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 エドアルド・ベルミトン。わたしと共に母に捨てられ、生贄のように捧げられたベルミトン家の長男である。亜麻色の髪と翡翠の瞳はわたしと同じく母方譲りらしく、ベルミトン家にはない色合いだけれど、彼は男であったというそれだけで父公爵から一目置かれていた。

 公爵家の跡取りとして父の傍で学ぶことが山とあったのもあるだろう。幼いころからエドアルドは父と義母に挟まれたユーリフェリアの傍らにいた。まるでお人形のように愛らしいユーリフェリアと、男の身でありながら傾国の美人と噂されるエドアルドは2人並び立つとそれこそ絵画のように美しかった。それを微笑ましそうに見つめる父母を入れれば、それこそ絵物語のような光景だった。

 わたしからすれば口を開けば嫌味ばかりで、その翡翠の瞳も絶対零度の冷血漢だと思っているけれど、愛らしいユーリフェリアにかかればその氷も溶けるらしい。「お兄さま、お兄さま」と、ユーリフェリアはエドアルドの後ろをついて歩くことが多かった。



「お姉さまもありがとうございます。お祝いしてくださって、とってもうれしい」


 頬を薔薇色に染めてユーリフェリアが微笑む。わたしは「ええ」と視線を下げる。


「お父さまもお仕事から戻ってきてくださって、家族が全員そろったんです。とってもすてきな誕生日だわ」


「公爵はお忙しいからね」


「わたくしも無理なさらないでほしかったのだけれど。でもやっぱりうれしいわ。せっかくのお誕生日ですもの」


 ユーリフェリアは幸せそうに微笑んだ。


 父は最近賜った北の領地の視察に行っていたけれど、ユーリフェリアの誕生パーティーに合わせて屋敷に戻ってきていた。2日ほど前のことだ。お土産にと両手いっぱいの花束をもって現れた父にユーリフェリアは「まるで王子様みたい!」と大はしゃぎだった。そのひと月前にあったわたしの誕生日には、祝う誕生カードすら届かなかったけれど。


 父はユーリフェリアを溺愛している。それと同時にわたしのことはあまり好きではない。いや、正確にいうなら無関心なのだ。誕生日もわざと送らなかったわけではなく、忘れていたのだ。単純に興味のないことだったから。


 幼い頃から、わたしへの興味が薄い父親だった。エドアルドに対しては厳しい父だったけれど、それは後継ぎとなる男児だからだと、わたしはユーリフェリアがくるまで思っていた。子どもが苦手なのだと。事実わたしとエドアルドに接するときは常に眉を寄せ、難しい顔をしていた。子どもが苦手で接し方がわからないのだと、それだけだと思っていた。

 けれど、ユーリフェリアが来てからそうではなかったのだと思い知らされた。


 ユーリフェリアが風邪をひけば義母と共にそのベッドの傍らに寄り添った。

 天気のいい休みの日には庭で一緒にお茶を飲み、遠出が続き家に戻れないときにはご機嫌取りのお土産があった。

 ユーリフェリアの可愛らしい悪戯が度を過ぎれば叱ったし、学園で優秀な成績をおさめれば頭を撫でて褒めた。


 そのどれもがわたしのものにはならなかった愛情だった。


 風邪をひいて寝込んでいるときにわたしの傍らに父がいたことはないし、王子妃教育としてどれだけ努力をしようと頭を撫でられたこともない。咎められたことはあるけれど、叱られたこともなかった。


 「もっとユーリフェリアに優しくできないのか」


 それが父の口癖だった。


 「一緒に遊びましょう」と部屋を訪ねたユーリフェリアを勉強があるからと追い返した。それがいけなかったらしい。

 だって未来の国母となるためにしっかりと勉学に励めとそういったのは父だったのに。納得がいかないとむくれると決まって父はため息をついて、「戻っていい」とわたしを部屋から追い出した。


 セレナ、義母に対してもそうだった。


 「お母様とよんでね」と優しい笑みを浮かべた義母に「わたくしの母は隣国セルシャナスの王女ですわ」と返せば、すぐに渋面の父に呼び出され、「歩み寄ろうとしているセレナを気遣うこともできないのか」と小言をもらった。


 だってわたしの体に流れる隣国セルシャナスの血がわたしの価値だと言ったのは父だったのに。わたくしセルシャナスの血をひく娘ですもの。そう答えたわたしに、やはり父はため息をついて「戻っていい」とわたしを部屋から追い出した。


