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微笑う死神の追憶 -幾億の夜を抱えて-  作者: 木村竜史
第十章 『ウィリアム』
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邂逅する二丁の拳銃

 鋼鉄の塊が大地を駆け抜けていく。


 風を切りながら進む列車の中で、私は先程見た男をずっと目で探していた。ジャネットから預かった拳銃と近い形のもの。彼を見つけることが出来れば、銃を確認すればいい。もし銃が同じものだったとして、彼がジャネットの兄であるウィリアムならば良し、違ったならば彼の情報を持っていることになる。奪ったなら、彼を殺したのか。それとも何らかの形で買い取ったのか。どちらにしろ、有意義なことになることは間違いない。


「……どこに行ったんだろうね?」


 問題は、その男が何処かに消えてしまったということだ。同じ車両に乗り込んだはずなのに、彼とその周辺にいた男たちの姿も見えない。


 もしかしたらこの車両から別のところに向かったのかもしれない。そうなると少しだけ厄介なことになる。私が買った二等客室の切符では、ここと奥の一つの車両しか入ることが出来ないらしい。今いる車両がヒトが乗り込むところのなかでは一番後方で、更にもう一つの二等客室を過ぎれば裕福層が乗り込む一等客室がある……という構造のようだ。ちなみに更に奥――黒い煙を上げて進む運転席のすぐ後ろにも車両があるのだが、そこで何を運んでいるのかは分からなかった。


 私も男たちも同じところから入ったのだから、同じ二等客室の乗客に違いない。無知による不安を押さえ込みながら、硬い長椅子に腰掛ける。


 他の乗客が話していたが、次に到着する街にはまだまだ時間がかかるそうだ。ならば一先ずはこの列車の乗り心地を堪能してからでも、遅くはないだろう。


 幸運にも外側の座席に座ることが出来たので、外の景色をしっかりと見ることが出来る。時折大きく揺れながら高速で走る列車の内側から見る世界は、ただ歩いているときと違って、まるで陸を低く飛んでいるようだった。


「お嬢さん、列車は初めてかね?」


 気がつくと隣に初老の紳士が座っていた。柔和な笑みを浮かべたまま、被っていた帽子を微かに動かし会釈する動きに、私も連れるように頭を下げる。


「その通りさ。まったく、凄い乗り物だね。ウマもいいけど、こういうのも悪くはないかも」

「はっはっは、気に入ってくれたのなら幸いだ」


 もしかして列車の関係者なのだろうか。だとしたら余計なことは言わない方がいいのかもしれない。長い旅路の経験上、モノを造ることに関係するヒトは大体偏屈な印象がある。なんというか、何処に怒るところがあるのか理解できないときが多々あるのだ。一瞬で思考を巡らせる私の事など知らずに優雅さえ感じる笑みを浮かべ続ける紳士を見て、ついぎこちない笑みで返してしまう。


「いやなに、私はただの列車好きの男だよ。こうして揺られながら誰かと話すぐらいしか楽しみがないのだよ」


 口髭を揺らす紳士は、実に楽しげといった表情を浮かべている。本当にこの場が好きで好きでたまらない、と顔だけではなく身体全体から気持ちが溢れているように感じた。こういう愛好家が存在するのだから、この列車という乗り物は身近で素晴らしいものなのだろう。多くのヒトと物資を高速で一度に運べるなんて、思ったこともなかった。馬車を使うとなると、同じものを運ぶのにどれだけの規模が必要になるのか。飛んでいく景色を見ながら、文明の進歩を改めて感じる。


「しかし、今日はやけにゆっくりだね。もうとっくにクライトンに着いているはずなんだがねぇ……まだ半分も行ってないじゃないか」


 まぁ積荷の都合などでこのような事態はよくあることだ、と付け足しながら口髭を持ち上げる紳士の表情は、先程とあまり変わらない。彼が言うのだから、つまりは大丈夫なのだろう。そう思っていたのだが――


「ん?」


 暫くして違和感に気付く。窓側にいた私だからこそすぐに気がつけたのかもしれない。


 口元にスカーフを巻いた男たちを乗せた沢山のウマが列車に向かって走ってくる。心臓を潰す勢いで走らせているのだろうか。列車の方がずっと速いはずなのに、こちらへと急速に近づいてきていた。


 紳士の言葉を反芻する。ウマが早いのではない。列車が遅いのだ。流石に私以外の乗客も何人か気付いたのだろう。車内の中でざわめきがどんどん大きくなっていく。


 それが何を意味するのかは、すぐに分かった。ウマに乗った男の手には、拳銃が握られていたからだ。


「ま、まさか――」


 ごくり、と自分の唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。どう考えてもあれは野盗の類だ。こうなってしまえば、逃げ場などどこにもない。まっすぐ進むことしか出来ない列車の中では、ただ追いつかれるのを待つしかできないのだ。


「車内の警察隊は来ないのか――!?」


 恐怖に引き攣った誰かの叫びが聞こえる。流石にこういった事態に備えが全く存在しないという訳ではなさそうだが、対応ができていないならばいないのと同じだ。こんな異常事態が起きるなんて、想像もしていなかった。奥の車両へ向かったあの男を探さなければ。


「あ、キミ……!」


 紳士の驚く声を無視して、椅子から立ち上がる。どよめきを躱しながら車内を大股で歩き、締め切っていた戸を一気に開く。空気を切り裂く音と振動がダイレクトに身体に襲いかかるが、気にしている場合でもない。


 念の為に鞄からジャネットの拳銃を取り出し、強く握りしめる。中に弾なんて込められていないし、そもそも一発も持っていない。突きつけたところではったりでしかないが、何もしないよりは遥かにマシだ。


 小さく深呼吸をして、覚悟を決める。車両の接続部分を飛び越え、奥の車両へと一気に入り込む。鉄製のドアが激しく軋み、壊れた弦楽器のような音色を奏でた。


「なんだぁ、テメェ!」


 顔の下半分を真っ赤なスカーフで隠したあの男がこちらを睨みつけてきた。彼が反射的に向けたであろうその右手には、私が握っているものと全く同じ拳銃が握られていた。ジャネットと同じ髪の色、同じ肌の色、よく似た眼。


 そして、同じ銃。


 彼がウィリアムであることは、ほぼ間違いない。


 銃口は私の眉間に真っ直ぐ向けられていた。もしここで男が引き金を引いたのならば、私の頭はとんでもない事になってしまうだろう。経験則上、頭の一部が吹き飛んだところで死ぬことはないだろうが、事態を回避できるのであれば越したことはない。とてつもなく痛いし、血を大量に失うので気分が悪くなる。


 私に出来ることは、銃を下げて残る左手を上に掲げることぐらいだった。交戦の意思はない……それが伝わってくれれば。私は野盗と戦いに来たわけではない。ウィリアムという男を探しに来ただけなのだ。


「……は?」


 男も私の持っている拳銃の意匠に気づいたのだろう。先程の威勢が嘘のような、間抜けが過ぎる声を上げた。唯一見える眼は驚愕に見開いていた。それはあるはずのないものを見た時の顔だ。


「ウィリアム、かい……?」


 私の恐る恐るの問いかけに、男は否定も肯定も返さない。あったのは、沈黙だけだった。

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