大量出血している状態。タカトの母親は、一見擦過傷だけのように見えるが、魔力回路の破壊による大量吐血が見られ、全ての魔力回路が断裂した状態で、医師や治癒魔法の使い手がいても既に手遅れだった。
二人もわかっていたようで、
「……父さんたちは……もう無理そうだ……」
「そんな!?」
二人はタカトに最期の言葉を伝える。
「……だから……タカト……父さんと母さんがこれから言うことを……忘れずに……守るんだ……」
「……タカト……大切なものを……見つけなさい……。そして……幸せになるのよ……これをあげるわ……」
そう言って母親は薬指にしていた指輪を首から下げていたペンダントに通し、タカトの首にかける。
「……タカト……強くなれ……大切なものを……守れるくらい……。父さんからは……これを……渡す……」
父親は右手に握っていたものをタカトの手に渡す。
渡されたものは指輪と鍵で、指輪には紋章のようなものが彫られている。
「……それと……アンガー侯爵家には……気をつけろ……。いいか……今言ったこと……必ず……守るんだ……」
「はい。必ず守ります!」
タカトは泣きながら二人の手を握り、頷く。
そして二人は青年に向かって、「……息子を……お願いします……。――様……」
(!!)
そう言い終わると、目を瞑り、二人の手が力なくタカトの手からすり落ちた。
「ちちうえ! ははうえ!」
二人は永遠の眠りにつき、聞こえるのはタカトの鳴き声だけとなった。