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5 矛盾する気持ち



 屋敷に帰ると直ぐに自室にこもる。


 ルーク様の傷付いた顔が頭から離れない。あんなに慕ってくれていたのに、酷いことを言って傷付けた。

 もう私には、あのキラキラとした瞳や笑顔が向けられることがないと思うと胸が苦しくて、涙が溢れ出した。


 そのままふらふらとベッドに倒れ込む。



「……これじゃあまるで悲劇のヒロイン気取りね」



 今の自分が滑稽で、思わず自嘲の笑みがこぼれた。


 ルーク様ときちんと話したのは昨日のお茶会が初めてだったのに、こんなにも惹かれていたなんて……。

 彼は私に優しくされただけで好きになったと言ったけれど、今ならその気持ちが分かる気がした。

 私もきっと、あのキラキラした瞳を好きになっていたのだ。


 ファビュラント公爵は、私に結婚させるつもりが無いと言っていた。

 たとえ政略の駒でも役に立てるならそれに従おうと思っていたが、私にはそれすら出来ない。もちろんルーク様との未来も有り得ない。


 それならば――学園を卒業した後は、修道院に入ることにしよう。



「ルーク様……ごめんなさい」



 私は涙を流したまま目蓋を閉じると、気が付けばそのまま眠ってしまっていた。




――――――


「リリアーナ様!僕の婚約者になって下さい!」


「ルーク様……何で……」



 翌日、馬車から降りるなりルーク様が駆け寄ってきて膝をつき、求婚してきた。

 私は驚きのあまり固まってしまう。



「こんなことで諦めるなら最初から愛の告白なんてしていませんよ」



 にっこりと微笑むルーク様は、私の好きなキラキラとした瞳をしていた。



(あんなに傷付けてしまったというのに、まだ私のことを好きでいてくれるの?)



 そう言いそうになったが、何とか口をぎゅっと結ぶことで耐えた。


 余計なことを言ってしまわないように、深く息を吸う。

 そして、出来るだけ冷たい声になるように努めながら「迷惑です」とだけ言うことが出来た。



「すみません。でも、諦められないんです。きっとあなたに他に婚約者が出来るまで諦められない」



 すみません。と、全くそんな風に思っていなさそうな顔でもう一度謝るルーク様。

 何故、そんなにも嬉しそうなのだろうか。


 これ以上同じ空間にいたら自分の気持ちを吐き出してしまいそうで、私は膝を付くルーク様の横を通り抜けた。



「……勝手にして下さい」



 最後に無意識に落としてしまった一言は、ルーク様が来ることを許す一言で。


 私はなんて卑怯なんだろう。

 気持ちに応える気もないくせに、ちゃんと諦めさせてあげることも出来ない。


 それどころか、嬉しいだなんて――。



――――――


「リリアーナ様!愛しています!婚約して下さい!」


「婚約して下さい!必ず幸せにします!」


「リリアーナ様!絶対に諦めません!婚約して下さい!」



 ルーク様は宣言通り一切諦めなかった。

 まるで妥協は許さないとでも言うように、毎日毎日飽きもせずに愛を叫ぶ。


 お茶会以前と違う所は、必ず求婚してくることと、告白をしても逃げ出さなくなったことだ。


 いくら私がルーク様を好きだからと言って、毎日愛を叫ばれるのは正直しんどかった。

 私だって求婚を受けたいのに、毎日のように断らないといけないことが辛い。


 求婚される度に『私の子供ではない』という日記の言葉が頭を過る。



「お断りします。大きな声を出さないで下さい」


「お断りします。毎日来られると迷惑です」


「お断りしますと何度言ったら分かってもらえるのでしょうか……」



 冷たく、時に呆れたように言っても全く響かない。

 最後には力尽きてしまって、こんなことなら求婚を受けてしまおうかと思ってしまうくらいだった。


 そこでふと、こんなに愛を叫んでくれるのなら、私が拾われ子だったとしても彼は気にしないのではないかと思った。



(その上で求婚してくれるなら、私は……)



 そこまで考えてはっとする。私は一体何を考えていた?

