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美貌の公爵と町娘の恋物語。この国の民ならば誰もが知り、そして憧れる恋物語である。
お忍びで出かけた城下町で出会った公爵と町娘の許されざる恋。カフェの給仕として働く町娘に公爵家の嫡男が恋をした。
見目麗しい青年に町娘も恋に落ち、2人はひそやかな恋を育む。しかし、公爵は同盟の礎として隣国の姫君との結婚を迫られ、町娘との仲は引き裂かれてしまう。公爵との愛の証を身籠っていた町娘は街の片隅で一人ひっそりと娘を産み落とすこととなる。
悲劇のまま終わるかに思われたその恋物語は隣国の姫君の駆け落ちというスキャンダルによって一転する。同盟の証として嫁いだ姫の駆け落ちにすわ戦争かと一時騒然とした王城をとりなしたのは当の公爵だった。公爵と姫君の間には娘と息子がいた。正真正銘隣国セルシャナスの血を引く子どもである。息子は次期公爵として、娘は第一王子の婚約者として召し上げよう。これで両国の同盟の証としようと。愛に生きることを決めた姫君を責めないでやってくれと頭まで下げたという公爵の話は瞬く間に民の間に広まった。
そしてしばらくの後、公爵家に新たな娘が嫁ぐことになる。それが引き裂かれた町娘、セレナであった。公爵と爵位をもたぬ平民の娘の結婚。普通であれば醜聞になりそうなその結婚は、しかし民の間で持て囃されることとなる。国の思惑により引き離された愛する者同士が身分をこえ結ばれる。民の好む恋物語は、公爵と町娘をモデルにした本まで出版される騒ぎとなった。
そうして引き裂かれた恋人たちの愛の証として、公爵家へ迎え入れられたのがユーリフェリアであった。ユーリフェリアは父公爵とそろいの金糸の髪と瑠璃色の瞳をもつ愛らしい娘であった。平民の生まれとはいえ、物心つく頃には公爵家で育てられていたから貴族の娘にふさわしい礼儀と気品を身に着けた、それこそお姫様のような少女。みなが憧れる恋物語の末に生まれた愛の結晶。誰からも愛される女の子。
「まあ、殿下。これをわたくしに?」
「ユーリは白いフールが好きだと聞いたから。気に入ってもらえたかな」
「ええ、ええ、殿下!とってもきれい!ありがとうございます!」
だからもう4度目となるこの生はきっとユーリフェリアのために繰り返されているものなのだ。これを物語とするならば主人公はユーリフェリア。公爵のもとから駆け落ちした隣国の姫君の娘であるわたし、アナスタシア・ベルミトンはせいぜい物語にスパイスを添える意地悪な義姉役でしかないのだから。