 父はいつだってそうだった。わたしに「わからせる」ことを諦めていた。努力すらしていなかった。そこまでの、時間を割く、価値がなかった。


 父の中で一番なのはセレナであり、ユーリフェリアなのだ。その片隅にきっとエドアルドは居場所があって、わたしはその隅にすら引っかからないのだろう。


 黙り込んだわたしを見て何を思ったのか、ユーリフェリアが「あ」と小さく声を漏らした。それはまた鈴を転がすような愛らしい声だったけれど、経験上この後がろくなことにならないことを察してわたしは一歩身を引いた。


 「ごめんなさい、お姉さま。お姉さまのお誕生日にはお父さまはお戻りにならなかったのに。わたしったら、自分のことしか考えてなかったわ……」


 ほら、きた。


 しゅんと瑠璃の瞳を翳らせ、ユーリフェリアが眉を垂らす。


 わたしの誕生日に父が戻らないと知って一番怒ったのはユーリフェリアだった。娘の誕生日に帰ってこないなんてなんて冷たいのかしら!なんて頬を膨らませて怒って、義母にお父さまはお仕事がお忙しいのよと宥められていた。

 わたしの誕生パーティーが行われなかったわけではない。執事の采配によってきちんとパーティーは行われ、客も招かれ、華やかなドレスも用意された。その場に父がいなかった、ただそれだけのことなのに、ユーリフェリアの中には負い目があったのかもしれない。父がわたしの誕生日を忘れてしまうのなんてべつに今に始まったことではないから、いちいち心を痛める必要などないのに。その優しさが私を余計に惨めにさせる。


「いいのよ、別に。お父さまも仕事がお忙しかったのでしょうし。リンフォード殿下もお祝いしてくださったから」


「でもやっぱり許せないわ。お姉さまのお誕生日だったのに、お仕事を優先するんですもの」


 清らかなユーリフェリアには父がわたしと仕事を天秤にかけたのではなく、そもそも天秤自体が存在しないことなんて想像もつかないのだろう。ひと月前の誕生日のときと同じように頬を膨らませるユーリフェリアに苦笑を返す。忘れてしまうどころか誕生日を知らない可能性だってあるのだ。母がわたしを生んだとき父が傍にいたとは思えないから。


「次のお兄さまのお誕生日には絶対に帰ってきてもらいましょうね。わたし今からお父さまにお願いしておくわ!」


 ね?と振り返るユーリフェリアにエドアルドも苦笑を返すのが見えた。


「俺の誕生日などで父上を煩わせるわけにはいかないよ」


「あらお兄さままでそんなことを言うのね!本当、殿方ってみんなこうなのかしら!」


 まだ15になったばかりの少女がそんなふうにむくれるものだから、リンフォード殿下がくすりと笑みをこぼした。


「ではわたしからもベルミトン公爵に伝えておこう」


「まあ、殿下本当ですか?殿下がおっしゃってくださるなら大丈夫だわ。ね、お兄さま。次のお誕生日は絶対家族全員でお祝いしましょうね」


 薔薇色の頬で微笑むユーリフェリアにエドアルドも淡い笑みを返す。


 その翡翠が甘い色に溶ける頃、わたしはどうなっているのかしら。


 穏やかな空気に馴染めず、半歩引いたところで眺めるわたしはきっと今回の役どころも意地悪な義姉なのだ。


「わたくし、少し疲れてしまったみたい。部屋に戻っているわ。みなさまはこの後も楽しんでいらして。なにしろたった一度の15の誕生日ですもの」


 最後の一言は余計だったかもしれない。

 嫌味ったらしく響いた言葉を気にして、殿下を窺い見たけれど、美しい顔はこちらをちらりと振り返る程度で気にしたふうもなかった。


「そういえば顔色が優れないね。大丈夫?」


「少し人にあてられてしまったみたいで。少し休めばよくなりますわ。殿下は妹を祝ってやってくださいませ」


 形ばかりの思いやりにやんわりと言葉を返し、静かにその場を辞する。たとえば、ここでわたしを心配して殿下がついてきてくれたなら。わたしはわたしの残りの人生を諦めたりしないのに。


 お大事に。

 言葉とは裏腹に冷たい響きをもった見舞いの言葉だけが、わたしの背中を追いかけた。




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