 そんなこと許される訳がないのに。

 


「リリアーナ様のことが好きです!婚約して下さい!」



 今日は夜会の日だ。そこでもルーク様が愛を叫ぶ。


 突然の告白劇に、周囲がざわざわとするのを感じたが、それでもルーク様はただ真っ直ぐに私を見つめている。



「お断りします。軽々しく声を掛けないで下さいませ」


「いつか必ず、貴女に相応しい男になってみせます!ですから――」


「不可能ですわね」



 言い募るルーク様に冷たく返事をすると、私は背を向けた。

 相応しくないのは私だというのに、どうするつもりなのか。


 騒めく人々に目を向けず、私は屋敷へと帰るために馬車に乗った。



「そろそろ、終わりにしなければ……」



 窓の外を見ながら呟く。


 元はと言えば、私が来ることを許すような発言をしてしまったから、ルーク様は毎日のように来るのだ。

 期待を持たせてしまったのかもしれない。


 それならば、いつまでもこのままではルーク様のためにならない。



「お帰りなさいませ」


「ただいまセバスチャン。ファ……お父様はいらっしゃる?」



 屋敷に着くと、執事のセバスチャンが出迎えてくれる。挨拶もそこそこに、ファビュラント公爵の所在を訪ねた。


 思わずファビュラント公爵と言ってしまいそうになったわ。

 そんなこと言ったら怪しまれてしまう。



「はい。今は執務室に居られますよ」


「そう、分かったわ」



 公爵が居ることを確認すると、私は執務室へと向かった。



「……お父様、リリアーナです」


「入っていいぞ」


 ノックして声を掛ければ、直ぐに入室を許可する声が聞こえてくる。

 失礼します。そう言って扉を開けると、執務机に向かって仕事をしている公爵がいた。


 直接話すのはあの日、自分の出自を知ってしまった日以来で随分久しぶりに感じる。



(早く終わらせよう)



 執務室に入るとあの日の気持ちを思い出して辛くなってしまう。



「お忙しいところ申し訳ありません」


「いや、いい。座るか?」


「このままで結構ですわ」



 ソファへ促そうとするのを断り、私は単刀直入に言った。



「ご存じかもしれませんが、最近求婚されています」


「ああ。ホーネスト家の次男だな」



 私の言葉に、公爵は驚く様子もなく頷く。


 ブレースも知っていたくらいだ。

 公爵が知ってても当然のことだろう。



「その方ですわ。お断りしているのに毎日のように求婚されて……困っているのです」



 「困ってる」と言うのに少し詰まってしまった。

 本当はこんな風に言いたくなかった。


 胸が苦しくなって俯いていると、公爵が意外そうな声を出した。



「そうなのか?リリアーナは乗り気ではないのか?」


「え?」



 思わぬ言葉に面食らってしまう。

 ずっと断っているのに、何故乗り気だということになるのかしら……。分からないわ。



「そんなことありませんわ」



 首を横に振ると、公爵は顎に手を当てて考え込む仕草をした。


 一体どんな話を聞いていたのだろうと疑問に思うが、公爵の「どうしてほしいんだ」という言葉で、私はこの話の本題を口にした。



「ホーネスト家に正式にお断りを」



 私がルーク様を止めることが出来ないなら、家に止めるよう通達するしかない。


 ファビュラント家とホーネスト家では身分に大きな差があるので、ホーネスト家は何としてでもルーク様を止めるに違いない。



「……分かった」


「ありがとうございます。それでは失礼致します」



 何か言いたげにしつつも了承してくれた公爵とは目を合わさず、私は礼を言うと執務室を後にした。



――――――


「リリアーナ様……」



 次の日、馬車を降りると待っていたルーク様に声を掛けられた。

 想定していたことなので、動揺せずに「何でしょうか」と返事をすることが出来た。


 いつもの明るい雰囲気が見られないことから、早速公爵がホーネスト家に話を通してくれたことが分かる。


 悪魔のような女だと詰められるかもしれない。でもそれも仕方ないことだと、ルーク様を真っ直ぐに見つめた。

 同じように真っ直ぐ私を見るルーク様と視線がぶつかる。



「これで最後にしますから、どうか俺とデートをしてくれませんか?」



 しかし、ルーク様の口から出たのはデートの申し出だった。



(何故……?)



 嫌われても仕方ないのに、ルーク様は何故そこまで私を思ってくれるの?



「俺に思い出を下さい」



 ルーク様の苦しそうな表情を見ると、私は頷くことしか出来なかった。



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